鶴岡八幡宮・静の舞
文治二年(1186年)4月8日は、源義経の生涯の中でも屈指の名場面、有名な『鶴岡八幡宮での静の舞』のあった日です。
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源義経の愛妾・静御前が、兄・頼朝との不和で都を追われた義経(ブログ:11月3日参照)と、雪の吉野山で別れた後に捕えられ(ブログ:11月17日参照)、鎌倉に護送された(ブログ:3月1日参照)のは、文治二年の3月の事でした。
義経の行方を問われる静御前でしたが、知らない事は答えようもありません。
静に答えようがない以上、頼朝としてもこれ以上はどうしようもなく、彼女を京へ帰すしかないわけですが、この時彼女は妊娠6~7ヶ月の身重でした。
もちろん、義経との子供です。
敵将の子供を放置しておいては命取りになる事を一番良く知っているのは頼朝自身・・・なんせ、あの平治の乱・終結の時(ブログ:12月26日参照)、捕まった自分が殺されていたら、平家の滅亡はなかったかも知れないわけですから・・・。
「生まれた子供が男の子なら、その命は無いものと思え」と言い渡され、静は出産の日まで、この鎌倉にとどまる事となります。
そんな中、「静御前がせっかく鎌倉にいるのだから、その舞が見たい」という声が聞かれるようになります。
彼女は、昨年の飢饉の最中の「雨乞い神事」で、ただひとり雨を降らせる事ができた「神に届く舞」を舞える白拍子。
その時に、後白河法皇から「都一」のお墨付きもいただいています。
「出産すれば京に帰ってしまう」となれば、鎌倉の武士にとっては、そんな日本一の舞を見れるチャンスは今をおいては無いわけで、そんな声があがるのも当然でしょう。
最初は、断っていた静でしたが、鶴岡八幡宮への舞いの奉納・・・となると神事が絡む事。
いつまでも断り続けていては、八幡大菩薩様のご機嫌をそこねる事にもなりかねません。
・・・で、結局、文治二年4月8日のこの日、頼朝・政子夫妻をはじめ、鎌倉の御家人たちや大勢の見物客の中、彼女は舞を舞う事になったのです。
『義経記』によりますと、この時彼女が最初に舞ったのは、《しんむじょう》という、当時一般的に白拍子がよく舞う曲でした。
たしかに、それはすばらしく、その玉のような声は遠く雲間に立ち上り、そのしなやかな体はそよ風とともに動き、その美しい手は緑の葉のようにひるがえった・・・と言いますが、何か「おざなり」の物足りなさを感じる物でした。
それは、彼女の心が入っていなかったからに他なりません。
その事は、静自身が一番よくわかっていました。
ここで終ってはプロとしてのプライドが許しません。
やはり、自分の思いのこもった歌で舞を舞おうと決意します。
少しの間をおいて、シ~ンと静まりかえった中、彼女はふたたび歌いはじめます。
♪吉野山 嶺の白雪 ふみわけて
入りにし人の 跡ぞ恋しき
しづやしづ しづのをだまき 繰り返し
むかしを今に なすよしもがな♪
さっきとは比べ物にならない感動が、見る人々を魅了します。
日本一の舞を一目見ようと境内に溢れかえった人々は、声一つ出せなかったと言います。
そんな緊張を破ったのが頼朝でした。
「鶴岡八幡宮の神前で舞う以上、《鎌倉万歳》の歌を歌うべきであるのに、謀反人・義経に恋する歌を歌うとは何事か!」と怒り爆発。
しかし、その頼朝を止めたのが、ご存知政子夫人・・・。
「私も、昔、流人だったアンタに恋をして、まわりのみんなに反対されて・・・あの嵐の夜、家出同然でアンタのとこに行ったじゃない。石橋山でアンタがドジ踏んだ時は、生きてるんだか死んでるんだか連絡もつかないまま何日も待ってたのよ。今の静御前はその時の私と一緒よ。そんな時に、オトコの事を心配しない女なんでオンナじゃないわよ!」(ブログ:8月17日参照)
後日の、あの尼将軍ぶりを予感させる見事な言いっぷりでピシャリ!
