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2008年1月24日 (木)

1月24日は「初愛宕」、愛宕神社のお話

 

毎月24日『愛宕の縁日』・・・中でも、今日1月24日『初愛宕』という一年で最初の愛宕の縁日。

・・・という事で今日は『愛宕神社』について書かせていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あの十返舎一九『東海道中膝栗毛』にも、そして、『浄瑠璃・糸桜本町育(いとざくらほんちょうそだち)にも、
「伊勢へ七度ななたび)、熊野へ三度(みたび)、愛宕様へは月参り・・・」
と、まったく同じフレーズが登場します。

どうやら、これは江戸時代の当時、今で言うところの流行語大賞となるような大ヒットのフレーズらしい・・・。

もちろん、フレーズが流行っただけではなく、実際に愛宕へお参りするのも、かなりのブームだったようです。

Atagozinzyatizucc 愛宕・愛当・愛太子・阿多古・愛宕護・・・と書いて、すべて「あたご」と読みますが、これら日本の各地に点在する愛宕神社のおおもとは、京都市右京区嵯峨愛宕町愛宕山の山頂にある愛宕神社です。

古くから『愛宕権現』の名で親しまれ、多くの信仰を集めた愛宕山は、比叡・比良・伊吹・神峰(しんぽう)・葛城・金峯(きんぷ)とともに『七高山』と呼ばれていた霊山でした。

あの桓武天皇が、怨霊から身を護りたい一心で究極の魔界封じをほどこした京の都(10月22日参照>>)では、東の比叡山とともに、西の愛宕山が王宮守護の神とされていました。

あの徳川家康も、慶長八年(1603年)に江戸城に入ってすぐ、城の西方、芝の小山に、京都の愛宕大権現を分霊して愛宕神社を建立し、江戸の護りを固めています
(江戸の場合の東の護りは、東叡山寛永寺となります)

明治の始めの神仏分離によって、お寺を廃し、本宮の祭神は稚産日科(わくむすびのかみ)伊弉冉尊(いざなぎのみこと)で、若宮には雷神(いかづちがみ)火之迦具土命(ほのかぐづちのみこと)を祀って、名称も愛宕神社となりましたが、それ以前は、真言宗の白雲寺を別当寺として、勝軍地蔵泰澄大師不動明王毘沙門天竜樹菩薩の五尊をお祀りし、奥の院には、役行者宍戸司前(ししどしぜん)太郎坊栄術を祀り、愛宕山大権現と呼ばれていました。

先の五尊の中でも、本尊とされていた勝軍地蔵は、冥界と現世の境界線に立って、人々を護ってくれるという菩薩で、以前、『左義長の由来』のページ(1月14日参照>>)でも書かせていただいた日本古来の「さいの神」と同じ性格を持つ神様だと言われています。

やはり、昔は丹波との国境であったこのあたりに祀られたというのも、ここで、災いをくい止める・・・災難除けの意味合いが大きかったのでしょうね。

その頃は、お山には六つの宿坊があり、京都・嵯峨の大覚寺が管理する修験の道場でもありました。

今も、毎年9月28日の愛宕神社の例大祭に行われる、お神輿の大覚寺参拝は、この名残だそうです。

その他にも、京都では、3歳になった子供が、この愛宕山にお参りすると、一生涯、火からの災難に遭わないとされていたり、7月31日の『千日詣り』の日に参拝すると、日頃の千日分の御利益があるとして、現在でも多くの信仰を集めています。

大和朝廷が成立する以前から、そして、仏教が伝来する以前から、日本にあった神々への信仰・・・あらためて京都の長い歴史と伝統を感じさせてくれますね。
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神様・仏様」カテゴリの記事

コメント

i茶々さん おはようございます^^
京都の愛宕神社はまだ行ったことがありません。
今日の記事で是非行ってみたくなりました。

昨年暮れに江戸の愛宕神社には行きましたよ^^
思ったよりこじんまりしていましたが、
落ち着いた雰囲気でよかったです。

ただし、正面の急階段には驚きました。
段数も多いし、急だし…
あれを馬で駆け上がったという
言い伝えがあるそうですが、信じられません^^;

もし江戸においでの節は、是非ご覧になってみて下さいね。

投稿: たまびとルンちゃん | 2008年1月24日 (木) 09時59分

たまびとルンちゃんさん、こんにちは~。

エラそうに書いておきながら、実は私もまだ上まで行った事ないんです~。

バスの終点・清滝から、さらに2~3時間の山登り・・・なんせ修行の場所ですからね~。

そう簡単に御利益はいただけないようですね。

投稿: 茶々 | 2008年1月24日 (木) 12時36分

こんばんはー

実は私も江戸の愛宕神社には行ったことがあります。確かエレベーターで昇ったような記憶が・・・

すみません。
勝手にリンクしちゃいました。
よろしければ、私の方もリンクしていただけたらうれしいです。

投稿: 清正 | 2008年1月24日 (木) 22時27分

愛宕はいったことあるんですか。私はないです。歴史カレンダーも面白いね。

私のブログに歴史女性人物の水着姿イラストをよく描いてるので多いのです。
もし良かったら見てください。

投稿: sisi | 2008年1月25日 (金) 00時51分

>清正さん、
へぇ・・・東京のほうはエレベーターがあるんですか?
京都のほうは、清滝まで行くのにもかなりな物なのに、そこから2~3時間は、やはり、それなりの心の準備が必要ですね。

こちらからも、リンクさせていただきました~
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 茶々 | 2008年1月25日 (金) 01時29分

sisiさん、ご訪問&コメントありがとうございました~。

sisiの絵は、いい意味で「のほほん」とした、とてもかわいい絵ですね。
ワタシ的には、額田王の水着の跡が好みです。

投稿: 茶々 | 2008年1月25日 (金) 01時33分

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