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2007年8月 9日 (木)

野球の歴史は1本のバットから~野球の日にちなんで・・・

 

今日、8月9日は、「や(8)きゅう(9)の語呂合わせと、高校野球の開催中の期間である事にちなんで、『野球の日』という記念日なのだそうです。

・・・という事で、本日は、日本における野球の歴史など、書かせていただきたいと思います。

・・・・・・・・・・・

日本の野球は、明治六年(1873年)、東京・芝の開拓使仮学校のアメリカ人教師・ベーツさんが、どこから調達したのか、1本のバットと3個のボールを持ってきて「さぁ、キャッチボールをしょう!」と、声をかけたのが始まりだとか。

そして、徐々に人から人へと伝わっていく中、明治十一年(1878年)、初めての野球チームができました。

アメリカ帰りの鉄道技師・平岡熙(ひかる)さんが、鉄道関係者を集めて作った「新橋倶楽部」というチームでした。

しかし、道具はすべて輸入品・・・まだまだ庶民のスポーツとは言えませんねぇ。

明治二十三年(1890年)には、第一高等学校(東京大学・教養学部)野球部が設立され、いよいよ学生野球の時代の幕開けです。

後に、早慶の両校に敗れるまで、一高は花形として野球界を引っ張っていきます。

その一高野球部の中馬庚(かなえ)さんが、初めてベースボールを「野球」と訳したのは明治二十六年(1892年)・・・。

それ以降、明治三十年頃までに、「投手」「取手」「遊撃手」といったポジション名「一塁」「二塁」イニング「1回」「2回」と呼ぶ、などという基本的な用語が次々と造られていきます。

やがて、明治三十年代後半に突入すると、新聞などに野球の記事が掲載されるようになって、細かな用語を使う事が多くなり、「打撃数」「得点」「盗塁」「三度振り」などが登場します。

ちなみに、この「三度振り」というのは、もちろん「三振」の事ですが、昭和の始めに始まった野球中継でも、まだ「三度振り」という言葉が使用されていた事が記録されていますので、けっこう長い間、「三振」ではなく「三度振り」だったんですね。

ちなみに早慶戦の第一回戦は、明治三十八年(1905年)に行われ、2勝1敗で早稲田が勝ったそうですが、この時の応援団の加熱ぶりが凄まじく、暴動が起こりかねない状況になったため、第二回戦は中止となり、それ以降20年間、試合は行われなかったそうです。

どうやら、道頓堀ダイブの熱狂ぶりは近年に始まった事ではないようですね。

やがて大正七年(1920年)、東京・芝浦に「日本運動協会チーム」という職業野球チームができますが、その後の関東大震災で運営が難しくなり、解散の憂き目に遭います。

そして、いよいよ昭和九年(1934年)、読売新聞社正力松太郎さんが、ベーブ・ルースルー・ゲリッグを含む、「アメリカ大リーグ選抜チーム」を、日本に招待するのですが、当時は、「学生はプロのチームと試合をしてはいけない」という決まりがあったため、すでに、ラジオの野球中継(8月13日参照>>)で大人気だった東京六大学の野球チームに、そのまま相手をさせるわけにはいかず、急遽、一時的に「全日本チーム」というのを結成させたのです。

神宮球場を借りるために、表向きはアマチュアという事にしたこのチームは「大日本東京野球倶楽部」・・・後に、「東京ジャイアンツ」と呼ばれるチームです。

当時の主力は、何と言っても沢村栄治投手(さすがの私もこの人の名前は知ってます・・・巨人の星で見た)

当然の事ながら、彼らは、日本には試合をするチームがないため、結成された翌年の2月には、アメリカ遠征・・・という事になり、3ヶ月間で109試合をこなし、74勝34敗1分けという好成績で帰国します。

「このままプロ野球の灯を消すわけにはいかない!今が絶好のチャンス」とばかりに、松太郎さんは、各方面へプロ野球チーム結成の要請をするのです。

そして、その年の12月には「大阪タイガース」が、翌年の1月には「名古屋軍(後のドラゴンズ)「大阪阪急軍」が、という具合に次々誕生します。

この4チームに、「東京セネターズ」「大東京」「名古屋金鯱」の3チームを加えて、「全日本職業野球連盟」が設立されたのが、同じ年・昭和十一年(1936年)2月5日・・・この後、連盟の名称は何度か変わる事にはなりますが、こうして日本のプロ野球リーグが誕生したのです。

文明開化の波の中、一人のアメリカ人教師が、1本のバットと3個のボールで始めた野球というスポーツは、やがて日本全国を魅了し、一勝に笑い、一勝に泣き、数々の名勝負、名選手を生み出す事になるのです。

今日も、群集を呑みこんだあのスタジアムで、一度限りの夢を追う若者たちと、イタズラ好きの勝利の女神が、ステキなドラマを演出してくれる事でしょう。
 

Yakyuunohicc 今日のイラストは、
『真夏のスタジアム』の雰囲気で・・・

はたしてこの夏は、何王子が出現するやら・・・楽しみです。
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明治・大正・昭和」カテゴリの記事

コメント

♪六甲颪にさっそうと
蒼天かける~日輪の~♪
青春の覇気 高らかに~
ははははは・・・亥やあ、長居試合、今やっと勝ちましたよ。
・・・と、関係ないけど、つかれたわ~。

投稿: 乱読おばさん | 2007年8月10日 (金) 22時44分

名選手が次々メジャーへ・・・
どうなるんだ?
・・・と言いながら、甲子園にいるワケでもないのに、テレビの前で一喜一憂するあのパワーはスゴイ!

やっぱり、それだけ魅力のあるスポーツだという事でしょうね。

投稿: 茶々 | 2007年8月11日 (土) 08時52分

150年前にアメリカではプロ野球の原型が出来上がり、イギリスではサッカーが出来上がりと言うことを踏まえると、幕末の政情不安の日本がスポーツ面で遅れていたのかがわかりますね。
でも、野球は欧州ではマイナースポーツなので、現地では未だに普及率が低いようです。

投稿: えびすこ | 2010年7月 3日 (土) 09時08分

えびすこさん、こんにちは~

アメリカではマイナーと言われていたサッカーがここのところ盛り上がってきているようなので、いつかヨーロッパ野球もメジャーになるかも知れませんね。

日本も今回は盛り上がりましたし…

投稿: 茶々 | 2010年7月 4日 (日) 08時45分

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