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2008年4月 2日 (水)

京都・八幡の背割堤の桜と木津川流れ橋

 

今日は、昨日行って参りました史跡巡りのお話をさせていただきます。

場所は、石清水八幡宮で有名な八幡(やわた)なのですが、石清水八幡宮は何度も行ってますので、今回は、木津川を挟んで向かい側の背割堤の桜と、時代劇のロケ地として有名な流れ橋を見てきました。

・・・と、その前に、やっぱり桜もたくさんあるし有名なだけに「行きたい」というかたも多数おられると思いますので、石清水八幡宮への行き方を少しだけ・・・

石清水八幡宮へは、京阪電車の八幡市駅から・・・
一番楽な方法は、往復ケーブルカーで・・・これなら駅直結ですから、ほとんど歩かずにお参りできます。

他に一の鳥居からお参りして、男山の東側を登る表参道裏参道の正統派お参りコースが2つ。

さらに、男山の南側を登るひだまりルートと、石清水の語源ともなった湧き水からの流れに沿って登るせせらぎルートと、男山の最高峰・鳩ヶ峰の山頂を経由して八幡宮まで行くこもれびルートの3つのハイキングコースがあります。

もともと標高142mの山ですから、一番長いこもれびルートでも、2時間たらずで目的の八幡宮に到着しますので、どのルートも、お子様でも登れる楽しいハイキングになる事でしょう。

一の鳥居の前に、すべてのコースが描かれた看板がありますので、そこで確認してからルートを決められるのも良いでしょう。

※もっと詳しくは、本家HPの【石清水八幡宮と男山散策】で紹介してしますのでコチラからどうぞ>>

・・・・・・・・・・・・・・

Yawatatizucc ・・・で、昨日の背割堤ですが・・・
こちらは、八幡市駅を出てから、八幡宮とは逆方向。

京阪電車の踏み切りを渡ってまっすぐ7~8分歩けば、木津川にかかる御幸橋に到着・・・この橋を渡ったところが背割堤です。

長さ1.4kmの堤に250本のソメイヨシノと50本のハナミズキがあり、今や京都・有数のお花見場所となっています。

Yawatasakurapcc

木津川の堤防の背を割る形で、宇治川の流路が付け加えられてできたので、背割堤と呼ばれます。

Yawatasakura2cc

この堤一帯に桜が植えられていて、まことに見事!
昨日は、まだ、少し早かったのですが、中には満開を迎えている木も何本かあって、充分美しい・・・。

Yawatasakura3cc 手前のハナミズキも満開!

おそらく、この先一週間ほどは、さらに見事になる事でしょうね。

堤と川の間だけでななく、堤の上にも散歩道があって、こちらはまさに、桜のトンネルとなります。

Yawatasakura4cc

橋のたもとの背割入り口から、桜の先端まで、だいたい徒歩20分くらい・・・20分間に渡って桜を愛でる事ができるのですから、これはもう、息を呑む美しさです。

もちろん、この背割堤の桜を楽しんでから石清水八幡宮の見物へ行っても、また、桜を楽しめます。

一の鳥居のそばにあるさざなみ公園の桜も美しいです。
もともと、石清水八幡宮を含む男山は、平安の昔からの桜の名所ですから・・・。

そして、桜を堪能した後に、流れ橋へ向かいました。

ブログに描いた地図では、便宜上、近くにあるように描いてしまいましたが、けっこう距離があります。

駅前からのバスで、約20分くらいかかりますから・・・

八幡市駅前には、無料(保証金1000円・自転車返却時に返金)のレンタサイクルがあり、木津川の堤には、快適なサイクリングロードがありますので、天気の良い日には、自転車のほうが良いかも知れません。

とりあえず、私はバスで・・・浜上津屋・バス停で降りて、川に向かって歩く事2~3分。
あの時代劇でよく見るロケーションが展開されます。

Nagarebasicc

流れ橋は、日本最長級の木造橋で、本当の名前は上津屋橋と言いますが、この橋は洪水で川の水かさが増えた時、橋をわたる板の部分が浮き上がり、川の流れとともに流れてしまうので、通称・流れ橋と呼ばれます。

