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2007年1月29日 (月)

南極探検と観測の歴史

 

昭和三十二年(1957年)1月29日、永田隊長率いる日本南極観測隊がオングル島に到達し、そこに日章旗を掲げ『昭和基地』と名付けました

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南半球に未知の大きな大陸が存在するのではないか?という話は、ヨーロッパでは遠くギリシャ時代から囁かれていましたが、氷山に阻まれ、長い間未知の場所でした。

やがてイギリスクックが1772年~1775年の航海で、初めて南極大陸の周りを一周しましたが、この時は大陸発見には至りませんでした。

しかし、この事が多くの探検家を刺激する事になって、その後、探検家は競うように南極大陸を目指します。

そして、1821年にアメリカデービスという人が、初めて南極大陸に上陸した・・・という事ですが、この頃はロシアやイギリスも軍をあげて探検隊を派遣している上、デービスは探検家でななく、本職が漁師なので、彼の初上陸に異論を唱える人も数多くいます。

やがて、ドイツスウェーデンも探検隊を派遣し、各国の競争が高まる中、多国籍メンバーで構成される探検隊に属していたノルウェーアムンゼンがとうとう、1911年12月14日南極点を踏みました。
(現在、12月14日は「南極の日」という記念日となっています)

アムンゼンと南極点到達を競っていたイギリスの探検隊に属していたスコットは、その1ヶ月後に到達したものの、極点から基地へ帰る途中に遭難し、探検隊は全滅してしまいます。

スコットの極点到達から10日後の明治四十五年(1912年)1月27日には、前年の11月29日に日本を出発した白瀬中尉(8月30日参照>>)率いる日本の探検隊が南極大陸に上陸。

1月29日には、南緯80度付近に到達し、その一帯を『大和雪原』と命名し、日本領である事を宣言しました。

その後、極点に向かいましたが、装備の不完全と食糧不足のため、極点制覇には至りませんでした。

やがて、1930年代に入ってからの南極は、探検の時代から科学観測の時代へと移り変わります。

そして、永田隊長によって編成された第一次南極地域観測隊(観測予備隊)が、昭和三十二年(1957年)1月29日に、オングル島に到達し、『昭和基地』を開設したのです。

しかし、翌年派遣された第二次観測隊は、悪天候のため昭和基地への上陸を断念

越冬していた第一次の隊員も撤退し、あの『南極物語』で有名な犬のタロジロたちが取り残される・・・という一件がありました。

その後、1962年から1964年まで、一時、中断されますが、1965年からは毎年観測隊が派遣されて越冬し、現在に至っています。

各国が主張していた領土問題も1959年の南極条約により凍結され、南極大陸自身は、どこの国にも属さず、多くの国が科学観測基地を設けています。

Nankyokuopcc

ちなみに、南極は南半球なので、季節は日本と逆。

1月~2月頃が真夏・・・という事で、一番移動に適しているのだそうで、観測隊員は毎年、この頃に交代し、食糧などもこの時期に運びこまれます。
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明治・大正・昭和」カテゴリの記事

コメント

茶々さん、こんばんは!

 >南半球に未知の大きな大陸が存在するのではないか?

 なんかピリ・レイスの地図のようなミステリアスな感じです~、神秘的なイメージは南極にピッタリですね。

 アムンゼンやスコットに白瀬さん、当時の誇りを賭けた極点レースは壮絶でしたね。
(以前の記事、トラバさせて頂きます)

 昨日、テレビでケーシーさんのおなじみドクター・コントを見ました。その中で、「南極で越冬する隊員たちは風邪をひかないんだ。南極はウイルスがほとんどないから」だそうです。
で、隊員の奥さんが祖国から南極の夫に手紙を書いたときにくしゃみをしてしまい、そのウイルスが手紙とともに南極に届いた~、これがホントの「風邪のたより」(笑)だそうでした。
 うそのようなホントのような・・・でも最近では南極でも大気汚染を示すデータが観測されるようになったと聞きますし、環境についてきちんと考える重要な時期なのでしょうね。
(  長くなってすみません・・)

投稿: ルーシー | 2007年1月29日 (月) 21時17分

こんばんは(^o^)丿
どこの国も南極を領土にして何を企んでいたのでしょうかねぇ?

南半球に行って季節が逆なのを体験してみたいって思いました(^_^;)でも、北極でも南極でも見てみたいです。大きな氷の塊が水色になってるのって綺麗ですよね。

イラストにあるオーロラも見てみたいです。
ちなみにオーロラっていうあだ名の友だちがいます(^_^;)

投稿: 見習い大工 | 2007年1月29日 (月) 22時25分

ルーシーさん、こんばんは~。

>南極で越冬する隊員たちは風邪をひかないんだ。
>南極はウイルスがほとんどないから

それ、私も聞いた事あります。
慢性鼻炎の知り合いが「南極で仕事をしたい」と言ってました。

でも、考えたら居住空間は暖房がきいてるから、そこではやはり風邪をひく時はひくんでしょうね。

投稿: 茶々 | 2007年1月29日 (月) 23時21分

見習い大工さん、こんばんは~。

「オーロラ」というあだ名の由来がとても気になります~。

ちなみに、私は「ストッキング」というあだ名の先生を知っています。
由来は「ストッキングをかぶった時のようなお顔だから・・・」もちろん、本人にはナイショです。

私は、オーロラはもちろん、南十字星も見てみたい~まだ見た事ないんです~。

投稿: 茶々 | 2007年1月29日 (月) 23時28分

茶々さん、こんにちは。
まだ完全に風邪が無い世界は夢ですね。
今年で46年目の私の人生で風邪をひかなかった年はないです。インドネシア、台湾に住んでいた今世紀当初もそうです。
亡くなる前に南極に行きたいです。
実は南極観測船ふじが徳島の海上自衛隊基地に来まして見学しました。結構小さかったです。でも宗谷の頃よりも大きく、昭和基地にも着いたので、宗谷の時は大変だっただろうなと思いました。そういうあまり昭和基地に関係ない話ですが・・・
と言うことでなぜかふじのある名古屋港にはいつも行きたいと思っています。

投稿: non | 2017年1月29日 (日) 13時10分

nonさん、こんばんは~

色々な場所に行ってらっしゃるんですね(*^-^)

投稿: 茶々 | 2017年1月30日 (月) 03時33分

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