源義朝の最期と常盤御前
永暦元年(平治二年・1160年)1月4日、平治の乱で敗れた源義朝(みなもとのよしとも)が、逃亡先の尾張で、家来の長田忠致に殺害されました。
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源義朝は、源氏が武家の名門となる基礎となったあの八幡太郎義家のひ孫。
それとも、源頼朝・義経兄弟のお父さん、と言ったほうがピンとくるかも知れません。
義家以来、河内源氏として畿内に勢力を持っていた源氏でしたが、義朝は父・為義とあまりうまくいってなかったようで、少年時代に東国へ下ります。
しかし、そのおかげで義朝は東国に独自の勢力を伸ばす事ができ、三浦や大庭といった関東の豪族を支配下に置く事に成功し、“源氏=関東”の基盤を作る事ができたのです。
やがて、天皇の後継者争いで勃発した保元の乱(7月11日参照>>)で、敵にまわった父・為義に勝利し、名実ともに源氏の棟梁となります。
しかし、次に起こった平治の乱(12月9日参照>>)では、保元の乱でともに戦った平清盛に敗れてしまいます。
雪の山中を敗走する中、次男・朝長は美濃の国で落ち武者狩りに遭い死亡・・・他の息子たちともはぐれ、義朝は、ただ一人、尾張にたどり着き、家来の長田忠致の元に身を寄せます。
しかし、恩賞に目がくらんだ忠致の裏切りに遭い、平治の乱の敗走から1週間後の永暦元年(平治二年・1160年)1月4日、風呂に入っている最中に襲撃され無念の最期を遂げます。
「無念なり、われに木太刀なりともありせば・・・」と、叫んで息絶えたという義朝・・・やはり、無防備なお風呂での襲撃はキツイ・・・。
この父の死を知った長男・義平は、その仇を討つべく単身京へと戻りますが、密告によって捕まり六条河原で斬首されます(1月25日参照>>)。
その後も、まだ逃げていた三男・頼朝も、捕縛され伊豆への流罪となり(2月9日参照>>)、源氏一門はほぼ壊滅状態・・・平家は全盛期を向かえ事となるわけですが・・・。
しかし、義朝にはまだ他にも子供がいました。
そうです、宮廷内の美人コンテストで優勝に輝いた絶世の美女・常盤御前との間にできた三人の男の子、今若(7歳)・乙若(5歳)そして生まれたばかりの牛若(後の義経)です。
常盤御前は九条院(近衛天皇の奥さん・呈子)の召使いとして働いていましたが、源氏の棟梁の愛妾という大出世(当時は一夫多妻なのでおめかけさんでも大出世です)を考えただけでもその美貌ぶりが伺えるというものです。
義朝の死からまもなく、洛北にある義朝の別邸で暮らしていた常盤御前のもとに、義朝の死が伝えられました。
身の危険を感じた彼女は、1月17日の明け方、三人の子供をつれて大和の国の宇陀に住む親しい友人を頼って都を落ちますが、平家の追捕を恐れたその友人には断られてしまいます。
しかたなく、大和の国の大東という所に身を隠していましたが、ほどなく京都に住む常盤の母・関屋が自分の代わりに六波羅(平家の本拠地)へ連れて行かれた事を聞くのです。
常盤は悩みます。
「母は助けたいけれど、自分が六波羅に出頭すれば、三人の子供の命はない・・・」
しかし、やはり母を見捨てる事ができず常盤は子供を連れ六波羅に自首するのです。
最悪の事態を覚悟して自首した常盤御前でしたが、やはり、いつの世も美人はお得!
常盤を見るなり一目惚れした清盛は、すぐさま七条朱雀に屋敷を用意し、三人の子供の命も助けることを約束します。
常盤も子供じゃありません、その意味は言われなくてもよ~くわかります。
ひょっとしたら、もっとしたたかで、「私に落ちない男はいない」との、計算ずくの行動だったのかも・・・。
逆に「三人の子供の命を助ける」という清盛の行動のほうが、彼のかわいらしさというかお人よしさを表している感じがしますね~。
清盛は飛ぶ鳥を落とす権力者、かたや常盤は敗者の妻。
三人の子供の命を奪っても、何とか彼女をモノにできたはずです。
でも、今、一番常盤が喜ぶ事=子供の命を助ける事で、明らかに彼女の気をひこうとしてますからね。
頼朝が捕まった時も母親の涙に負けて、殺さずに流罪になったわけですし、結局はこのやさしさが命取り。
頼朝には、この清盛の行動が反面教師となって、「敵を徹底的に始末する」という風になったんでしょうしね。
それは、さておき、三人の子供のうち今若と乙若は僧としてお寺に預けられ、幼かった牛若だけは4歳まで、常盤の手元で育てられます。
その後、牛若も、山科の知人に預けられ、7歳で鞍馬山に預けられて、ご存知のように16歳で藤原秀衡を頼って奥州へ・・・後の源義経となるのですが、ここから先は義経の物語となりますので、今日のお話はこのへんで・・・。
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