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2007年10月16日 (火)

風林火山・孫子の兵法・最終章「用間篇」

 

今日で、いよいよ『風林火山・孫子の兵法』最終章・・・孫子の中で最も重要とされる『用間篇』を書かせていただきます。

・‥…━━━☆

用間の「間」は、間者の「間」・・・つまり、スパイの事です。

何かと影で動き、謀略や策略に従事するスパイ活動は、以前は陰湿でダーティなイメージがありましたが、近頃では、メディアの発達に伴い、「いかに情報が重要であるか」が、私たち一般人も知るところとなったせいか、情報の収集や敵情視察などは、当然の事という感じになってきましたね。

孫子が、この兵法書を通して、常に強調している事は、戦争には莫大な費用と、膨大な人数の兵士が必要であるという事。

戦いが長引けば、その費用も人の数も山のように積み重なって、たとえ戦争に勝ったとしても、その損失は国家を傾ける事になるかも知れないのです。

『而(しか)るに爵禄百金愛(おし)みて敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり』
「金銭を惜しんで敵情を視察しない者はアホだ」

戦争にかかる費用の何百・・・いや、何千分の一のお金を出せば、人を雇って情報を収集する事ができるわけですから、同じお金をかけるなら、そっちにかけろ・・・という事です。

孫子では、その間者の種類は「五種類ある」としています。

それらの間者を、敵に知られないように使いこなすのは、かなり難しい事ですが、もし、使いこなせたら、それは「宝」にも等しいのだそうです。

その五種類とは・・・
郷間・・・敵国の者をとり込んで使う
内間・・・敵国の官人をとり込んで使う
反間・・・敵の間者をとり込んで使う
死間・・・敵国に潜入してニセ情報を流す
生間・・・敵国から情報収集して帰って来る
・・・の五種類。

もちろん、その人選は重要です。
『間より親しきはなく、賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし』
「最も信頼のおける人物に、最も高い報酬を与え、最も秘密にしておかなければないない」
当然っちゃー当然の事なんですが、意外に賃金が安い・・・なんて気もしますが・・・。

『聖智にあらざれば間を用うること能わず。仁義にあらざれば間を使う事能わず。微妙にあらざれば間の実を得ること能わず。』
「人格者であり知恵のある者でなければ間者は使いこなせない。人を慈しむ心を持つ者でないと間者は使いこなせない。細かな気配り・配慮がないと実際の功績は得られない」
どうやら、間者を雇う側にも、かなりの条件が必要なようです。

そして、孫子曰く・・・間者を用いない戦は、考えられないのだそうです。

しかし、もし、その間者が情報を外に漏らしたならば・・・
もちろん、これは敵に限らず、味方にでもです。

たとえ、味方に・・・であっても主君と間者の間で交わされた極秘情報を漏らした者は、即刻、死あるのみ。
その情報を聞いた者も殺さなければならない
のです。

そして、次に、間者を使った具体的な方法を・・・

いざ、戦いが始まろうとする時、まずは、敵の指揮官や側近・門番・従者などの名前を入手し、間者を送り込んで、彼らの動静を探らせなくてはなりません。

もし、敵の患者が潜入している事がわかったら、これを手厚くもてなして買収し味方にとり込んで、今度は、逆に「反間」として、敵に送り込むのです。

この「反間」には、敵国の者をとり込む役目を荷ってもらいます。
敵の領民をとり込んで「郷間」とし、敵の役人をとり込んで「内間」とするのです。
そうする事によって、敵の動静を知る事ができます。

そして、そんな時に、「死間」を送り込んで、ニセの情報を流し、もちろん、動静も探らせます。

ここまで来たら「生間」を送り込んで、更なる情報を入手。
この頃には、敵国には、コチラが放った「反間」「郷間」「内間」「死間」が動いていてくれますから、「生間」はすんなりと任務を遂行する事ができ、更なる重要な情報得る事ができ、より密な敵情視察が可能になるのです。

主君たる者、この五間の使い方を充分と心得ていなければなりません。

これら五間の中で最も重要なのは・・・そうです、「反間」です。
ですから、「反間」には最も良い待遇を与えなければなりません。

さらに、孫子は故事を引用して・・・
『昔、の興(お)こるや、伊撃(いし)に在り。の興こるや、呂牙(りょが)に在り。故にただ明君賢将のみよく上智を以って間となす者にして、必ず大功をなす』
「昔、の伊尹(いいん)をとり込んで、を倒しては起こった。そして、今度はの呂尚(りょしょう)ととり込んで、を倒しては起こった。このようにすぐれた君主はすぐれた間者を用いて成功を収めている」

そして、最後の最後。
孫子は、この言葉で、このすばらしき兵法書を締めくくります。

『これ兵の要(かなめ)にして、三軍の恃(たの)もて動く所なり』
「情報戦線こそ戦のかなめであり、全軍はこれによって動くのだ」
と・・・。

この最終章の『用間篇』が、孫子の中で、最も重要である事がおわかりいただけましたでしょうか。

一応、今回をもちまして、このブログでの『兵法書・孫子』のご紹介は、最後とさせていただきます。

ご愛読、ありがとうございました~m(_ _)m

・・・・・・・・・・・・・・・

★これまでの『風林火山・孫子の兵法』全十三章を読むには、コチラの目次のページ>>からどうぞ!

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