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2008年7月27日 (日)

歴史人物辞典~や行~

 

このページは、当ブログの、その日のページの主役を飾ってくれた人物、あるいは、助演男優賞・女優賞をさしあげたいくらいに、見事に主役を輝かせてくれた皆様を、人物名から、その逸話を見られるようにと作成した『歴史人物辞典』や行です。

*お探しの方の名前が無い場合は、右サイドバーの検索ボックスで検索してみてください・・・意外な所に意外な方が登場しているかも・・・
*左サイドバーに、お楽しみメニューとして表示しておきますので、時々、気になる人をチェックしてみてください。

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★八百屋お七
   ●八百屋お七と丙午

★柳生宗冬
   ●柳生宗冬の総入れ歯

★弥介(信長の黒人従者)
   ●織田信長と黒人さん

★柳沢吉保
   ●柳沢吉保の汚名を晴らしたい!

★柳田國男
   ●ことばの日

★山内一豊
   ●刀禰坂の戦い~生きた山内一豊と死んだ斉藤龍興
   ●土佐・一領具足の抵抗~浦戸一揆
   ●したたかなのは一豊か?

★山岡鉄舟(鉄太郎)
   ●江戸城無血開城

★山県有朋
   ●北越戊辰戦争・朝日山争奪戦~河井継之助の決意
   ●ガトリング砲も空しく~長岡城・陥落
   ●北越戊辰戦争~河井継之助の長岡城奪回作戦
   ●河井継之助・無念~長岡二番崩れ

★山川浩(大蔵)
   ●東京での士族の反乱~永岡久茂の思案橋事件

★山国兵部
   ●尊王と敬幕と・・・攘夷の魁・天狗党の模索
   ●総大将・武田耕雲斎~新生・天狗党の誕生
   ●天狗党・起死回生の西上行軍~下仁田戦争
   ●尊王攘夷を掲げて西行の天狗党~和田峠の戦い

★山幸彦(火遠理命)
   ●針供養の起源と針のお話

★山背大兄皇子
   ●聖徳太子の子・山背大兄王を殺したのは誰か?

★山田浅右衛門吉利・吉亮
   ●最後の斬首で役目を終えた山田浅右衛門

★山田有信
   ●島津義久・背水の陣~高城・根白坂の戦い

★山田長政
   ●アユタヤの戦士・山田長政は実在したか?

★ヤマトタケルノミコト
   ●ヤマトタケルは実在したか?
   ●歴史に埋もれた名も無きヤマトタケルたち

★山中鹿之助(幸盛)
   ●一騎討ち~第二次・月山富田城攻防戦
   ●山中鹿之介奮戦!上月城の攻防

★山名宗全(持豊)
   ●応仁の乱のきっかけとなった足利義視
   ●応仁の乱の口火を切る御霊合戦
   ●応仁の乱・勃発

★山名豊国
   ●鳥取城攻防戦~秀吉の兵糧攻め

★山上憶良
   ●奈良の都の住宅事情~貧しい庶民の実態

★山本勘助
   ●軍師のお仕事・出陣の儀式
   ●戸石崩れのはずが山本勘助ヒーロー伝説へ?
   ●川中島の合戦は無かった?

★耶楊子(ヤン・ヨーステン)
   ●三浦按針・漂着す~そしてヨーステンの名は・・・

★湯浅五助
   ●関ヶ原・秘話~ともに命を賭けた戦場の約束

★結城氏朝
   ●鎌倉公方・断絶!永享の乱と結城合戦

★結城(松平)秀康
   ●結城秀康~その運命の分かれ道

★祐清
   ●たまがきの恋物語~手紙に託したその思いは?

★雄略天皇
   ●万葉集1番の雄略天皇のお話

★由比正雪
   ●由比正雪の乱・発覚

★遊佐続光
   ●七尾城・攻防戦~上杉謙信の「九月十三夜」

★楊貴妃
   ●楊貴妃は日本で生きていた?~安禄山の乱

★陽成天皇
   ●関白・藤原基経と怪しすぎる天皇交代劇

★養徳院(信長の乳母・池田恒興&輝政の母)
   ●池田恒興の母に送った豊臣秀吉の手紙

★与謝野鉄幹
   ●ラブソングの帝王・与謝野鉄幹

★吉田兼好
   ●兼好法師の恋愛感って・・

★吉田松陰
   ●熱血先生・吉田松陰~松下村塾の教育方針
   ●吉田松陰~生涯一度の獄中の恋
   ●吉田松陰・死刑!

★吉田忠左衛門
   ●消えた47番目の赤穂浪士~寺坂吉右衛門

★吉田光由
   ●ナユタとフカシギ

★淀(茶々)
   ●大坂夏の陣で自害~淀殿の素顔と生存説

★余豊璋(よほうしょう)
   ●白村江の戦い~その敗戦の原因は?

★吉村寅太郎
   ●討幕の先駆け・天誅組~吉村寅太郎の最期

 

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歴史人物辞典」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~!一昨日は全国的に『幽霊の日』ってことなので、時節柄もしや?と期待しておりましたが・・・(笑)頃は文政8年(1825)7月25日に江戸・中村座に於いて、4世・鶴屋南北作、「東海道四谷怪談」が「仮名手本忠臣蔵外伝」の位置付けで、3世・菊五郎、7世・団十郎、5世・幸四郎等により初演された日だそうです。それは二日間に渡る大興業で、キーマンは忠臣蔵と怪談を結びつける義士・佐藤与茂七で、お岩の妹・お袖の夫が発狂した「お茶の伊右衛門」じゃあなく(笑)お岩の夫・伊右衛門を討った後に吉良邸への討ち入りをもって大団円を迎える事になりまする。エアコンなど無かった江戸の暑い時季に、実話とフィクションを織り交ぜた「冷物・怪談」が大喝采であった事は容易に想像できますね。

投稿: 鳳山 | 2008年7月27日 (日) 15時42分

鳳山さん、こんにちは~

四谷怪談のお話は、昨年の7月26日に、
http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2007/07/post_cd62.html
すでに書かせていただいたので、今年は別の事を書こうかと思っていたんですが、ついつい深夜の、若手お笑い芸人が集まるスナック(27時間テレビですsweat01)に抱腹絶倒していたもんで・・・(#^^#)

投稿: indoor-mama | 2008年7月27日 (日) 17時02分

『えろぅすんませんでしたぁ~!』昨年、書かれてたんすねぇ。小生も「27時間」に付き合ってまして、「かぶりもんとばけもん」繋がりで思い出してカキコしてしまいました。おかげさまで昨年分を読ませて頂きました。

投稿: 鳳山 | 2008年7月27日 (日) 17時46分

お笑いも大好きなもので・・・

つい、テレビを見たり
ブログを書いたり
ラジバンダリscissors

投稿: indoor-mama | 2008年7月27日 (日) 22時08分

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