源義経没
1189年の4月30日、ご存知、源義経が、衣川で自害しました。
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もう言うまでもありませんが、源平合戦で源氏の大将として大活躍!
壇ノ浦で平家を滅ぼし(ブログ3月24日参照)源氏に勝利をもたらしました。
しかし、兄・頼朝との不和から、奥州平泉の藤原秀衡をたよって逃れていましたが、29日に頼朝側についた秀衡の子・泰衡に衣川の館を攻められ、弁慶以下郎党がことごとく戦死。
翌30日に、妻子とともに自害しました。
華やかな英雄のあまりに悲しい末路に、衣川で死んだのは影武者で、義経は生きて北海道まで逃げ延び、海を超えて大陸にわたり、ジンギスカンになった・・・とまで噂されるほどです。
ちょうど義経が死んだ時期と、ジンギスカンが突然、頭角をあらわす時期が同じ頃なのと、ふたりともたいへん戦上手。
そして、孫のフビライが、鎌倉幕府を倒しにやってくる、というのが重なってそういう伝説になったんでしょうね。
弱いもの、滅び行くものに、どうしても味方して応援したくなる日本人の感情をいう『判官びいき』という言葉も生まれています。(『判官』というのは、義経の役職名です)
未だに、歴史上の人物の中で、屈指の人気をほこっていますね。
ただ、歴史ファンの私としては、1つ気になるのは、テレビドラマや映画・芝居など、必ず義経と静御前の純愛になってしまうのは、そろそろ違うパターンにしてもらいたい。
アレはやっぱり、歌舞伎などの影響なのでしょうが、静御前が、おとなしい耐える女性に描かれすぎなのでは?(昨年の大河もそうでしたが・・・)
一時期、平家物語や義経記などを読みあさった私個人的には、静御前はもっと姉御肌で、男勝り。
男を頼るのではなくて、逆に兄貴から嫌われてグダグダ言ってる義経にバシッ!とカツを入れるタイプの人だと思います。(そういうエピソードも残ってます)
今度ドラマになる時は、そんな静御前をぜひ見てみたいものです。
*義経=ジンギスカン説についてはブログ:12月30日へどうぞ>>
*義経≠牛若別人説については4月30日へどうぞ>>>
*HPでも、牛若≠義経別人説についてやってます
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コメント
こんにちは。 義経には悲劇もそうですがロマンも感じますね。 今月三日には恒例の義経の東下りがあります~昨年は義経役にタッキーが抜擢されたこともあり、当日はもの凄い観光客?だったみたいですよ。 今年はガシュウトシキさん(漢字がわかりません、ハハハ)
平泉周辺はそういった観光地ですので、中尊寺や毛越寺はもちろん、ロケでも使われた藤原の郷、舟下りの出来る猊鼻渓、ニュージーランド村などもあり、親子でも十分に楽しめる所ですね~。 私も機会があればまた行ってみたいと思います。
義経伝説は非業の死を遂げた英雄をいつまでも心の中で慕いたいという、日本人の民族としての優しさが伝わってもくる,温かさやロマンが感じられる素敵な認識文化のひとつですね~、ではまた!
投稿: ルーシー | 2006年5月 1日 (月) 13時02分