« 「うば捨て山」は本当にあったのか? | トップページ | 禁門の変のシンガリ・幕末の十七烈士と真木和泉 »

2007年10月20日 (土)

神様が出張する神無月~留守番役の神様は?

 

10月の別名は「神無月(かんなづき)
・・・て、あぁ、あの武藤のモノマネする人・・・って、それは神奈月!

もとい・・・この神無月という呼び名には・・・
神嘗祭の月だから「神嘗(かんなめ)月」
雷が少ない月だから「雷無月(かみなづき)
新嘗祭のための新酒を醸造するので「醸成(かみなん)月」

・・・などなど、諸説ありますが、一般的なのは、八百万の神様が出雲大社に集まるため、地方の神様が留守になるので「神無月」・・・逆に、出雲地方は10月の事を「神在月(かみありつき)呼び、出雲大社では旧暦の10月11日から10月17日まで「神在祭」なるお祭りも行われる事で、この説が一番有力です。

神々は、9月30日に各地方を出発して、10月10日から18日まで神魂神社(かもす神社・旧県神社)で過ごし、10月18日から20日出雲大社21日から25日までを佐陀神社(さだ神社・旧国幣神社)で過ごした後、帰途につき、10月30日には各地方へご到着・・・という細かな旅のスケジュールまであったりなんかします。

・・・で、何で10月に神様が出雲大社に集まるのか?というのは、10月16日伊邪那美命(イザナミノミコト)ご命日で、その日のための酒造りをするためという説と、巷の男女の縁結び・・・つまり、誰と誰をくっつけるか的な話し合いをするためという説の2種類があります。

なので、この期間に未婚の男女が出雲大社にお参りすると良縁に恵まれる・・・という言い伝えもありますので、まぁ、命日を口実に集まって、お酒を飲みながら、「アイツとアイツがうまくいきそうだ」とか、「コイツとコイツは合わねぇ~な」なんて事を話し合てな感じでしょうか。

ところで、全国の神様が出雲に出張してしまって・・・「いったい、その間はどうなるんだ?神様はいないの?」
・・・って思いますが、ちゃんと留守を守る神様がいます。

この期間の留守役を頼まれているのが、あの商売繁盛でお馴染みの恵比寿さまです。

・・・で、なぜ、恵比寿さまが神無月の留守番役に?

・・・・・・・・・

面の笑みで鯛をかかえ、釣竿を片手にした老人の姿で描かれる恵比寿さまは、「恵比須」「夷」「戎」「蛭子」など、様々な漢字が当てられますが、もともと「えびす」という名称自体が、異国の人を意味する言葉で、本来は異国から降臨して幸をもたらす神様であったのが、後に記紀神話に登場する神様と同一視されるようになったものと思われます。

恵比寿さまが、イザナギとイザナミの間に生まれた第三子・蛭子尊(ひるこのみこと)ではないか?
という説では、記紀神話「蛭子」と書いて「えびす」と読ませている事と、未熟で生まれた蛭子尊が天磐樟船(あまのいわくすふね)に乗せられて捨てられた後、その船が摂津の国・西宮の浦(兵庫県)に漂着し、そこで神として祀られた・・・とあるところから、全国的に有名な夷神社(西宮神社)が、それではないか?という事のようです。

ただ、この説だと個人的には、イロイロと詮索してしまいます。

だって、「イザナミさんのご命日に酒を飲む会」に出席するために、神様がいなくなり、その留守番が恵比寿さま・・・って事は、息子が母親の命日に出席しないって事で、親子の断絶もはなはだしいって感じですし、逆に、恵比寿さまが捨てられた恨みを、まだ根に持って出席を拒否してるのだとすれば、何やらどろどろした親子関係が渦巻いてそうですが、それはあくまで勝手な想像・・・(*^-^)。

他には、釣り好きというところから、大国主命(おおくにぬしのみこと)の子供で、やはり漁猟が大好きな事代主命(ことしろぬしのみこと)ではないか?という説や、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)山幸彦ではないか?という説があります。

