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2006年10月 1日 (日)

石田三成、斬首!

 

慶長五年(1600年)10月1日、先の関ヶ原の戦いで敗者となり、その後、捕らえられた田三成ら三人の処刑が行われました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日の関ヶ原の合戦(9月15日参照>>)の後、逃走し、伊吹山で捕らえられた西軍の石田三成(9月21日参照>>)小西行長(9月19日参照>>)安国寺恵瓊(えけい)(9月23日参照>>)の三人。

小西行長は、熱心なキリシタンだったので、キリスト教の戒律を守り、自殺することができずに捕まりましたが、石田三成はなぜ、「もはや、これまで!」と、戦国の敗者のならいとも言うべき自害をしなかったのでしょうか?

それは、最後まであきらめない!・・・という彼のポリシー
打倒・家康への執念といった物だったのです。

彼を京都まで護送した本多正純が、その道中に、「合戦に敗れたからには、いさぎよく自害すればいいものを・・・」と、バカにして言ったところ、三成は「その昔、源頼朝公は、石橋山の合戦(8月28日参照>>)に敗れながらも命を残して、後に源氏の世を開いた。天下に号令せんとする者、これが心がけ」と、逆に一喝されたそうです。

そして、慶長五年(1600年)10月1日のこの日も・・・彼は京の町を車に乗せられ引き回されるのですが、その時・・・。

途中でのどが渇いた三成は、警固の侍に、「湯が欲しい」と、申し出ますが、あいにく近くに湯がなく、たまたまその侍が持っていた干し柿をすすめられました。

すると彼は「干し柿は痰の毒なので、辞退する」と言って口にしなかったのです。

警固の侍が「もうすぐ処刑されるのに、痰の毒などと、命を惜しむ必要もないだろう」と笑うと、「まことの勇士とは、最後の最後まで命を大切にするものだ!」と、またしても一喝されたと言います。

その後、三人は六条河原の処刑場へ運ばれます。

三成らの処刑を見ようと、黒山のように群集が集まっている中、三人は首をはねられ、その首は三条大橋にさらされました。

武士の美学からすると、三成の一連の行動は恥ずべき事なのかも知れませんが、私個人的には、最後の最後まであきらめない彼の考え方に賛成です。

そして、当時はバカにされたであろうその考えを、最後の最後までつらぬいた彼の死に様にも拍手を送りたい気持ちです。
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家康・江戸開幕への時代」カテゴリの記事

コメント

茶々さんこんにちは早速ありがとうございます。琵琶湖伝の三成は悪役として最後までたまにですが出そうと考えてますのでファンだったらごめんなさい。
小西で思い出しました。「関ヶ原」 1981年TBSで三日連続で年末に 。石田三成(加藤剛)森繁久彌家康で。三船敏郎の島左近が狙撃しょうとするのを察し雑兵にまぎれて家康が逃げたり、関ケ原に着陣したときだったか森繁が「旗あげーい」とかいうシーンにグッときました。10数年前にレンタルで見ました。これで島津も知ったし、川津祐介の小西行長がが三成に島津が怒って帰った後「三成お前は西軍の大将だがたった19万石の大名ということを忘れるな」と怒鳴る場面もよかった。宇喜多秀家(三浦友和)本多正信(三国連太郎)本多忠勝(高松英郎)福島正則(丹波哲郎)もよかった。特に福島丹波。この作品は三成を義のために死ぬひととしてます。

投稿: touyou | 2006年10月 1日 (日) 12時34分

touyouさん、コメントありがとうございます。

そのドラマは残念ながら見てませんね~。
機会があったら、私もレンタルして見てみたいと思います。

三成さんに関しては、たしかにファンですが、小説の場合は主人公によって、その人の描き方が変るのは当然の事だと思います。

今年の大河ドラマなんか、あんなにいい人だった秀吉さんが、どんどん憎たらしくなっていってますから・・・。
(関ヶ原で一豊さんが家康側につかなきゃいけないせいでしょう)

