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2006年11月23日 (木)

殿上の闇討~平家物語の始まり~

 

天承元年(1131年)11月23日、平忠盛殿上の闇討ち(忠盛暗殺計画)回避しました。

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殿上闇討(でんじょうのやみうち)とは、あの平家物語の、始めの部分に語られるお話です。

皆さんよくご存知の『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・』という書き出しの部分は、言わば『序文=前書き』みたいな部分で、平家物語の全編にわたるテーマと、主人公である平清盛の出生・人物紹介のような内容になっています。

ですから、実質的に物語の始まりというのは、この殿上の闇討ちの事件の話からなのです。

この事件は、当時、平家のトップだった平忠盛(清盛の父)が、その功績から時の権力者・鳥羽上皇に気に入られ、欠員だった但馬国守に任ぜられた上に清涼殿へ昇る事を許された事から始まります。

内裏にある清涼殿というのは、天皇家の中心部。
当時は、貴族しか入れない場所でした。
そこに、貴族でもない武士の忠盛が入れる・・・というのは異例中の異例です。

わかりやすく例えれば、社長クラスの人間しか入れない代表取締役会長のお部屋に、つい最近入社して、ちょっと業績をあげたおかげで、係長になった新参者が出入りするような物です。

昔っから、上皇に張り付いている貴族たちにとって面白いわけがありません。

そこで、ねたみそねみ満々の貴族たちは、11月23日のこの日、五節豊明の宴会に出席するため内裏にやって来た殿上人(清涼殿に入れる人のこと)忠盛を、暗殺しようと計画するのです。

しかし、この計画は事前に忠盛の耳に入っていました。
こっちは武士ですから、武力でもってやっつける事はたやすいですが、相手は大物貴族です。
傷つけてしまっては、大問題にもなりかねません。

そこで、忠盛は「何とか武士として恥をかかず、相手も傷つけずに、身を守れる方法はないか?」と思案し、家来の左兵衛尉家貞(さひょうえのじょういえさだ)という、ちょいとスゴみのある若武者と組んで一芝居うつ事にします。

木刀に銀紙を貼り付けたニセの刀を準備しておいて、その貴族たちが忠盛に近づいてきて、今にも襲いかかろうとした時、やおら、そのニセ刀を抜き、月夜に照らしながら(びん・頭の両脇の髪の部分)に押し当てました。

忠盛の黒いシルエットに氷のように光る刀・・・刃物を見ただけでも震え上がる貴族連中はその光景を見てビビリまくりです。

そして、ふと庭を見ると控えている家貞の姿が目に入ります。

貴族のひとりが、怯えながら「ここをどこだと思ってる!身分の低い者が勝手に入って良いいと思ってるのか!出て行け!」と叫びます。

家貞は「先祖代々お仕え申しあげている我が主君が、今夜、闇討ちに遭うかも知れぬと聞き、事の成り行きを見定めようと、ここに控えているのです」と、いつでもやってやるぜ!・・・という雰囲気満載の口調で言います。

貴族たちは、皆、腰を抜かさんばかりに驚いて、この日も、そしてそれから後も闇討ちは決行されなかったのです。

それにしても、この武士という人たちは、いつから殿上人にもなれるくらいの力をつけてきたのでしょうか?

そもそも、この源氏平家は、どちらも天皇家の人・・・

当時は一夫多妻制ですから、一人の天皇に何人もの子供が生まれる事もしばしば。
子供が多く生まれた天皇は、その子供をみんな天皇家にすると、どんどん天皇家が増え続けます。

ですから、母親の身分の低い息子などに姓を与え、皇族の身分から離し、家臣・・・という身分にしたのが源氏の始まりです。

それぞれの天皇の名前を冠につけて、清和源氏宇多源氏村上源氏などと呼びました。

一方の平家は、桓武天皇のひ孫にあたる高望王(たかもちおう)が、やはり家臣の身分になったもので、桓武平氏と呼ばれました(7月6日参照>>)

そんな中、最初に、中央で力を現してきたのは、源氏のほうでした(6月5日参照>>)

天皇家の命令で、武力によって、各地(東北など)の反乱などを押さえる役割を荷っていました。

前九年の役(9月17日参照>>)後三の役(11月14日参照>>)で大活躍した八幡太郎源義家(はちまんたろうみなもとのよしいえ)などは、天下一の武将と言われ、その力は天皇家も自分たちのボディガードとしておおいに利用したのです。

しかし、義家があまりにも強くなりすぎて、貴族と肩を並べるくらいになると、突然目障りになってきます。

その頃、一方の武門である平氏は、地方へと下って、その地に根づき、その土地を守る方向で、力をつけていきました。

そんな中で、伊勢に拠点を置く伊勢平氏は、各地の受領(ずりょう=地方に赴任して行政を行う長官)を経験しつつ、京の有力貴族とも関係を持ち、度々強硬な態度を取る比叡山の僧兵に対抗する軍事活動にも参加して、中央にて昇進していくのです。

さらに、本日主役の忠盛さんの父・正盛(清盛のジィチャン)は、時の権力者・白河院が溺愛していた娘で、今は亡き郁芳門院(いくほうもんいん=媞子内親王)の菩提寺に自らの領地を寄進したりなんぞしてのゴマスリ作戦で院のお気に入りとなり、ここらあたりから、どんどん出世していくのです(12月19日参照>>)

そして、その頂点に立ったのが、平家物語の主人公とも言える平清盛(2月11日参照>>)ですね。
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