« ぶろぐ河原の落書2008~新年のごあいさつ | トップページ | 羽根突きはただの遊びじゃない!羽子板の由来と起源 »

2008年1月 2日 (水)

いい夢見ろよ~初夢と七福神のお話

 

今日は、『初夢』のお話です。

初夢とは、年が明けて、初めて見る夢ですから、本来、1月1日の夜明け前か、その夜から2日のかけての睡眠中というのが、本当の「初」となるのでしょうが、一般的には1月2日・・・つまり、2日の夜から3日の朝にかけての睡眠中に見る夢の事を言うそうです。

2日の夜・・・というのが一般的になったのは、江戸時代頃からで、これは、初荷、初売り、書初め・・・等等、民間の事始が2日に多い事から、「1月2日が最初の日」という考えに基づいてではないか?と言われます。

やはり、江戸期の町民文化の発展とともに、「2日の夜=初夢」というのが一般的になったようですね。

一般的と言えば、「夢判断」で、最もめでたいとされる吉夢の種類は・・・
「一富士・二鷹・三茄子」
というのが、一般的ですよね。

このあとに、
「四扇・五煙草・六座頭」
と、続くそうですが、全国的に知られているのは、先の「三なすび」まで・・・。

しかし、これが、由来となると、まったくもってお手上げ状態・・・様々な説があるものの、どれも、あとづけ、こじつけっぽい雰囲気です。

一説には、あの徳川家康が隠居した後に・・・
「俺の国で、1番高いのは富士山。
 2番目が足高
(愛鷹)山。
 値段が高いのは初茄子だ」
と、言ったから
・・・というのがありますが、「なんで、3番目だけ値段の高さなの?」という違和感残りまくりです。

よく似た説では、家康が言った言わないに関わらず、これが駿河の「三大名物だ!」とするのもありますが、これも「山・山・野菜」となる事の不可思議さは同じです。

「三大仇討ち説」というのもあります。
以前、このブログでも登場した「日本三大仇討ち」・・・

・建久四年(1193年)5月28日の
 曽我兄弟の仇討ち(5月28日参照>>)
・元禄十五年(1702年)12月14日の
 赤穂浪士の討ち入り(12月14日参照>>)
・寛永十一年(1634年)11月7日の
 伊賀上野鍵屋の決闘(11月7日参照>>)

これが、その三大仇討ちなのですが・・・
富士の裾野の宴会場に突入した曽我兄弟は100%ヨシとしても、「赤穂浪士の紋が『鷹の羽』なので」というのは、ちょっと・・・って感じです。

それでも、何とか五分五分で許される範囲内としても、最後の「三に名を成す(茄子)伊賀上野」は苦し過ぎます。

「名を成す」「茄子」が当てはまるなら、何だって当てはまりますからね。

単に「縁起が良いから」という説でも、日本一で雄大な富士山と、勇猛果敢に獲物を捕え、空高く滑空する鷹は、何となくわかりますが、やっぱり3番目の茄子は、なぜ?たくさんある野菜から茄子が選ばれたのかが、今一つ納得できませんよね。

やっぱり謎です。

ところで、そんな良い夢を見るための方法として、昔から言い伝えられているのが・・・
「枕の下に、七福神の乗った宝船の絵を入れて眠る」
という、おまじないのような物・・・。

絵には、
♪ながきよの とおのねふりの みなめざめ
  なみのりふねの おとのよきかな♪

という、「上から読んでも下から読んでも同じ」=「回文」の歌が書かれていて、寝る前に、この歌を3回唱えて寝ると、良い夢が見られるという言い伝えです。

宝船以外にも、七福神と(ばく)が書かれた物もあるのですが、これは、獏が「悪い夢を食べてくれる動物」とされていた事に由来するもので、昔は、旧暦の正月・・・つまり、節分の夜に、枕の下に入れて寝ました。

七福神というのは、ご存知・・・

恵比須:蛭子尊と同一視(10月2日参照>>)
大黒天:大国主命と同一視(12月21日参照>>)
弁財天:音楽・弁才を司るインドの神様。
福禄寿:北極星のこと。
寿老人:中国の福寿の神様。
毘沙門天:四天王で十二天の一つ別名・多聞天。
布袋和尚:禅僧・契此(かいし)のこと。

以上の七神で、この七福神の信仰は室町時代・末期・・・商業が盛んになった頃から始まったとされています。

由来は、『仁王般若波羅密経(におうはんにゃはらみきょう)の下巻にある「七難即滅、七福即生」という言葉から七人の神様が創りだされたそうです。

そんな七福神を、最初に絵にしたのは、狩野派の3代目・狩野松栄(しょうえい・1519~1592年)で、あの桃山文化の代表的絵師・狩野永徳のお父さん・・・家康が、あの天海僧正から七福神の話を聞いて描かせたとも言われています。

この中で、福禄寿と寿老人は、ともに北極星を神格化した神様で、同一視されるところから、江戸時代の元禄の頃には福禄寿の代わりに吉祥天を入れて七福神とされていたそうです。

現在の7人が不動のメンバーになったのは、江戸も末期になってからの事だそうで、神社への七福神詣でなども生まれ、七福神信仰が最も栄えたのがこの頃。

初夢の宝船の絵の話も、どうやらこの頃に生まれたようです。
 

Hatuyumetakarabunecc 今日のイラストは、
やっぱり、『宝船と七福神』ですよね~。

枕の下に入れれば、今夜はいい夢が見られそう・・・かな?
 .

「なるほど」と思っていただけましたら
右サイドバーsoonにあります【拍手!!】を・・・
ブログ内の人気ページとしてランキングされます(゚ー゚)あなたの応援で元気100倍!

人気ブログランキングへ   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ



 

 


|

« ぶろぐ河原の落書2008~新年のごあいさつ | トップページ | 羽根突きはただの遊びじゃない!羽子板の由来と起源 »

神様・仏様」カテゴリの記事

コメント

3なずび、の続きがあったとは初めて知りました。確かに何故ナス?と?マークが残りまくりです(笑)それにしても、どうしてこれほどまで博識なのか、とっても興味があります!すばらしい!本年も宜しくお願い致します。

投稿: hal@くるり京都 | 2008年1月 2日 (水) 18時50分

hal@くるり京都様、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

ホント、なすびはキライじゃないけど(むしろ漬物は大好き!)、3番目にめでたい・・・と言われたら、なぜ?って思いますよね。

投稿: 茶々 | 2008年1月 2日 (水) 22時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47570/9680182

この記事へのトラックバック一覧です: いい夢見ろよ~初夢と七福神のお話:

« ぶろぐ河原の落書2008~新年のごあいさつ | トップページ | 羽根突きはただの遊びじゃない!羽子板の由来と起源 »