« 平安京、命名の日 | トップページ | 悲劇の皇子・有間皇子死刑 »

2006年11月 9日 (木)

今日は、太陽暦採用記念日

 

明治五年(1872年)11月9日、明治政府が、今まで使用していた太陰太陽暦=天保暦を廃止し、これから新しく太陽暦を採用する事を発表をしたので、今日は太陽暦採用記念日という記念日なのだそうです。

・・・・・・・・・・・

要するに、これまで日本が使っていた旧暦から、欧米が使用している新暦に変るわけですが、具体的にはこの明治五年の12月3日が明治六年の1月1日になるって事で、なんと12月2日が大晦日って事になるわけです。

そんな事を、1ヶ月前の今になって発表しちゃうもんですから、もう国民は大変!

しかも当初の発表では、12月3日ではなく、11月を2日増やして(旧暦は11月が29日までしかない)31日までとし、12月をまるまる無しにする・・・つまり11月31日の次が1月1日って事にすると発表したのですが、さすがにそれは非難殺到になってしまい、急遽2日間だけの12月を過ごしてからお正月という風にしました。

それでもエライ事です。

それにしても、何でこんな暮れのややこしい時の採用を、わずか1ヶ月前の今日発表したのか?と言いますと、もちろん外国からの要請もありましたが、何と言っても明治政府の財政難です。

実は、江戸時代の日本では、給料も物品等の支払いもほとんど年俸制だったのですね。

何か、物を買ってもその場で支払う・・・あるいは月末に支払うのではなく、年末にまとめて支払っていたんです。

だからこそ、12月の別名が師走=師(坊さん)も金集めに走る・・・と、いう意味で、そう呼ぶようになったらしいのですから・・・

なので、1年間の買い物代=借金を年末までに支払わないといけない・・・と思うと、気になって気になって何も手につかない・・・

だったら、いっその事、パァーっと派手に何かやってその事を忘れちゃえ!・・・これが、今も年末のテレビ番組などでよく使われている年忘れという言葉です。

もちろん、忘年会もそーゆー意味です。
(借金忘れちゃいましょうv(^o^)v)

ちょっと話がそれましたが、とにもかくにも、そんな感じの江戸時代の年俸制を、現在のような月給制に、維新後の新政府が率先して変更したわけですが、それが、前年の明治四年・・・

おかげで、それに続くように、この頃は、庶民の生活でも徐々に、月払いが浸透しつつある頃であったわけですが・・・

そんな中、この翌年の明治六年が旧暦の(うるう)にあたる年だったわけで・・・・

で、この閏年・・・現在の新暦の閏年は、2月が29日まである年の事を言いますが、旧暦の閏年とは一年が13ヶ月ある年の事を言います。

たとえば、幕末動乱の真っただ中の慶応元年(1865年)が閏年なのですが・・・
「人斬り以蔵」と恐れられた土佐勤皇党岡田以蔵(いぞう)が処刑されるのが慶応元年(1865年)5月11日(2011年5月11日参照>>)、その以蔵に暗殺を指示していたと言われる勤皇党トップの武市半平太(たけちはんぺいた)が切腹するのが慶応元年(1865年)閏5月11日(2010年5月11日参照>>) ・・・

同じ慶応元年(1865年)5月11日ですが、半平太が切腹するのは閏5月=つまり2度目の5月11日なので、両者の死は、ほぼ1ヶ月の間が開いていた・・・という感じですね。

つまり、このまま、旧暦で来年を迎えたら、次の明治六年は、1年間が13ヶ月なので政府は、公務員たちに13回給料を払わなければなりません

・・・が、来年が新暦になるなら、1年が12ヶ月なので、給料は12回で済みます。

しかも、今、新暦を採用して12月を無くしてしまえば、その給料も支払わなく済む・・・全国の公務員全員の2ヶ月分の給料分が浮くという事になります。

あの大隈重信「うまい事考えただろ?」と、後々自慢していた・・・というから、彼の考えた事なんでしょうね。

しかし、いきなり「暮れの12月3日が元日です」と言われた市民は大騒ぎです。

収入は1ヶ月分減るのに、支払いは1ヶ月早まる・・・となれば大迷惑。

それでも東京などでは、なんとかすばやくなじめたものの、やはり地方では農業・漁業などで二十四節季(10月8日参照>>)などの昔からの暦を使って仕事をしていた人々には、かなり抵抗があったようで・・・

ある商人の息子が、嫁さんをもらう事になり、結婚の日取りを○月○日と決めておいたところ、嫁さん側は嫁入り道具一式をそろえはるばるをやって来たものの、婿殿の家はシ~ンと静まりかえっています。

不思議に思いながら戸を叩くと、出てきた相手もびっくり仰天。

急遽、結婚式を行って事なきを得ましたが、あとで確かめてみると、これまで嫁さん側は新暦、婿殿は旧暦のつもりで話しをていたとか・・・。

当時の人たちの混乱ぶりがうかがえるエピソードですね。
 .

内容が「おもしろかった」と思っていただけましたら
右サイドバーsoonにあります【拍手!!】で応援を・・・
このブログ内での人気ページとしてランキングされます
(゚ー゚)
あなたの応援で元気でます!

人気ブログランキングへ    にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ



 

 


|

« 平安京、命名の日 | トップページ | 悲劇の皇子・有間皇子死刑 »

幕末・維新」カテゴリの記事

記念日・○○の日」カテゴリの記事

コメント

今でも一部のカレンダーには「旧暦の月日」が記載してます。そろそろカレンダーを買わないといけない頃ですね。
太陽暦採用で「2月30日」と「閏~月」が消滅したので、地方では戸籍作成に混乱も出たでしょうね。暦の移行が全国に浸透するのに時間がかかったと思うので。

投稿: えびすこ | 2011年11月 9日 (水) 10時53分

えびすこさん、こんにちは~

もう明治維新は、いろんな急変があり過ぎて、スゴかったでしょうね~

投稿: 茶々 | 2011年11月 9日 (水) 15時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47570/4119507

この記事へのトラックバック一覧です: 今日は、太陽暦採用記念日:

« 平安京、命名の日 | トップページ | 悲劇の皇子・有間皇子死刑 »