葛飾北斎のご命日なので
嘉永二年(1849年)4月18日は、あの葛飾北斎さんのご命日。
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葛飾北斎と言えばあの「富嶽三十六景」を思い出しますが、富嶽三十六景は天保二年(1831年)から天保四年にかけて製作された作品で、この時、北斎はすでに70代の前半・・・けっこう歳をとってからの作品なんですね~。
熟した年齢だからこそ、「不滅の傑作が生まれた」とも言えますし、この頃に数多くの傑作を生み出している事から、ひょっとしたら、この70代が一番充実していた頃かも知れません。
北斎は、宝暦十年(1760年)9月23日に江戸に生まれます。
母親は、あの「四十七士討ち入り」(12月14日参照>>)の時、吉良上野介を護って戦った小林平八郎の孫娘だそうですが、父親は誰かはっきりしません。
幼名を時太郎と言い、後に鉄蔵と名乗りますが、父親が不明な事でもわかるように、その少年期は謎に包まれています。
彼の足跡がはっきりし出すのは、安永七年(1778年)、19歳で浮世絵師・勝川春章に入門して、本格的に画家の道を歩み始めてから・・・。
入門の翌年には早くもその才能が認められ、師匠の一字をもらって「春朗」という号で画家デビューを果たします。
主に役者絵などを手掛けながら、勝川一門を背負う画家に成長しますが、寛政四年(1792年)師匠の春章がこの世を去ったのをきっかけに、勝川一門から離脱します。
北斎が35歳の時でした。
一門を出てからは、他の流派に入門したり、職人に接触したりと紆余曲折を繰り返す中、可侯(かこう)、不染居(ふせんきょ)、画狂人、雷震、卍(まんじ)・・・などなど、ものズゴイ数の改名をくりかえします。
これは、お金に困った北斎が、わずかな収入を得るためにその名前を売っていた・・・という事もありますが、名前の数たけ作風もあり、その止まらない才能の変化と見る事もできます。
寛政十年(1798年)、40代に入ってやっとこさ北斎という名前に落ち着いた頃、彼の人生の中の一つの絶頂期がやってきます。
北斎は、この頃を中心に数々のイベントを興行しています。
江戸音羽の護国寺では120畳の大きさの紙に大きな達磨(だるま)の絵を書きました。
「あまりに大き過ぎて、見ている人からは何が書いてあるのかわからず、本堂に登った人だけが達磨だと確認できた」と言います。
その後も馬や布袋の大画を描いたかと思えば、一粒のお米に2羽のスズメを書いたりして、人々を驚かせます。
名古屋の西掛院で達磨の絵を描いた時は、護国寺の反省を踏まえて、紙を滑車で吊り下げ、見物人全員に絵が見えるようにして大評判となりました。
長くつないだ紙に青い線をひき、足の裏に朱肉をつけた鶏を走らせ、青い線を川に鶏の足跡を紅葉に見立てて「立田川の風景なり」と、将軍・徳川家斉の前でやって見せた有名なエピソードもこの頃です。
やがて、北斎は弟子たちとともに、おびただしい数の作品を手掛け、葛飾派という流派を確立し、最も充実した70代をむかえますが、この頃になってもまだ、その画風は変貌し続けます。
80歳で描いた「西瓜図」や、90歳で描いた「雪中虎図」などには、どこか現代アートにも通じる不思議空間が漂っています。
そんな、葛飾北斎・・・「雪中虎図」を描いた3ヶ月後の嘉永二年(1849年)4月18日、90歳の大往生でした・・・と書きたいところですが、ご本人はまだまだ「志半ば」だったようです。
臨終の際、大きく息をして、「あと10年生きさせてくれれば、真の画工になれたのに・・・」と言って息をひきとったと言います。
いくつになっても、さらに新しい物を求め、変貌していくその画風こそが、天才の天才たるゆえん・・・と言ったところでしょうか。
今日のイラストは、
《富嶽三十六景・凱風快晴》・・・やっぱり、北斎と言ったらコレでしょう。
んん?何ですと?「《神奈川沖浪裏》を書け!」と・・・
そんな、ごむたいな・・・
追記:北斎が、その絵に込めた謎・・・2011年4月18日の【北斎からの挑戦状?北斗信仰と八つ橋の古図】もどうぞ>>
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コメント
うっわ~!神奈川沖浪裏!
描いて! 描いて!!
昔、あの船に、北斎と広重と歌麿を乗せて、北斎がへさきに立って絶叫し、他の二人はへろへろ・・・なところをかいたことがあります。ぜんぜん迫力のないコママンガでしたけど・・・合作してみません?
な~んて、聞き流しておいてね。
ところで、上村和夫の作品では「同棲時代」が有名ですが、私は「狂人関係」に入れ込んでいました。あれの北斎が強烈で、私のイメージ決まりです。
投稿: 乱読おばさん | 2007年4月18日 (水) 09時47分
そういえば今上野でダビンチ展やってるなー、天才ということでふと頭に浮かびました、クリックしました
投稿: 小池 | 2007年4月18日 (水) 12時50分
>乱読おばさん様・・・
そんな、ごむたいな・・・(笑)
あの波、あの水しぶき、なかなかすぐに書けるモンじゃござんせんがな。
>北斎と広重と歌麿を乗せて、北斎がへさきに立って絶叫し・・・
そんな、おもしろい絵を・・・見てみたい!
投稿: 茶々 | 2007年4月18日 (水) 16時07分
>小池さま・・・ありがとうございます~。
「ダビンチ展・・・」
あ・・・それ、NHKの受信料払ったら、パンフレットに割引券ついてました~
「東京やがな」と思いながらも、捨てずにいますが・・・大阪か京都にも来ますかね。
投稿: 茶々 | 2007年4月18日 (水) 16時11分
このイラスト!
葛飾北斎もびっくりと思います。
いいですねぇ~
投稿: m | 2007年4月19日 (木) 00時57分
>mさま・・・ありがとうございます。
絵を練習する時に名画を模写するのは大変勉強になると聞きます。
わたしも、PCでのお絵かきはまだ、始めたばかりですが、なるほど・・・勉強になりました・・・
また何か名画に挑戦してみたいと思います。
投稿: 茶々 | 2007年4月19日 (木) 07時13分