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2008年1月30日 (水)

「みその日」なので、お味噌の歴史+味噌天神の話

 

毎月30日は、「みそか=三十」の語呂合わせで、『みその日』という記念日なのだそうです。

・・・で、毎月30日が来るたびに、いつ書こうかと悩んでいた『お味噌の歴史』を、今日、書かせていただく事にします。

・・・・・・・・・・

日本には、古代から草醤(くさびしお)穀醤(こくびしお)宍醤(ししびしお)など、「醤(ひしお)と呼ばれる調味料がありました。

現在の漬物のような、塩辛のような、お味噌のような・・・といった感じの物でした。

中でも、穀醤は、大豆や小麦、豆などの穀類を発酵させた物で、お味噌のルーツと言える物でしょう。

これには、発酵し過ぎないように塩が加えられていたそうですが、逆に塩を入れずに加熱して発酵を止め、この醤の原料からお酢やお酒も造られていました。

あの大宝律令にも、大膳職(だいぜんじき・宮中の食を管理する役所)「醤・豉(し・くき)・未醤等」をつかさどる役人がいた事が書かれています。

豉とは、紀元前の中国西域で造られていたお味噌のルーツと言われている物です。

大陸との交易が盛んな奈良時代になると、そんな中国の技法が取り入れられるようになり、昔からある醤に改良が加えられ、いろんなパターンの醤が造られるようになります。

中国から伝わった技法で改良された醤を「唐醤(からびしお)
朝鮮から伝わった技法で改良された醤を「高麗醤(こまびしお)と呼んでいたそうです。

しかし、唐醤や高麗醤の中にも様々な種類があり、現在のお味噌のような物から、むしろ醤油に近い物まで多くの種類が混在していました。

平安時代の都の市には、東の市には唐風の醤を売る「醤屋(醤油屋)があり、西の市には高麗風の醤を売る「未醤屋(味噌屋)があった事が記録されています。

こんな感じの味噌とも醤油ともつかない時代がしばらく続きますが、鎌倉時代の建長年間(1294年~55年)に、(中国)に渡った僧侶によって新たな技法が伝えられ、お味噌は画期的な変化をします。

信州(長野県)の僧侶だった覚心は、宋の径山寺(きんざんじ)というお寺で、そのお寺独特のお味噌に出会います。

なめさせてもらった、その味が忘れられず、お味噌の技法をマスターして帰国・・・その後、紀州興国寺で、その造り方を後輩僧侶に教えます。

それが、『金山寺味噌』だと言われています。

室町時代の僧の日記には、味噌や醤を醸造する話が多く書かれていて、当時は自給自足の意味もあって、お寺の中でお味噌造りが盛んに行われていた事がわかります。

やがて、もっともっと盛んになったお味噌造りは、お寺から売り出されるようになり、寺院の収入源の一つとなっていきます。

そして、僧侶から公家へ、公家から武士へと広まっていき、以前、「戦国時代の食べ物事情」(2月13日参照>>)で書かせていただいたように、合戦時の非常食としても重宝されるようになるのですが、一般庶民の口に入るようになるのは、やはり江戸時代頃からです。

それでも、種類の多さは、大昔のまんま・・・各地方・各家庭によって違うのは当たり前の事でした。

第二次世界大戦以前の日本では、お味噌は、買う物ではなく自宅で造る物・・・それが当然であり、それぞれの家庭の味を自慢する物でもありました。

・・・で、なんやかんやと、ちょっとした自慢話をする時に「手前みそですが・・・」という言葉で切り出すんですね。

この時の「手前」というのは、「自分の」あるいは「ウチの」という意味です。

ところで、九州は熊本県に、「味噌天神」なる神社があるそうです。

その由来は、天平十五年(743年)、聖武天皇から各地に国分寺建設のお達し(10月15日参照>>)があった時、この肥後の国にも国分寺が建設される事になるのですが、それが今村(現在の熊本市出水町)という場所。

・・・で、この味噌天神の建っている場所は、その国分寺の味噌倉があった場所で、当時は味噌の鎮守として祀られていたそうです。

そんな国分寺の味噌倉には、寺に属する多くの僧が食するため、たくさんのお味噌が保管されていたのですが、ある日、倉の中のお味噌全部が酸味をおびて食べられなくなってしまったのです。

その時、この社に祈願したところ「境内にある笹の葉を味噌に突き刺しなさい」という神のお告げがあり、言われるがままその通りにしたところ、お味噌の酸味が消え、食べられるようになったのだとか・・・。

それ以来、お味噌の守護神として祀られるようになったのだそうです。

この神社、明治「神仏分離令」によって、正式名称は「大江村本村神社」と言うそうですが、今でも味噌醸造業者や販売業者の厚い信仰を受け、通称の「味噌天神」で呼ばれています。
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