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2008年3月17日 (月)

森長可の屈辱~小牧長久手の戦いの中盤・羽黒の戦い

 

天正十二年(1584年)3月17日、織田信雄徳川家康連合軍VS羽柴(豊臣)秀吉で行われた小牧・長久手の戦いの一連の合戦の中で、『羽黒の戦い(八幡林の戦い』が繰り広げられました。

・・・・・・・・・・・

天正十二年3月13日、羽柴秀吉の命を受けた岐阜城主・池田恒興犬山城・攻略で幕を開けた小牧・長久手の戦い(3月13日参照>>)

居城・清洲城のすぐそばまで迫られた織田信雄(のぶお・のぶかつ=信長の次男)は、早速、連合を組んでいる徳川家康と軍儀を開き、家康は2日後の3月15日に小牧山城に布陣します。

しかし、家康が陣を敷いたこの小牧城山は、信雄を落すにはもってこいの場所・・・秀吉傘下の森長可(ながよし・森蘭丸の兄で池田恒興の娘婿)も、その場所を狙っていました。

3月16日、小牧山城を落すべく、犬山城西方に当たる羽黒に陣を敷いた長可でしたが、その動きは、家康もお見通し。

天正十二年(1584年)3月17日、まだ、夜も明けぬ頃・・・家康は、酒井忠次ら5000の兵を、羽黒へ進ませ、密かに長可らを囲みます。

そして、夜明けを合図に、周囲の森林へ放火をすると同時に、一斉に攻撃を仕掛けました。

不意の襲撃に慌てふためく長可の軍勢・・・しかし、何とか態勢を立て直して反撃に出ようとした矢先、その軍の移動を敗走と勘違いする者が続出!

われ先にと戦場を逃げ出す者たちに、必死に声をかけ、自ら槍を振るって踏ん張る長可でしたが、軍の混乱には、歯止めがかからず、諸兵の戦場離脱も後を絶ちませんでした。

そうこうするうちに四方を囲まれ、もはや逃げ場も失ってしまいます。

万事休す!
「ここで、命尽きたか・・・」と、思った瞬間、重臣・野呂助左衛門(のろすけざえもん)が長可に近づき・・

「ここは、私が何とかします・・・どうぞお逃げ下さい」
と、言うと、助左衛門は、自分が大将だと言わんばかりに、これ見よがしに戦場を駆け抜け、長可の身代わりとなって討ち果てました

そのドサクサに紛れて、何とか戦場を離脱する事に成功した長可・・・しかし、この屈辱は、彼の心に大きな傷となって残ります。

一方、この羽黒での有様を、秀吉が聞いたのは大坂でした。

本来なら、秀吉自ら、もっと早くに出陣するつもりでいましたが、先日の犬山城攻略のところで書かせていただいたように、家康が、「ともに戦おう!」と声を掛けた紀州雑賀(さいが・さいか)根来(ねごろ)らの、ゲリラ戦法による度々のテロ行為によって、未だ大坂を離れる事ができずにいたのです(3月22日参照>>)

しかし、この敗戦は、そうも言っていられません。

秀吉は、直ちに兵を率いて尾張に向けて出発し、羽黒よりもさらに小牧寄りの楽田(がくでん)に陣を構えます。

この時点では、羽柴方が数万、徳川・織田方が1万5千・・・数だけで言えば羽柴方の勝ちですが、そう簡単には行きません。

実は、あの羽黒での戦いから、秀吉到着のわずかの間に、家康は、小牧城山の守りを固めるべく、その周囲に砦や土塁を築いていました。

それは、もちろん羽柴方の諸兵も同じ・・・双方ともに、強固な守りを造ったものの、そのために、おいそれと手出しができない状態となり、大軍を率いて参上したわりにはにらみ合いが続きます。

お互いに約2kmという近い場所に陣を構えていましたが、この間、最前線で大声を張りあげての悪口の言い合い(←この状況でこんなん効き目があるんかいな?)や、ちょっとした小競り合いに終始し、主力同士のぶつかり合いには至りませんでした(3月28日参照>>)

そして、月が4月に変わろうとする頃、シビレを切らしたのは、あの長可です。

彼の心に深く刻まれた敗北の屈辱が、「名誉を回復したい!」とばかりに、家康の本拠地・三河への奇襲作戦へと駆り立てるのです

それが、この一連の戦いの後半戦の開始となる長久手の戦いです。

長可は、運命に糸に引かれるがごとく、その合戦へと突入していくのですが、そのお話は、昨年の4月9日【天下は何処・長久手の戦い】ノペーでどうぞ>>
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