頼朝は、すごすごと、祝儀を出すはめに・・・。
ところで、身重の体をおして、ここで「義経恋し」の舞を舞った静御前を、ドラマやお芝居などでは、貞女の鏡、悲恋のヒロインのように描かれる事が多いのですが、以前から静御前の登場するページで、何度も書いていますように、私の彼女に対するイメージは悲劇のヒロインではありません。
先ほども少し書きましたように、彼女はプロとしての意地でこの舞を舞ったのだと思います。
気持ちの入らない舞でお茶を濁すなどもってのほか、力(リキ)の入った100%の舞を舞ってみせなきゃプロとしての名がすたる・・・「しづやしづ・・・」の歌は恋の歌というより、誰もが賞賛する「時の将軍」の前で、一世一代の『タンカ』を切ったように思います。
私は、舞を舞い終わった時の彼女の表情は絶対「どやがお」をしていた・・・と踏んでます。
なぜなら、この静の舞いがあった日の少し前、鎌倉武士の若い連中が、都の女見たさに静の館にほろ酔い気分で押し寄せ、飲めや歌えの大騒ぎをした事がありました。
その時、最初のうちは慣れない鎌倉武士たちを、プロらしく見事に盛り上げ楽しませていますが、酔いがまわって彼らが図にのり出し、ベタベタ体を触りまくり、やれ「夜の相手をしろ」などとふざけた事をぬかす段階になると、
「ウチを誰やと、思ておいでや。鎌倉殿の弟・判官義経の妻どすえ。世が世ならアンタら下っ端はそばにも寄られん日本一の白拍子や!えぇかげんにさらせ!ボケ!」と一喝。
「えぇかげんにさらせ!ボケ!」というのは、私のつけたしですが、きっぱりと言ったのは本当です。
そんな彼女が、プロとしての舞台で、さめざめと泣きながら舞を舞ったとはとても思えないのです。
今度ドラマで、この「静の舞い」のシーンを見る時は、是非舞い終わった後「どやがお」の静御前を見てみたいものです。
今日のイラストは、
当然の事ながら、静御前で・・・。
やっぱ一流は、一通りの芸事はマスターしているのではないかと・・・きっと、笛もうまかったんだろうという予想のもとに書きました。
以前全身を書かせていただいたので、今日はアップで書いてみました。
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コメント
はじめまして。
美しい静御前の絵ですね。
ご自作なのですか?
(いきなり失礼な質問でしたらごめんなさい!
あまりに綺麗でしたのでつい・・・)
普段は こちらに「詩」を書き入れているだけなんですが、この美しいイラストに惹かれてやってきました。
偶然ですが 歴史に興味があり、学生時代には
遺跡発掘に参加したことも。
後になりましたが、このお話、いいですね。
私は5歳まで京都に居り、義経さんは、その地のヒーロー。
静御前は 永遠に美しい白拍子です。
思いがけずいいお話を読ませて頂き、感動です。
投稿: m | 2007年4月 8日 (日) 16時44分
はじめまして。
美しい静御前の絵ですね。
ご自作なのですか?
(いきなり失礼な質問でしたらごめんなさい!
あまりに美しい絵だったのでつい・・)
普段は 「詩」の方に書き入れているのですが、
今日はこの綺麗なイラストに惹かれてやってきました。
偶然ですが、歴史にも興味があり、
学生時代には遺跡発掘に参加していたことも。
また 5歳まで京都に居り、私の居た地のヒーローは牛若丸。
静御前は永遠に美しい白拍子です。
思いがけず楽しいお話を読ませて頂き、感謝です。(^^)
投稿: m | 2007年4月 8日 (日) 16時55分
要領がよく分からず、もしかしたら
同じようなコメントを2度送ってしまったかもしれません。
すみませ~ん。
投稿: m | 2007年4月 8日 (日) 17時04分
>mさま、
はじめまして、コメントありがとうございます。
私も、ちゃんと送られてないと勘違いしたり、消したつもりになって何度も送った事ありますよw・・・
特に、自分のとは別会社のブログは、要領がわからず未だにとまどってます。
遺跡発掘なんて、歴史好きにはたまりませんね~うらやましいです~
イラストは自分で書いています。
ペイント系のソフトで書いているので、半分はパソコンのおかげですが・・・。
また、お暇な時、ブログに遊びに来てくださいね。
投稿: indoor-mama | 2007年4月 8日 (日) 18時53分
はじめまして。先日、鎌倉にいってきました。桜は散り始めていました。鶴岡八幡宮の鎌倉祭りは始まる前でした。来年は静の舞が見れるように行きたいですが、混んでますよね。うちは,大河ドラマ好きですので、「義経」の静の舞が、今も目に焼き付いています。楽しいお話有り難うございます。またよらせていただきまーす。
投稿: general | 2007年4月11日 (水) 22時52分
> general 様
はじめまして・・・。
一昨年の大河ドラマの演出は良かったですね。
私も、長年の大河の中でも屈指の名場面だったと思います。
監督さんは、「春の頃の“静の舞”を、あえて出産後の秋に変更して、桜ではなく紅葉が舞い散る中、静の舞と義経の奥州逃走劇を交互に場面展開する事で、“あわれさ”を強調したかった」とおっしゃってました。
歴史は歴史、ドラマはドラマですから、あの演出は良い変更だったと思います。
私も目に焼きついてます。
投稿: indoor-mama | 2007年4月12日 (木) 00時20分
そうなんです。ドラマでは静の舞は秋の紅葉の中でした。inndoor-mamaさんのお話は歴史好きにはたまらないですね。
投稿: general | 2007年4月17日 (火) 23時50分
>general さま
壇ノ浦の「八艘飛び」の時の金粉もキレイでしたね。
投稿: indoor-mama | 2007年4月18日 (水) 00時58分