坂本龍馬・暗殺の謎の謎
慶応三年(1867年)11月15日午後8時過ぎ、京都・四条河原町の醤油商・近江屋に潜伏していた坂本龍馬と中岡慎太郎が、数名の刺客に襲われ、龍馬は即死、慎太郎は2日後に死亡しました。
奇しくも、この日は龍馬の32回目の誕生日でした。
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坂本龍馬は歴史上の人物の中でも、1位・2位を争う人気を誇る幕末の有名人。
彼は、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩を仲介し、薩長同盟(1月21日参照>>)を成立させました(最近は否定説も出ていますが・・)
また、土佐藩が幕府に提出した大政奉還を推進し、後の統一国家のシナリオとも言うべき『建白書』の原案を考えたのも龍馬です。
幕末の日本を近代国家へと導くリーダー的存在だった龍馬を暗殺したのは、いったい誰なのか?
今や『幕末史上最大の謎』とまで言われるようになったこの事件ですが、事件当時は新撰組の仕業とされ、明治に入って見廻組の今井伸郎(のぶお)が自白し、そこで手打ちとなっていました。
ここまで話題になるようになったのは、けっこう近年になってからの事なのです。
事件の詳細や暗殺犯の推理については、私のHP『京阪奈ぶらり歴史散歩』で、事細かく書かせていただきましたので、関心のあるかたはHPで読んでいただければうれしいです。
(HPへはコチラから→)
・・・なので、今日は龍馬暗殺がいつから、どういう経緯で謎になったのか?龍馬暗殺の謎の謎について考えたいと思います。
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冒頭に書かせていただいたように、当初は遺留品によって新撰組が犯人とされ、多くの人が新撰組の仕業だと信じたまま維新を迎えます。
しかし、明治三年(1870年)、旧見廻組・隊士の今井伸郎が、真犯人はリーダーの佐々木唯三郎以下、自分を含む7人の見廻組・隊士である事を自白するのです。
龍馬暗殺に関する公文書は、今でもこの時の『刑部省口書』(調書)だけです。
他に信用できる史料は残っていません。
他の者は、みんな幕末の動乱で死亡し、生き残った今井が自白して刑に服したわけですから、当然事件はここで一件落着・・・となるのです。
その後の龍馬研究でも、『刺客は見廻組』と断定されていて、まったく謎として扱われてはいませんでした。
龍馬の功績じたいも、当時の人がどこまで把握していたか、とても疑問です。
最初に書いた薩長同盟にしても、建白書の原案である『船中八策』にしても、表立って何かをやってる風には、とても見えません。
知ってる人は知ってるが、知らない人はまったく知らない・・・実際に当時の龍馬は京の町をうろつく不逞浪士の一人でしかなかったわけですし、最初に書いた近代国家へと導くリーダー的存在・・・というのも、後の龍馬研究から表に出てくる事で、当時は一部の人しか知らない事だったのではないでしょうか?
そんな中で近年になってから、当初死刑だった今井伸郎が禁固刑で済んだウラには、西郷隆盛が今井の助命のために奔走したから・・・という所から、『薩摩黒幕説』なる物が生まれてくるのです。
そして、その薩摩黒幕説をベースにした日活映画・六人の暗殺者が昭和三十年(1955年)に上映され、ここで初めて一般市民が龍馬の存在を知り、その暗殺の事を知るのです。
だいたい、このあたりから謎になってきます。
その後、昭和四十四年に土佐藩の後藤象二郎を黒幕とした三好徹氏の推理小説・竜馬暗殺異聞(もちろんこれは小説なのでフィクションです)が発表されます。
そうやって、フィクション・仮設がいつの間にか新説となってマスコミを賑わすようになってくる・・・そして、今や幕末最大の謎となるわけです。
もともと、今井の自供が二転三転したり、その自供と2日間生きていた中岡慎太郎の証言が食い違っていたり・・・という、謎を予感させる種があったのも事実なのですが・・・。
まだ、生きている人がいる太平洋戦争の事でさえ、色々な意見が生まれる歴史という世界。
タイムマシンでも作ってその日に行って見て来ないかぎり答えが出るはずもない事ですが、いつも、書いています通り、私は学者でも何でもないですから、個人的には色々な意見を持った人が、色々な意見を戦わす事こそが、歴史の楽しさだと思っていますので、謎と言われると不謹慎(暗殺事件なので・・・)ですがワクワクしてしまいます。
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コメント
indoor-mama さん、こんばんは。
毎年この日がくると龍馬をやはり思い出しますね。もしも龍馬が維新後も生きていたとしたら・・・と切なくもなります。
翌日が西郷さんの・・・だなんて初めて知りました。なにか運命的なつながりかなぁ、と勝手に思いました。
私も『薩摩黒幕説』傾向で、投票もしました。でも、見回り組のしわざというのも否定できませんね~。
やはりミステリーのままなのでしょうか。
indoor-mama さんのご意見は?(特集記事があるので答えにくいですよね、失礼致しました・・汗)
投稿: ルーシー | 2006年11月16日 (木) 20時40分
ルーシーさん、こんばんは。
HPのほうも読んでいただいて、重ね重ねありがとうございます。
龍馬さんは、ファンのかたも多く、ものすご~く詳しい人が様々なご意見をのべておられるので、私ごときがとうとうと自論を展開するのも何だかなぁ~・・・と思ってあえてHPでは問題提議のような形をとらせていただきました~。
2度も死のうとした西郷さん。
自殺未遂で快復するのに大変だったようですが、もし、この時お亡くなりになっていたら、その後どうなっていたのか?と運命のイタズラを感じますね。
西南戦争後の西郷生存説なんかについても、いつか書いてみたいです。
投稿: indoor-mama | 2006年11月16日 (木) 21時15分