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2007年2月15日 (木)

兼好法師の恋愛感って・・

 

正平五年(1350年)2月15日は、『徒然草』でお馴染みの、兼好法師の忌日です。

・・・・・・・・・

ただし、「1352年に生存していた」という説もあって、亡くなったのは、「1352年以降」とする意見もありますが、とりあえず今日は兼好法師さんについて書かせていただきます。

兼好法師の本名は、卜部兼好さん。

お家が京都の吉田神社神官の家系だった事から、吉田兼好と呼ばれたりしますが、ご本人は、ひょっとしたら“吉田兼好”と名乗った事は無かったんじゃないでしょうか。

・・・で、兼好法師と言えば、やはり『徒然草』

「つれづれなるまゝに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば・・・」
という有名な書き出しで始まる名随筆。

歴史や古典に興味がなくても、確実に学校で勉強させられる物の一つですね。

文章もなめらかで読みやすく、出家した身でありながら、堅苦しいテーマだけではなく、人生観や女性観、人間関係など、説教臭くならずに、おもしろエピソードを散りばめて、今でも、人生の“座右の銘”になるような名言を語ってくれています。

ただ、この兼好さん、女性観に関しては、やたらきびしい・・・

女は、貧欲だとか、浅はかだとか、わがままだとか・・・いったい、若い頃どんな恋愛してきたんだ?って感じです。

「すなほならずして、拙きものは女なり」
~素直でなく、完璧でないのが女だ~

「もし、賢女あらば、それもものうとく、すざまじかりなん」
~もし、賢い女がいたら、それはそれでウザイ~

「妻(め)といふものこそ、をのこの持つまじきものなれ」
~結婚なんて、するモンじゃないよ~

お~い!兼好さ~ん、いったい、カノジョと何があったんだ~?

しかも、女に惚れこんで通いつめたり、子煩悩になったりせずに、一定の距離を置いて、時々女の所へ通うくらいにした方が長続きする・・・何て事も書いてます。

しかし、そのワリには、片一方で、プラトニックな恋を絶賛しています。
「男女の情もひとへに逢い見るをばいふものかは」
~会って結ばれるだけが恋じゃないんじゃない?~

兼好さんによれば、契りを結ばずに終った恋ほど、趣のある物はないのだそうです。

絶対、この人、女でヒドイめに遭ってますね。
若い時は、何度かあったんでしょうね~修羅場が・・・。

・・・で、そんな恋に恋してる思春期の乙女のような恋愛感の兼好さんにラブレターの代筆を頼んだ人がいます。

Moronaocc それは、足利尊氏・義詮(よしあきら親子の執事として権勢を欲しいままにした婆沙羅大名の代表とも言える人物・高師直(こうのもろなお)です。

師直はとにかく女好き・・・で、ある時、メチャメチャ美人を見つけ、一目で恋に落ちます。

しかし、その女性は、出雲隠岐の守護であった塩冶(えんや)高貞さんの奥さん・・・つまり、人妻です。

でも、あきらめきれない師直は、何とか彼女のモノにしようと、文章の達人・兼好さんに、ラブレターの代筆を頼んだわけです。

この頃のラブレターというのは、奈良・平安の頃から続く、日本の恋愛形式の定番です。

この時代、恋愛はまず、ラブレターから始まる物で、メチャメチャ重要・・・合コンで交換したメルアドに、帰ってから送る一発めのメールくらい重要です。

今後、進展があるかどうかは、ソレに懸かっています。

この“ラブレターの代筆”という仕事は平安時代から存在していて、実際に報酬をもらっていたかどうかは定かではありませんが、字のうまい人、文章のうまい人、歌のうまい人などは、しょっちゅう頼まれていたようです。

・・・で、その恋の結果は・・・というと・・・「ごめんさない」【ブー×】

さすがの兼好さんの名文も、夫を愛してやまない妻には効き目がなかったようです。

しかし、師直は、この一件を「ラブレターが悪い!」と、天下の名作家をクソミソにけなしまくる始末。

最終的に、「夫の塩冶高貞がいなきゃいいんだ!」と、高貞が謀反を企てていると、ウソの罪をでっちあげて殺そうとします。

危険を感じた高貞さんは、奥さんを連れ逃走しますが、逃げる途中に追い詰められ、夫をかばった奥さんは殺され、妻の死を知った高貞さんも自害・・・とても、悲しい結果となってしまいます。

結局、それって、兼好さんのラブレターが問題なんやなくて、師直さん、アンタの性格に問題アリやろ?って感じですね。
 

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コメント

この肖像画の武将、確かに学生時代に足利尊氏として習った人が多いことでしょうね。(僕もその1人ですが…)

一時期、高師直と言われたりしたのですが、ごく最近ではただの「伝騎馬武者像」としてるようですよ!