山幸彦の場合、彼自身は山の民ですが、有名な「海幸・山幸神話」では、兄・海幸彦に借りた釣り針を失くしてしまい、竜宮まで探しに行って海神の娘・豊玉媛命(とよたまひめのみこと)と結婚し海神の力を借りて、兄・海幸彦を倒すわけですから、名前とはうらはらに、山幸彦のほうが海に近い・・・という事になります。

いずれの神様が恵比寿さまなのかという決定打はありませんが、どの神様も海に深い関係のある神様です。

共通点から考えると、やはり、恵比寿さまは、海の向うから来た神様。
そして、本来は漁民に幸せをもたらす神だったのです。

漁民の幸せ・・・つまり、大漁・豊漁です。

それは、地方によっては、クジラや鮫、イルカなどを「えびす」と呼ぶ事があるということでもうかがえます。

クジラ・鮫・イルカが小さな魚を追い、追われた魚が海岸近くにやって来る事で、結果、豊漁となるわけで、そのように呼ばれるようになったと言います。

このように、古代より漁民たちから、豊漁の神様として崇められていた恵比寿さまが、いつしか農民にも崇められるようになります。

漁民の豊漁は、イコール農民の豊作・・・という事で、やがて豊作の神様となった恵比寿さま

五穀豊穣・豊作となると、そのお祝いは実りの秋に行われるのが常・・・そうして始まったのが、毎年10月20日に行われる「夷講(恵比須講・えびすこう)と呼ばれる年中行事です。

そう、今日10月20日えびす講の日です。

この日には、各・家々で恵比須神の像を祀り、家にある金銭を1升枡などの入れ、尾頭付きの鯛とともにお供えしたりします。

つまり、恵比須さまは、この時期、農家に豊作をもたらす・・・という大切な仕事があって休めないんです。

「10月に休めない神様がいるんなら、ソイツに留守番してもらっちゃえ!」
・・・て事で、恵比須さまが、神無月のお留守番役に抜擢されたようです。

やがて、地方によっては、この「えびす講」の日を、「恵比寿神が出稼ぎから帰る日」あるいは「恵比寿神が商いを始める日」とされていた事から、当然、商人も、その幸せ・・・つまり商売繁盛を恵比須さまに願うようになるわけです。

もう、こうなると恵比寿さまは、誰にでも幸せをもたらしてくれる福の神。

やがて「えびす講」1月10日も行われるようになり、こちらは「十日戎」と呼ばれるようになります。

また、商人は商いの駆け引きとして、時にはハッタリをかましたり、ウソを言ったりする・・・その罪を償うために神社のお参りする事で、10月20日の「えびす講」は「誓文祓い(せいもんばらい)とも呼ばれます。

このように、様々な人が行うようになった「えびす講」ですが、やはり、一番派手なのは商人です。

宴の席を設け、招待客を招き、鯛や酒を振舞い、飲めや歌えの大騒ぎ・・・そんなところから、いつしか、恵比寿さまのご利益の中で、商売繁盛が一番目立つようになったのです。

大阪は、商売人が多いからでしょうか、えべっさんは今日10月20日よりも、1月10日「十日戎」のほうが盛んなような気がします。

あちこちの戎神社から聞こえる、あの「商売繁盛で笹持って来い!」という、楽しげで、リズミカルで、神様にあるまじき命令形の言い回しが、私は、けっこう好きです。
 .

内容が「おもしろかった」と思っていただけましたら
右サイドバーsoonにあります【拍手!!】を・・・
ブログ内の人気ページとしてランキングされます(゚ー゚)
あなたの応援で元気100倍!

    にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ



 

 


|

« 「うば捨て山」は本当にあったのか? | トップページ | 禁門の変のシンガリ・幕末の十七烈士と真木和泉 »

