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2007年8月30日 (木)

徳川家だけ、なぜ葵?葵祭と家紋のお話

今日は家紋のお話です。

家紋はそれぞれのお家にあるもので、そのご家庭では、そのわが家の家紋が一番有名でしょうが、全国的にみんなが知ってる有名な家紋と言えばやっぱ、黄門様のアレですね~。

「頭が高い~控えおろ~」と、取り出す、あの印籠に、燦然と輝く『三つ葉葵』!

この『三つ葉葵』の紋は、徳川家が独占使用権を持ってるので、皆、家紋を見ただけで「はは~」となるわけですが、この葵の花自体は、特別、目を惹くような目立つ植物ではありませんよね。
しかも家紋は葉っぱだし・・・。

これは、徳川家に限らず、家紋に使用される植物というのは、見栄えの良さよりも、その効能や生育の強さ、縁起の良さなどによって選ばれてきたからなのです。

・‥…━━━☆

たとえば、藤原氏の家紋の藤の花なども、「他の木に巻きつき、その木を枯らしてしまうくらい強い」という、その強さで選ばれたのだそうです。

天皇家の御紋のも、もともと薬草として使われていて、その効能から魔よけとして飾られていたという経緯があります。

葵は、古代から、菖蒲(こも)などとともに、宮廷などで行われる神事の時に飾られる霊草だそうで、京都・三大祭りの一つ『葵祭』で、行列に参加する人が身につけたり、牛車などに葵が飾られている事は有名です。

Aoi3a1000 葵祭・路頭の儀

この葵祭は、今から1400年ほど昔の欽明天皇の6世紀中頃、凶作が続いた時に、五穀豊穣を願って始められたお祭りで、あの『枕草子』『源氏物語』にも登場すつ由緒正しきお祭りですが、当時は『賀茂祭』という名前で、呼ばれていたのです。

ご存知のように、上賀茂神社と下鴨神社のお祭りですからね。

現在では、5月1日から5日までの5日間は、流鏑馬(やぶさめ)神事競馬神事などの神事が上賀茂・下鴨の両神社の境内で毎日行われ、その後、5月12日には下鴨神社境内で御陰祭・・・そして、最終日の5月15日には、総勢500名が平安王朝装束に身を包んで京都御所から下鴨神社を経由して上賀茂神社まで行列する「路頭(ろとう)の儀」という、最も有名な儀式が行われて、15日間のお祭りの幕を閉じます。
神事の日程王朝行列のルートなどは、本家HP「京都の年中行事」のページ>>で紹介しています)

ところが、そんな由緒正しきお祭りも、室町の頃になると、公家に代わって武士が力を持つようになり、その頃にはお公家さんちの経済状態は火の車で、亡くなった人の葬式代にも事欠く始末。

とてもじゃないが祭りまで手が廻らない・・・そんな中、応仁の乱が勃発して、世は戦国へと突入してしまい、一旦、祭りは休止状態に陥ります。

その窮地を救ったのが、戦国の最後に天下を取った徳川家・・・200年間の空白を撃ち破って、元禄七年(1694年)に突如として祭りが再開されるのです。

これを機会に、以前は、霊的とされるいくつかの植物を使用していたのを、すべて葵の葉で飾るようにして、名前も『葵祭』と呼ばれるようになりました。

そうです。
スポンサーがついたのです。

今ハヤリのネーミング・ライズ・・・
さしずめ、大阪ドームが京セラドームに変わった・・・ってところですね。

すでに、この頃には、徳川家は葵の紋の独占使用権を握っていますから、「こんな格式のある神事に使用される植物が、わが家の家紋なんだぞ」ってな感じで、ハクがつくわけです。

ところで、さっきから「独占使用権」「独占使用権」と強調してますが、当然の事ながら、最初はこの葵の家紋・・・徳川家だけの物ではありませんでした

三つ葉葵ではないにしろ、葵の葉っぱを家紋にしているお家はたくさんあって、徳川(当時は松平)もそのうちの一つだったのです。

もともと、賀茂神社の氏子であった『三河三豪族』と呼ばれる松平・本多・伊奈などが、すでに賀茂神社の神紋である葵を家紋として使用していました。

徳川家康は、その松平の支族です。

しかし、家康が将軍となった時に、その葵の家紋を権威の象徴・シンボルとするために、いきなり一般の使用を禁止し、一門だけの独占使用権を主張して、他の家は、すべて別のデザインに変えさせられたのです。

享保八年(1723年)2月25日には、葵の紋をデザインした品物の販売を禁止する法令も出しています。

まぁ、将軍の主張ですから、他の人は聞くしかないですわな。

Kamonaoicc  ・・・で、結果、葵の紋は、将軍家、御三家、御三卿だけの物となって、印籠を見せるだけで「はは~」となるわけです。

丹波西田氏の家紋というのが残っていますが、これは明らかに、徳川が独占する前の葵の紋・・・みんなこんな感じで使ってたんでしょうね。

面白いのは、同じ徳川家の三つ葉葵でも、時代によってちょっとずつデザインが変わってきてるところですよね~。

これって、やっぱ手書きだからですかね。
当時は、コピペできひんからなぁ~。

まさか、書く人によって変わるって事はないでしょうが、水戸家の葉っぱには茎が無いんですね~テレビではどうなってるのかな?
今度、じっくり見てみないといけませんね~

どころで、家康さん・・・たしか、新田氏の末裔だって言い張ってませんでしたっけ?