投稿: 御堂 | 2007年2月15日 (木) 20時05分

御堂さん、こんばんは~。

>ごく最近ではただの「伝騎馬武者像」としてるようですよ!

そうらしいですね。
“高”の家紋がついているので、「高師直らしい」との事でたが、それにしては、完全なる落ち武者姿・・・高師直ならそんなカッコ悪い姿を肖像画として残すのはオカシイって事で、よくわからないから教科書では「騎馬武者像」って事みたいですね。

もう、聖徳太子も武田信玄も源頼朝も本人じゃないっちゅー話ですから、今は教科書の肖像画にヒゲとかサングラスとか書いても怒られないんじゃないでしょうか・・・。

投稿: 茶々 | 2007年2月15日 (木) 21時28分

塩屋高貞さんと奥さんは非常にいい迷惑ですよね。とてもかわいそうです(;_;)

そんな日が、僕のBIRTHDAYなのです(^_^;)

投稿: 見習い大工 | 2007年2月15日 (木) 22時37分

見習い大工さん、お誕生日おめでとうございます!

2月15日は「お菓子の日」でもあり「中華の日」でもありますよ。

寒いさなかの出産で、風邪などひかないように、親御さんは気をつかわれた事でしょうね。

私は暑い盛りの8月生まれ、ちなみにダイアナ妃のご命日です・・・

投稿: 茶々 | 2007年2月15日 (木) 23時19分

茶々さん、こんにちは。
私が習った頃ですが光村の中学の教科書だと兼好法師です。ところが高校では吉田兼好です。
でも古典を見ますと兼好法師ではあっても吉田兼好でないです。ちょっと高校の教科書はおかしいと思いました。
多分私も兼好法師みたいな事を日記や歌で書いていますので、断られる返事しか書かないでしょう。多分兼好法師は真面目な方だと思います。それで徒然草の最後は宇宙はどういうものかと言う話で終わったのでしょう。
それにしても高師直の代筆をするとは後二条天皇の系統に仕えた兼好法師などの方々は北朝に仕えていたのだと思いました。

投稿: non | 2016年2月18日 (木) 14時55分

nonさん、こんにちは~

単に徳川家康か、将軍家康かじゃ無いんですかね?
ちがうんかな?

投稿: 茶々 | 2016年2月18日 (木) 15時51分

茶々さん、おはようございます。
兼好法師を見ますとかなり恋愛に失敗していますね。私もそうですけど・・・
そのせいか数え45歳なのにまだ独身です。それに兼好法師でないですがする気はないです。
個人的には卜部兼好にすれば良いかなと思います。

投稿: non | 2016年2月19日 (金) 10時08分

nonさん、こんにちは~

私としては、法師なのに恋愛ウンヌンを語る事に驚いてしまいますが…

投稿: 茶々 | 2016年2月19日 (金) 14時25分

茶々さん、おはようございます。
吉川英二が佐々木道誉に語らせていますが、兼好法師に悟りきれぬ坊主だなと言っています。道誉は馬鹿にしています。と言うくらいに悟っていないのでしょう。方丈記の鴨長明もそうですね。まあそう言うのが世の坊主なのでしょう。そう言えばこの頃の仏教は大敗していたそうですね。

投稿: non | 2016年2月20日 (土) 10時07分

悟りきれぬと言いますと私もそうです。日記に書くことはいつも不平不満ばかりです。ただ兼好法師みたいな才能が無いので駄目ですけど・・・
風邪は良くなりましたか?私は魚を食べに行きました。

投稿: non | 2016年2月21日 (日) 14時26分

nonさん、こんにちは~

土日は寝てました(ノω・、)

投稿: 茶々 | 2016年2月22日 (月) 15時11分

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