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2006年6月17日 (土)

義経と弁慶、運命の出会い

安元二年(1176年)6月17日、義経弁慶運命の出会いを果たします。

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京の五条の橋の上~大の男の弁慶は~♪
♪長いなぎなた振り上げて~牛若めがけて斬りかかる~♪

・・・と歌にも歌われ、時代劇では、定番の名場面ですね。
昨年の大河ドラマでも、桜の花びらが舞い散り、とてもきれいなシーンに仕上がってました。

・・・でも、残念ながら、これはフィクション。
ほんとうは、ふたりの出会いは堀川通。

義経の幼名・牛若丸も、3年前に遮那王に改名、次の年に元服し義経と名乗ってから二年、年齢も18歳ですから、幼さは無く、もうりっぱな大の男でした。

でも、道端で戦ってたんじゃ、義経のすばしっこさが、うまく表現できないし、名前も遮那王・義経だと、なんだかもともと強そうだし、ドラマや歌にするんなら、このほうがずっと盛り上がりますから、ぜんぜんいいんですが、私が気になるのは、次の日の弁慶が正式に義経の家来となるシーンです。

弁慶は、この17日の最初の出会いの時、義経の太刀を奪えなかったばかりか、軽くあしらわれた事が悔しくて、翌18日が清水の縁日の日だったので、「沢山の人がやってくる、ひょっとしたら昨日の男も来るかもしれない」と、狙いを定めて、清水寺の正門の前で仁王立ちで待っていたんです。

そこに、弁慶の予想通り義経が登場。
義経が、「せっかく来たので、先にお経を読ませてくれ」と言うので、ふたり一緒に御堂へ・・・その後、昨夜の続きを・・・という事で、切り合いが始まるのですが、その場所が清水の舞台

そこで大立ち回りの末、弁慶の上に義経が馬乗りになって、「どうだ!参ったか!わしの家来になるか?」と聞くのです。

このシーンが今まで一度もドラマに登場しないのが、個人的に不思議でなりません。
けっこう、ドラマチックだと思うんですけどねぇ~・・・決闘の場所があの清水の舞台ですよ。

たいていのドラマは、五条大橋で家来になったり、昨年の大河では、弁慶が何日も義経の所に、「家来にしてくれ」って通ってきてましたよね。

まぁ、この清水の舞台の話も、鎌倉時代に書かれた『義経記(ぎけいき)によるフィクションなのかもしれませんが、いつか、このシーンをドラマでやってくれないかな~と、一義経ファンとして思っている次第です。

Dscn0956
清水寺

 

 

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