今後も楽しみにしています。

投稿: 茶々 | 2006年10月 1日 (日) 16時24分

茶々さん、こんにちは!
もうすぐ三成死にますね…。

「大義を思ふ者は、たとえ首を刎らるる時迄も命を大事にして、何卒本意を達せんとぞ思ふ」ですね。かっこいい…!
実は、最後飲みたかったのはお茶…そう、秀吉様に仕えるきっかけとなった「三献の茶」を思い出し、自分の運命を顧みて飲みたくなったのではないでしょうか?
でもお茶はないだろうから、湯でもいい…と思い言ったら、干し柿。それであんな行動をしたのでは?

また、家康側に捕らえられた時、薄手の帷子しか来ていなかった三成は、その後に小袖を着ることが許されます。
この時「上様からの下されたものだ」といわれ小袖を差し出された三成は、「上様と呼ばれる方は先他界された太閤殿下をおいてほかにはいない」と小袖を突き帰したそうです。

三成にとって秀吉は生涯にたった一人の主君でした。こうした身持ちのよさが徳川家にとって不気味であったから盛んに悪人として描かれるのかもしれませんね!
豊臣家のために最後まで行きぬいたそんな三成が私は好きです!!

昨日は歴史ヒストリア、秀吉でしたね!!面白かったですww
豊臣期大坂図屏風!あれ、よかったですよね!茶々さんも兜かぶりましたか?

長々と語ってしまってすみませんでした。

投稿: 暗離音渡 | 2010年9月23日 (木) 15時00分

来年は萩原聖人さんの石田三成。年齢で言えばジャストですね。来年は出演俳優の世代に偏りがないので、キャスティングはいいですね。

閑話休題。最近の大河ドラマは終盤になると時間が飛んで、「帳尻合わせ」的な展開になると指摘されますね。そこでNHKに提案。大河ドラマの1回分の放送時間を60分にしたら、たっぷり時間が取れるので「消化不良」にならないはず。
CMのないNHKを60分見続けるのはややきついですが、一考してもいいのでは?

投稿: えびすこ | 2010年9月23日 (木) 15時53分

暗離音渡さん、こんにちは~

兜はまだかぶってません(゚ー゚;

それこそ、遠方から観光として行ったなら絶対にかぶってるでしょうが、生まれ育った場所がすぐそこで、庭のように毎日行っていた大阪城なので、なかなか勇気(キッカケ)が湧いてきません(ノ_-。)

いつかは、きっと…という思いです。

投稿: 茶々 | 2010年9月23日 (木) 17時01分

えびすこさん、こんにちは~

終盤になってバタバタしなかったのは、三谷さんの新選組!くらいでしたね。

ご本人がおっしゃってましたが、「あぁは、なりたくない」という思いから、すべての回を一話完結にして、何話に何をやるかを最初に決めたそうです。

今回はどうなんでしょうね。
すべての出来事をはしょっておいて、死に際だけが異常に長いのだけは勘弁していただきたいです。

投稿: 茶々 | 2010年9月23日 (木) 17時09分

>一回完結にして、何話に何をやるか…
そうですよね。他にこれができる人はジェームズ三木さんくらいですね。大河ドラマは1年間放送の「マラソン番組」だから、最終盤に「かなり急ぐ必要」はないんですが。

主人公の晩年が極端に短いのが最近の傾向なので、時間進行のペース配分がうまくいかないです。登場人部の豪華さで見ると極端な飛ばし方はないと思います。しかし「龍馬伝」のモタモタぶりには、進展に乏しいので余計に見ていてじれったいです。

投稿: えびすこ | 2010年9月24日 (金) 10時05分

えびすこさん、こんにちは~

ファンの方には見せ場で、あのシーンで感動した人も多くおられるようなので、言いにくいですが、個人的には、先週の山登りは、ちと長かったような気がします。

投稿: 茶々 | 2010年9月24日 (金) 13時38分

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