新田氏の家紋は、「大中黒」・・・別名・新田の一つ引きなんですが、子孫でも家紋は違うんですね。
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江戸時代」カテゴリの記事

コメント

茶々さん、おはようございます!
今日は葵祭りですね(o^-^o)
私はこれから初めて見に行きます♪
今からとても楽しみです!!
祇園と時代もいつか見たいですね!
葵の紋についての豆知識ありがとうございましたm(_ _)m

投稿: 暗離音渡 | 2011年5月15日 (日) 09時03分

江戸時代に着物の紋を小さくしたのは、裃に合わせたんでしょうね。裃に家紋を入れたのは江戸時代からですかね?

>暗離音渡さん
正午のニュースで葵祭の行列を見ました。なかなか優美ですね。1キロに及ぶ行列。京都周辺にお住まいですか?
15年前に葵祭の後に京都へ中学の修学旅行で行ったので、祭りの様子は見ていないです。

投稿: えびすこ | 2011年5月15日 (日) 15時41分

暗離音渡さん、こんばんは~

晴れて良かったですね~
いい感じで見られましたか?

投稿: 茶々 | 2011年5月16日 (月) 02時16分

えびすこさん、こんばんは~

織田信長の肖像画の裃にも、家紋が入ってますよね。
いつ頃からなんでしょうか?

でも戦国武将は、やっぱり甲冑姿がカッコイイです。

投稿: 茶々 | 2011年5月16日 (月) 02時28分

>えびすこさん
はい、優雅でした!牛車とか生で見て感動しました。見る価値あると思いますよ!
あと、平安貴族の衣装着てみたいなと思いました!

いえ、私は横浜に住んでいます。でもお父さんは京都に単身赴任しているので行きやすいです。
あと、無事第一志望の大学に入れたので、時間にゆとりができましたし(≧∇≦)


>茶々さん
はい、ちょっと暑かったですが。欧米の観光客もそれなりにいて、なんだか安心しました。

そうですよね、戦国武将は甲冑姿がカッコイイです!今って披露宴のお色直しで旦那は甲冑姿、奥さんが姫ってのがあるらしいですよね?あこがれます!!


長々とすみませんでした。

投稿: | 2011年5月16日 (月) 22時12分

暗離音渡さん、イイ感じで見られたようで、よかったですね~

>平安貴族の衣装着てみたいなと

だったら、今度は、11月の終わりから12月の初めにかけて行われる「嵐山花灯路」に合わせて京都に来られては?

期間中の大覚寺では、十二単衣体験というイベントを毎年やっておられますよ。

投稿: 茶々 | 2011年5月16日 (月) 22時36分

でも、幕府発足から120年もたってから「葵製品販売」の禁止と言うのも、ある意味おおらかな感じがしますね。
有名な織田信長の肖像画は「本能寺」の翌年に描かれたものなので、天正期時点で裃に家紋が入っていた可能性がありますね。

>暗離音渡さん?

上記の「甲冑を着る結婚披露宴」は、山陰の方でイベントとしてやっているようです。

投稿: えびすこ | 2011年5月16日 (月) 22時36分

えびすこさん、こんばんは~

やはり、最初は家紋を独占する事など、考えてはいなかったのかも知れませんね。

いきなり…ではなく、徐々に意識が変わって行ったのかも知れません。

投稿: 茶々 | 2011年5月17日 (火) 01時31分

前回名前入れるの忘れてました、すみません。

>茶々さん
「嵐山花灯路」というイベントがあるんですか!すっごい興味わきました。教えてくれてありがとうございます!
でもその前に祇園祭りありますよね?行ってみたいです!!

>えびすこさん
山陰の方でイベントなんですか?じゃあ縁ないかもしれませんね。それに私は秀吉様のを着て欲しいですけど、たぶん実現不可能ですよね。一番人気はやはり「愛」の直江兼続ですかね?

なんか脱線しまくりですみません。
茶々さん、毎日楽しく見てます、これからも頑張ってください!

投稿: 暗離音渡 | 2011年5月18日 (水) 22時06分

暗離音渡さん、こんばんは~

京都の夏は暑いですよ~
祇園祭は心しておいでくださいψ(`∇´)ψ

投稿: 茶々 | 2011年5月19日 (木) 00時59分

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