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2006年7月22日 (土)

壬申の乱の山場!瀬田合戦

 

天武天皇元年(672年)7月22日は、壬申の乱での最後で最大の戦い瀬田橋の戦いがあった日です。

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兄・天智天皇の死後、後継者をめぐって天智天皇の息子・大友皇子(おおとものみこ・弘文天皇)と争った大海人皇子(おおあまのみこ・後の天武天皇)は、吉野を出発してからというもの、押せ押せムードの展開で戦いを進めていました。

大海人皇子には、もう充分戦いに参加できる片腕となってくれる息子が何人かいましたから、先に不破(ふわ)の関所を押さえ、大友皇子の近江朝廷側と東国との接触を遮断します。

しかし、大友皇子は、むしろ、その息子たちに近い年齢・・・しかも周囲に、血を分けた身内がいないせいか、まとまりが悪く、味方の将軍どうしでもめる・・・といった内紛状態になっていました。

まずは、倭京(やまとのみやこ・飛鳥の事)を制圧するのは、大海人皇子に味方すべく、飛鳥古京に残っていた大伴吹負(おおとものふけい)・・・

やむなく、その後は大和周辺から撤退して近江の防御一本にしぼる朝廷軍でしたが、やがて、北陸を通って琵琶湖の西岸を南下してきた別働隊と、瀬田橋の東側までせまってきた大海人皇子側の将・村国男依(むらくにのおより)率いる本隊に挟まれる形となってしまいました。

・・・と、ここまでの経緯・・・くわしくはそれぞれのページでどうぞ
●大海人皇子が吉野に入る(10月19日参照>>)
●大海人皇子が吉野脱出(6月25日参照>>)
●大伴吹負・飛鳥を制圧!(6月29日参照>>)
●大海人皇子軍・野上を進発(7月2日参照>>)
●大和の戦い(7月4日参照>>)
●近江周辺の戦い(7月9日参照>>)

そしていよいよ天武元年(672年)7月22日瀬田を越えさせてはならない!と大友皇子が自ら軍勢を率いて最後の決戦に挑みます。

橋の西側に陣取った大友皇子は、橋に仕掛けを作って渡らせない作戦にでます。

Dscn1557b800 瀬田橋の戦い・復元模型(万葉文化館倉)

橋の中ほどの橋板を約9mほど取り外し、そこに綱のついた長板を置きます。

大海人軍が、ここを渡ろうとすると、そのタイミングで綱を引っ張れば、板が落ちる・・・つまり落とし穴のような作戦です。

さらに、そこに雨のように矢を射かけますから、最初はしばらく、大海人軍もなかなか進む事ができませんでした。

しかし、そこへ、大分稚臣(おおきだのわかみ)なる戦士が現われ、矢を防ぐために挂甲(けいこう・鎧の一種)を何枚も着込み、刀を振りかざして突進・・・その身に矢を受けながらも、何とか橋を渡りきり、長板の綱を一気に斬り刻み、その勢いのまま朝廷軍の陣へと猛ダッシュ!

橋の仕掛けが破られたとなると、当然、後続の大海人軍はなだれ込み・・・次々と稚臣に続きます。

こうなると、もう形勢は一方的、近江朝廷軍は総崩れとなってしまいます。

大友皇子はいったんは、脱出しますが、逃げ切れない事を悟り、翌日・23日山前(やまざき・天王山とも言われています)の地で自害しました(7月23日参照>>)

そして、大津京も焼かれてしまったのです。

戦いに勝利した大海人皇子は、即位して第39代・天武天皇となり、この後、平安京を造営する桓武天皇までの約1世紀の間、天武系の子孫が天皇の座に君臨することになり(桓武天皇は、天智系の皇統です)、日本は、本格的な律令国家への道を歩み始める事となります(2月25日参照>>)

明治になって、大友皇子は壬申の乱勃発までに、すでに即位していた・・・とされ第39代・弘文天皇ということになり、天武天皇は第40代という事になっています。
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コメント

茶々さま、こんばんは
壬申の乱は歴史キッズにとってショッキングな出来事です。私の地元に大友皇子の陵と伝わる場所があり、14世紀後半の石造五層塔が伊勢原市の指定文化財になっていますが、当時の皇子の人望が関東に残されているようです。

投稿: まつこ | 2016年7月28日 (木) 00時24分

まつこさん、こんばんは~

別のページのところでも書きましたが、大友皇子と大海人皇子と「どちらが正当か?」と言えば、本当は大友皇子だったような気がします。

きっと人望もあったのでしょうね。

投稿: 茶々 | 2016年7月28日 (木) 01時51分

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