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2008年5月24日 (土)

木簡に万葉歌!「紫香楽宮=しがらきのみや」って?

 

昨日、平成九年(1997年)に、滋賀県紫香楽宮(しがらきのみや)跡から出土した木簡に、万葉集の収められている一首が書かれてあったというニュースが新聞紙上を賑わしました。

4500首以上の歌が収録されている『万葉集』ですが、その中の歌が木簡に書かれている状態で見つかったのは初めてなのだとか・・・

しかも、それが、万葉集が成立する以前に、書かれた可能性が高いとなると、さらに、ワクワク・・・様々な想像をかき立てられます。

♪安積香山(あさかやま) 影さえ見ゆる 山の井の
  浅き心を 我が思わなくに♪

この歌に登場する安積香山福島県にある山で、その昔、橘諸兄(たちばなのもろえ)(11月11日参照>>)が東北に派遣された際、現地の役人の態度に不満を抱いていたところ、采女(うねめ・身の回りの世話をする女官)がこの歌を詠み、諸兄のご機嫌をとった歌なのだそうです。

さらに、興味深いのは、この歌の裏面に、もう一つの歌が書かれていた事・・・

♪難波津(なにわづ)に 咲くや木の花 冬こもり
  今を春べと 咲くや木の花♪

こちらの歌は、仁徳天皇の統治によっての国の繁栄を願って渡来人の王仁(わに博士が詠んだとされる歌で、7世紀後半以降の遺跡から、すでに30ほど、この歌が書かれた木簡が出土しているそうで、古代から有名だった歌とされています。
王仁博士については、本家HP「京阪奈ぶらる歴史散歩」の大阪歴史散歩・王仁墓から津田城跡で紹介しています>>…別窓で開きます)

このような、歌が書かれた木簡は、儀式や宴会の時に使用されたと考えられているそうですが、実は、この二つの歌・・・『古今和歌集』仮名序(かなじょ・序文)で、「歌の父母のようで、手習いをする人が初めてふれる歌」として紹介されている2首なのです。

『源氏物語』でもて習いの歌として、この2首がセットになって登場します。

この木簡の出土した紫香楽宮の時代を考えると、この2首がセットで扱われはじめたのが、古今和歌集よりも150年も古い計算となります。

「難波津の歌」のほうは古い時代からあったとしても、「安積香山の歌」は、果たして、この紫香楽宮で初めて詠まれ、木簡に記された物なのか?

それとも、すでに、この時に手習いの歌として、子供たちに教えるために木簡に書かれた物なのか?

もちろん、それらの解明は、専門家のかたがたの手にゆだね、楽しみに待つほかはないのですが、それにしても、この木簡が発見された紫香楽宮・・・

歴史に、あまり興味の無いかたから見れば「そんな場所が首都だった事があるの?」とお思いになるでしょうが、それも無理の無いところです。

なんせ、実際に都として機能していたのは、天平十七年(745年)1月1日に新京となってから、半年くらいの短い期間であっただろうと言われている場所・・・

以前書かせていただいた第45代・聖武天皇が、天然痘から逃げまくっていた時に、点々とその居場所を変えた・・・あの都なのです。(12月15日参照>>)

伝染病を抑えたい一心で、各地に国分寺建立の命令を出し、遷都に次ぐ遷都で、次から次へと都を造営・・・。

おそらく、それらの建造物を建てる側の一般庶民たちには、血税を湯水のごとく使われ、働き盛りの男どもは人夫としてかり出され、とてもじゃないが歌を詠む余裕すらなかったと思いますが、そんな時に、宮中では、歌が詠まれていた・・・

これを優雅というか、何というか・・・

少し「おいおい!」と、宮中の皆様に突っ込みを入れたくもなってしまいますが、なんせ、時代が時代・・・病への対処法は祈りしかない頃ですからねぇ・・・。

現代なら、おそらく、こういう場合は、国立の立派な病院を建ててくださり、多くの患者を救ってくださる事でしょうから、今日のところは、しばし、万葉のロマンに思いを馳せる事にいたしましょう。
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