« 岩村城攻防戦~おつやの方の女の決断 | トップページ | 加藤清正らが石田三成を襲撃~家康・天下へのシナリオ »

2008年3月 3日 (月)

意外に新しい?雛祭りの起源と歴史

 

今日は3月3日・・・ひなまつりです。

定番ではありますが『雛祭りの起源』なんぞ書かせていただきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

雛祭りには、「上巳(じょうし)の節句」「桃の節句」「重三(ちょうざん)」「元巳(げんし)などという別名がありますが、これらは、はじめ、3月の最初の巳の日の事を、節目の日として、こう呼んでいましたが、いつしか3月3日の事を言うようになりました。

中国では、この日に水辺で禊(みそぎ)をして、身を清めて邪気を祓う「上巳」という習慣がありました。

一方の日本では、1月・3月・5月・9月などの節目の日に、人の形をした紙で身体を撫でて、邪気をその紙に移した後、川や海に流すという習慣がありましたが、中国での「上巳」の事が伝わったのと、3月のはじめという季節が、農作業開始の直前という農耕民族にとって重要な節目であった事から、いつしか、この行事が3月にのみ行われるようになっていったのです。

その日は、女性や子供たちが野山に出て、花見などを行って邪気を祓う「タマフリ」(1月31日参照>>)という儀式も行われていましたが、あくまでこの行事に使用する人形は『呪具』・・・けがれを祓うための呪術的な人形でした。

そして、その行事とは、まったく別のところで、平安時代に貴族階級の女性の間で『ひいな』という人形を使って人形遊びをするのが流行していて、人形やお道具なんかもすでに存在していました。

室町時代には、公家の間で、この雛人形や道具を若い女性に贈るという習慣がありましたが、それは、その3月3日の行事とは関係の無い物だったのです。

その雛遊びに使用する人形が、3月3日に飾られはじめるのは、江戸時代に入ってからです。

はじめは、紙でできた人形を、屏風の前に2~3対並べ、それにお餅やお酒をお供えするだけの簡素な物でしたが、それが、江戸中期に入って、武家や裕福な町人たちの間に広まるとともに、人形制作の技術が飛躍的に発達し、人形飾りはどんどんと豪華な物になっていき、やがて、皆さんが目にするような公家装束の雛人形が登場し、美術品としての価値も高まります。

以前、『針供養の起源』(2月8日参照>>)で書かせていただいた淡島願人(あわしまがんじん)というお坊さんたちの祭文(歌の形をした語り物)にも、雛祭りの話が出てきましたが、これも江戸時代のお話です。

江戸後期になると、内裏雛に加えて、三人官女や五人囃子といった主要メンバーが加わりはじめ、それとともに段数も増えていく事になりますが、この頃になって、やっと女の子の初節句を祝う行事という意味が定着し、セレブの間で盛んに、雛人形が贈答されるようになるのです。

このような「3月3日に雛人形を飾って女の子の成長を願う行事」としての雛祭りが、一般庶民の間にも定着するのは、明治に入ってからの事・・・以前、書かせていただいた『七五三』(11月15日参照>>)同様、以外に新しい行事だったんですね。
(古代からの行事のような印象があったので…)

そんなおひなさまの、並び順ですが・・・
最初は、向かって右に男雛(おとこびな)が飾られていました。

それは、日本に古くからあった左尊右卑という考えから、宮中での儀式がその並びであったと言われています。(京雛は今もそのままです)

それが、現在のように、男雛が向かって左になるのは、武士の結婚式の並び方だったから・・・という説もありますが、ホントのところは昭和天皇が皇后陛下と並ばれる時に、西洋式を取り入れて、向かって左にお立ちになった事で、東京の人形協会が男雛を向かって左に定めた事をきっかけに定着したのだとか・・・。
{めっちゃ最近やん!)

Dscn0624

ちなみに、雛祭りを桃の節句と呼ぶのは、桃の季節だからではなく古事記イザナギノミコトのピンチを救った事から、桃には邪気を祓う力があるとされていた事によるものだそうですよ。

わが家は、今年も飾るの遅れたよ~
でも、最近は「結婚=幸せ」とは限らないから・・・まぁ、いいか。
 

「なるほど」と思っていただけましたら
右サイドバーsoonにあります【拍手!!】を・・・
ブログ内の人気ページとしてランキングされます(゚ー゚)あなたの応援で元気100倍!

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

 

 


|

« 岩村城攻防戦~おつやの方の女の決断 | トップページ | 加藤清正らが石田三成を襲撃~家康・天下へのシナリオ »

由来・起源・雑学・豆知識」カテゴリの記事

コメント

いろいろな雛祭りがありますね。

私のブログにも小倉百人一首美人シリーズを更新してるのだ。紫式部に小野小町に赤染衛門など登場。まるで雛祭りみたいだ。

投稿: sisi | 2008年3月 3日 (月) 16時49分

sisi様、いつも、コメントありがとうございます。

紫式部も清少納言も豊満でにこやかで・・・いいですね!

投稿: 茶々 | 2008年3月 4日 (火) 00時51分

うちは「京都式」で飾っています。東京式の並べ方は、西洋の教会の結婚式の影響を受けたのだと、どこかで聞いたけれど、昭和天皇のほうが「お雛さまらしい」ですねえ。

投稿: 乱読おばさん | 2008年3月 4日 (火) 12時36分

乱読おばさん様、こんにちは~

私も、「武士の結婚式で、向かって左に男性が座るので」なんて聞いた事があったのですが、東京の人形協会ってあたりがソレっぽい気がしました。

バレンタインデーのチョコしかり、土用のウナギしかり、そーゆーところで広まる可能性大ですもんね。

投稿: 茶々 | 2008年3月 4日 (火) 16時38分

すごく気が引けるのですが…

★カテゴリから探す → 年中行事&習慣・言い伝え
→ ●雛祭り 【… 暇 祭りの…】
(http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2009/02/post-65fd.html)

投稿: 夏原の爺 | 2012年12月23日 (日) 15時39分

夏原の爺さん、こんばんは~

いえいえ、いつもありがとうございます。

投稿: 茶々 | 2012年12月23日 (日) 17時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47570/10891793

この記事へのトラックバック一覧です: 意外に新しい?雛祭りの起源と歴史:

« 岩村城攻防戦~おつやの方の女の決断 | トップページ | 加藤清正らが石田三成を襲撃~家康・天下へのシナリオ »