Nagarebasiupcc 板はワイヤーロープでつながれていますので、そのまま流される事なく、水が退いた後に、元の位置に戻せるようになっていて、記録では50年間に14~15回流されているそうです。

このあたりは、江戸や明治の時代には、木津川を挟んだ両岸が上津屋村と呼ばれ、住民同士の交流も盛んな上、石清水八幡宮への参拝客も多かったのですが、長い間、渡し舟が利用されていました。

しかし、やはりそれでは不便・・・という事で、橋が架けられる事になりますが、限られた予算で、洪水の時に流れを阻害しない構造という観点から、昭和二十八年(1953年)3月に現在の場所に完成しました。

城陽市八幡市を結ぶ自転車・歩行者専用道路として、現在も活躍中の流れ橋ですが、古い時代を感じさせる橋の造りと、その橋と見事に調和する美しい河岸の風景から、時代劇のロケでたびたび使用されています。

仕事人が、この橋の下で、仕事を依頼されてた事もありました。

Nagarebasi2cc

それにしても、欄干の無い橋・・・しかも、この日はものすごい風・・・
さすがに、まん中あたりでは、ちょっと、ドキドキ・・・

しかし、ここをバイクや自転車で颯爽と行くツワモノも・・・

流れにさからって踏ん張るのではなく、最初から流される事を考えて、流されたらその都度また造りなおす・・・なんだか、自分もそうありたいと願う一日でありました。
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コメント

八幡には学生時代に二年間も住んでたけど、流れ橋が八幡に在ったとは知りませんでした。八幡さんの裏参道はよく上りました。学生寮が八幡さんの境内にあり学校が京都市内に在って、午前中は八幡さんで神務実習、午後は京都市内の学校で授業を受けてました。学校終って、京阪に乗って寮に帰る訳ですが、授業終わりの終礼で教務主任の先生の話が長引くと最終ケーブルに間に合わなくなって、よく裏参道もしくは表参道を歩いて上がったモンです春先から夏場は日が長いから良いんですが、秋から冬にかけては日暮れが早く、山の中を歩くのは男性でも恐かったです。今日は…何だか、とても懐かしい気持ちでブログを読ませて頂きました。感想が真夜中になり申し訳有りません。

投稿: マー君 | 2008年4月 3日 (木) 02時35分

マー君さん、おはようございます。

>学生時代に二年間も住んでた・・・

そうだったんですか?

私も八幡宮へ行く時は、ほとんど歩いて登るので、よく覚えていませんが、確かケーブルの最終は4時半が5時前くらいだったような気がします。

年に何度かはライトアップのイベントもあって、ケーブルの最終も延長されるようですが、さすがに夜の参道は怖いでしょうね。

ブログに書いた事で「懐かしい」と思っていただけて光栄です。

投稿: 茶々 | 2008年4月 3日 (木) 09時14分

男山に二年、その後対岸の山崎に越して20年近く住む。岩清水八幡宮、背割り公園、流れ川、どれも馴染みの場所です、良いところですね!

茶々さんが幾度も触れておられるように、京都と大坂を結ぶ経路で最も狭小な場所ですよね!

今度、三川合流拠点施設なるものが建設省が計画しているニュースを聞いて少し心配していたのですが。検索してみると景観には配慮している様子なので一安心かな?

今日からアキレス腱断絶で入院したので、たっぷり「今日サー」しています(^^)

投稿: ひろし | 2016年11月28日 (月) 20時18分

ひろしさん、こんばんは~

おっしゃる通り、
古くは磐井の乱から、鳥羽伏見の戦いまで…
何度も戦場になりましたね。

お大事になさってくださいませm(_ _)m

投稿: 茶々 | 2016年11月29日 (火) 03時01分

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