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2006年12月15日 (金)

魔界の使者・小野篁

 

承和五年(838年)12月15日、遣唐使の副使を断った小野篁が隠岐へ流罪になりました。

・・・・・・・・・

さて、問題です。
「子子子子子子子子子子子子」
何と読むでしょう?

嵯峨天皇が意地悪で出したこの問題、平安の天才・小野篁(おのたかむら)は、間髪入れず即答します。

「それは、猫の子の子猫、獅子の子の子獅子と読むのでしょう?」

ドタバタ続きの平安京を見事に治めた嵯峨天皇も、さすがに「参りました」の一言です。

小野篁という人は、あの初代・遣唐使の小野妹子(7月3日参照>>)の子孫で、小野道風(12月27日参照>>)小野小町(3月18日参照>>)のご先祖・・・と言えば、彼の事をご存知でないかたも、少し親しみがわきますよね。

そして、政治家でもあり、文人でもあり、歌人でもあるその天才のDNAにも「納得・・・」ってトコですよね。

小野篁は、参議・小野岑守(みねもり)の子として生まれ、東宮学士(皇太子の家庭教師)などをやった後、朝廷で高級官僚として活躍します。

しかも、頭脳だけではなく、剣や弓・乗馬の腕もスゴかったというから、もう女の子にもモテまくり・・・で、ついたあだ名が『野狂』・・・って、エェなんで?

実は、さすがに天才だけあって、少々・・・いえ・・・けっこうな変わり者。

昼は朝廷でバリバリ働きながら、夜は毎晩のようにあの世へ通っている・・・とのもっぱらのウワサ・・・

平安時代は、風葬がよく行われたのですが、その風葬をする場所が鳥辺野と呼ばれる現在の京都・東山の南側。

人が亡くなると遺族は遺体を棺おけに入れて、都から鴨川を渡り五条通りを東山に向かいます。

そして現在の六波羅蜜寺珍皇寺(ちんのうじ)のあたりの六道の辻(ろくどうのつじ)と呼ばれる場所で、最後のお別れ(これを「野辺の送り」と言います)をして、ここから先は僧侶の手にゆだねられ、風葬をする鳥辺野へ運ばれていきました。

やがて人々は、このあたりの六道の辻冥界への入り口と考えるようになるのです。

最初に篁が冥界へ行ったのは、死んだ母親の霊に会いたくて、あの世へ通じていると言われていた珍皇寺の井戸から・・・。(犬夜叉か!)

そして、何度も通ってるうちに閻魔さまと仲良くなって、冥界では、閻魔大王の補佐役をしていたと言います。

Takamuraidocc 現在の珍皇寺には、篁が冥界へ通った井戸(写真→)と、篁自身が彫った閻魔大王像篁像があります。

見た人が彫ったのだから、さぞかし本物の閻魔さまそっくりなんでしょうね・・・暗くてよく見えなかったですが・・・

ちなみに、この珍皇寺の井戸は入り口で、出口は嵯峨の大覚寺の南側の六道町に、明治の頃まであった福生寺の井戸だとされています。

・・・て事は、今は行ったきりで帰って来れなくなるので、気をつけなければ・・・。

・・・で、エライ回り道をしてしまいましたが、この篁さん、こんな不思議な行動ばかりしていたわけではありません。

最初に書いたように、仕事に関してはバリバリのスゴ腕だったのです。

そして、彼が30歳半ばを過ぎた承和五年(838年)、遣唐副使に任ぜられます。

しかし、彼は、すでにこの時、遣唐使は不用の物として廃止を訴えていたのです(実際にはこの56年後に不用として廃止されます)

当然、大使の藤原常嗣(つねつぐ)と争いになる中“西道揺”と題した遣唐使制度を風刺した詩を詠んだところ、この詩が嵯峨上皇の耳に入り、上皇が激怒!

承和五年(838年)12月15日一切の冠位・官職を剥奪され隠岐へ流罪の身となるのです。

♪わたの原 八十島(やそじま)かけて 漕ぎ出でぬと
 人には告げよ あまのつり船♪

これは、難波から隠岐へ向かう船に乗せられた時に、京にいる知人にあてて詠んだ歌。

「今、僕を乗せた船が多くの島に向かって、海の彼方へ漕ぎ出した事を、都の人にも伝えてね」

この歌は百人一首の11番に納められているので、ご存知のかたも多いでしょうが、涙をさそう悲しげな歌です。

でも、心配はいりません。

さすが篁さん、隠岐でもしっかり彼女作っちゃってますから、そっちのほうもスゴ腕でけっこうな事でございます~。

結局、2年後には許されるのですが、その時は別れを惜しむ彼女に「これを僕だと思って毎日大事にしてね」と、自分の姿を彫った像をわたして(←別れられる女にとって一番厄介なプレゼントやんけ!)、サラリと帰ってきてます。

都に戻ってからの篁さんは、またまた出世街道まっしぐら。

承和十四年(847年)には従三位という高い位に返り咲いていますので、篁の天才ぶり、敏腕ぶりがうかがえますね。

珍皇寺のくわしい場所や地図をHPで紹介しています。
よろしければ、【歴史散歩:四条から五条へ】>>へどうぞ。
 

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