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2006年7月14日 (金)

源頼朝の愛娘・大姫のお話

 

建久八年(1197年)7月14日、源頼朝の愛娘・大姫が亡くなっています。

・‥…━━━☆

征夷大将軍になって(7月12日参照>>)名実ともに日本のトップに立った源頼朝さん。
男顔負けの決断力で、夫を支えて天下取りへと導いた北条政子さん(7月11日参照>>)

このご夫婦の華やかな活躍の中で、どうしても涙をさそってしまうのは、この大姫(長女という意味で固有名詞ではありません)の存在です。

話は、頼朝が、平家打倒の旗揚げをした治承四年(1180年)にさかのぼります。

この年、頼朝が受け取った以仁王の令旨(平家追討の命令書: (4月9日参照>>)・・・もうひとり、この令旨を受け取った人物がいます。

そう、木曽にいた頼朝の従兄弟・源義仲です(8月16日参照>>)

ふたりは、ほぼ同時期に兵を挙げ、頼朝は関東から (8月17日参照>>)義仲は北陸から (9月7日参照>>)平家との合戦が始まります。

翌年の養和元年(1181年)に平清盛が亡くなる(2月4日参照>>)と、ますます平家打倒の機運が高まると同時に、頼朝・義仲の対決の噂が流れはじめます。

「源氏の大将は、ふたりはいらない」という事です。

とにかく、ひとつにまとまらないと、倒せる平家も倒せなくなってしまします。

そこで、和睦の証として、頼朝の娘・大姫と義仲の息子・義高との結婚の話が持ち上がります。

鎌倉に侍所(警察)などを設置して政治の基盤を造りつつあった頼朝に対して、戦上手ではあっても、北陸に確固たる基盤のなかった義仲は、泣く泣く義高を鎌倉側に出す、いわゆる婿養子としての婚姻でこの話はまとまります。

寿永二年(1183年)義高は、鎌倉に入ります

この時、義高は10歳、大姫は5~6歳のとても夫婦とは呼べない幼いカップルで、これは完全に政略結婚・・・結婚という名の人質でした。

この事によって、一応源氏はひとつにまとまったものの、義仲は頼朝より1日でも1時間でも早く平家を打ち破って源氏の大将が自分である事を証明しなければ、義高を取り戻せません。

幸いにも、義仲軍は倶利伽羅・礪波の合戦で勝利し(5月11日参照>>)、平家を都落ちに追い込み(7月25日参照>>)頼朝よりも先に京の都に入ってきました。

しかし、先程言いましたように、どうしても源氏の大将にならなければならないというあせりからか、義仲は後白河法皇を脅してまで強引に征夷大将軍の座についてしまいます(11月18日参照>>)

義仲の行動を恐れた後白河法皇は、頼朝に義仲追討の院宣を下します。

そして、征夷大将軍になってからひと月もたたない間に義仲は、頼朝の弟・義経の率いる軍に破れ命を落とします(1月20日参照>>)

それが、寿永三年(1184年)正月のことでした。

頼朝は、義仲を滅ぼしてすぐに敵の息子である義高を殺そうとします

しかし、ここに頼朝の大きな誤算がありました。

政略結婚、人質だったはずの義高を大姫は兄のように慕い、幼いながらも恋をしていのです。

父親の思惑を知った大姫は、義高を密かに館から脱出させて逃がしましたが、追捕はきびしく、この年の4月に義高は入間川にて斬られました。

義高の死を知った大姫は、頼朝と話すこともなくなり、食べ物も口にしないようになります。

やがて、湯水ものどを通さなくなり、床にふせるようになりました。

あわてた頼朝・政子夫婦は、義仲が幼い頃に別れた妹の宮菊という女性を鎌倉に呼んで手厚くもてなしたり、源平合戦の時、義仲と行動をともにしていた愛妾で、義高の母とされる人の妹でもある女武者の巴御前を鎌倉に招いたりしたとか・・・(諸説あり)

もちろん、義高自身の供養塔なども建てますが、大姫の彼への気持ちはますます募るばかり。

年頃になって、縁談の話も持ち上がりますが(2011年7月14日参照>>)本人がかたくなに拒み、生きるしかべねのように暮らしていたということです。

そして、とうとう・・・建久八年(1197年)7月14日二十歳に満たない若さで、悲しみの生涯を閉じたという事です。
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コメント

大姫さんは成人前に亡くなったとは、可愛そうな悲しみを感じますね。
妹の乙姫も大姫ぐらいの年齢で亡くなりましたよね。
可愛い姉妹なのにね。

私のブログも大姫・乙姫中心に頼朝の女たちを描きました。(7月15日から18日記事)

投稿: sisi | 2008年7月31日 (木) 21時03分

sisiさん、こんばんは~

義高と仲睦まじかっただけに、より悲しみをそそられますね~

投稿: 茶々 | 2008年7月31日 (木) 21時49分

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