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2006年3月28日 (火)

廃刀令発布

 

明治三年、庶民の帯刀を禁止し、翌四年に散発脱刀令を出しましたが、士族の間ではほぼ守られませんでした。

明治政府も、刀は武士の象徴でもある事から、その扱いには、とても慎重だったようです。

そこで、明治九年(1879年)3月28日、ついに大政官布告をもって、大礼服着用者、軍人、警察官以外の帯刀を禁止しました。

・‥…━━━☆

腰がかるくなって歩きにくかったり、手の位置が微妙に定まらなかったり、いろんな面白い事があったみたいですよ。

どうやら、日本人は自ら武器を捨てる事のできる、世界でも類を見ない国民性だそうで・・・

阪神大震災や三原山噴火のような大災害があっても、暴動らしい暴動も起きなかった・・・そんなすばらしい国民性を、大切に次の世代へバトンリレーしていきたいものです。
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2006年3月21日 (火)

弘法大師没

 

承和二年(835年)3月21日、弘法大師が亡くなりました。

・‥…━━━☆

弘法大師は、亡くなってから醍醐天皇よりおくられた名前で、生前は空海と呼ばれていました。

現在の香川県讃岐の生まれで、遣唐使として中国にわたって、真言密教を学び、帰国後高野山金剛峰寺を開いて、真言宗の開祖となりました。

『弘法も筆のあやまり』とか『弘法、筆を選ばず』とか、字の上手な事でも知られていますね

また、中国から放った矢が高野山に当たった・・・なんていう伝説もあります。

伝説と言えば、全国各地に、弘法大師が使った井戸だとか、弘法大師が腰をおろした石だとか数多くの史跡があります。

それにしても、平家の落人弘法大師・・・どんな山奥、どんな村に行っても、何かしらの伝説が残ってるような・・・

平家の落人は、複数いますので、わからないでもありませんが、弘法大師はただ1人・・・・人間の一生のなかであんなに、あちこちでエピソードを残せるものなのかしら?

しかも人生の途中で中国にもいってるのに・・・。

どんだけ旅してんねん!って感じですが、多分、弘法大師の場合、昔の田舎のほうの人にとっては自分たちを助けてくれたエライお坊さんは、みんな弘法大師に見えたんでしょうね。

全国行脚するお坊さんが、ふと小さな村に立ち寄り、村人のために水源を見つけてくれた・・・あるいは、病気を治してくれた・・・「

「あぁ、ありがいたい」という感謝の気持ちをこめて、それを伝説として後世に語り継いでいったんでしょう。
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