神様・仏様」カテゴリの記事

コメント

天満の十日戎、どんどん盛り上がってもらいたいです。

よその十日戎のはじまった経緯かいてみます。
今宮戎神社の十日戎の起源  十日戎の行事は江戸中期頃から盛んになり、延宝三年(1675)の 大阪の町の案内の図「葦分舟」には今宮戎の十日戎の図が描かれています。
西宮神社の十日戎の起源  西宮神社の十日えびすは、古来御狩神事(みかりしんじ)とか忌籠祭(いごもりさい)と言われていました。中世には市中の各家々も九日の夕方に門を閉じ、静寂を守っていたことが室町時代の重篇応仁記に記されています。
京都えびすは元々建仁寺の鎮守の寺内神社だったようです。維新の時、建仁寺の寺侍が神社を寺から譲り受け宮司となる。福笹を授けだした、最初の神社とも言われる。
堀川戎の十日戎の起源  江戸中期ごろより十日戎が盛んになり、 ミナミの今宮えびすとキタの堀川えびす が大阪の町の十日戎を代表するようになる。
大阪天満宮の十日戎の起源  戦後途絶えていた十日戎を、落語家でタレントの桂三枝の意向もあり復活させる。
柳原蛭子神社の十日戎の起源  神戸市兵庫区の柳原のえべっさんの十日戎の歴史は古いものではなく、先々代の宮司(井上四郎宮司)が、西柳原町内や柳原商店街や福海寺(大黒さん)の協力をえて、西宮戎(西宮神社)などの十日戎の盛り上がりを参考にして始めた。

三大十日戎 ①西宮神社 ②今宮神社 ③京都戎神社(柳原蛭子神社)(堀川戎神社) などが三大十日戎としてあげられる。

投稿: 大阪はえべっさん。でも出雲出身ですね。 | 2009年8月 8日 (土) 07時03分

大阪はえべっさんでも出雲出身ですねさん、イロイロ豆知識ありがとうございました~。

おそらく、日本に仏教が伝わる以前に、海の向こうからやって来た神様で、日本が日本になる頃には、すでに土着の神様となっていたのでしょうね。

投稿: 茶々 | 2009年8月 8日 (土) 14時13分

この機関の留守役を ←期間

別に、粗探しをしているわけじゃ無いので…
現在、マレーシアをメインに、建築(建設・開発)案件の設計コンサルタントをしています。
大体、どの国でも土建関連の仕事では、ミーティングと称する打合せが多いのですが…。
まあ~ ミーティングですから、打合せが主目的なのですが…。
これには、お国柄にもよりますが、時間通りに始まる、と言うより集まらない…。
大抵は雑談をして時間潰しをするのですが、コンサルという立場上、答えに窮する事が間々あります。
と、云うのは、そのプロジェクトの組織上、一番上にいるわけで、決定権を持っています。
下手に相槌などうってしまえば、後々、大変な思いをする事になります。
で、ここ数ヶ月は、ここの「今日は何の日?徒然日記」を、一人ニヤニヤ(?)しながら、見ているわけです。
海外で日本の書籍を買うと、目ん玉が…
そして、時代劇的書籍が少ないので…
「今日は何の日?徒然日記」は、私の好きな、時代劇的なテーマと、文章で「にゃっ…」と、させてもらい楽しんで、上記の時間潰しをしている訳で…
そして、気分でバックナンバーから、テーマも選べるので…

ちなみに、現在 Sri LankaのTrincomalee州へ向かう為、KLIAで時間潰し中です。
(KLIA: Kuala Lumpur International Airport, Malaysia)

投稿: 夏原の爺い | 2012年12月11日 (火) 01時21分

夏原の爺いさん、こんばんは~

それは、ご多忙ですね。
道中、お気をつけくださいませ。

誤変換はしょっちゅうあります(*´v゚*)ゞ
特にPC変えたばかりの時はヒドイです(笑)

投稿: 茶々 | 2012年12月11日 (火) 03時49分

久し振りに訪ねました。
相変わらずの博識ぶりに感嘆です!

いつも楽しい話を読ませて頂いているお礼を言いたくてコメントしました(^^)


投稿: ひろし | 2016年8月30日 (火) 06時59分

ひろしさん、こんにちは~

元気が出るコメント、ありがとうございます。
また、お暇な時に、ブログを覗きに来てくださいませ。。。。

投稿: 茶々 | 2016年8月30日 (火) 16時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47570/8515294

この記事へのトラックバック一覧です: 神様が出張する神無月~留守番役の神様は?:

« 「うば捨て山」は本当にあったのか? | トップページ | 禁門の変のシンガリ・幕末の十七烈士と真木和泉 »