第三次川中島の合戦~上野原の戦い
弘治三年(1557年)8月29日、甲斐の武田信玄と、越後の上杉謙信による川中島の合戦・・・合計5回の合戦のうちの第三次川中島の合戦=上野原の戦いがありました。
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領地拡大を狙う甲斐(山梨県)の武田信玄が信濃(長野県)へと進攻し、葛尾(かつらお)城を奪われた村上義清が、その奪回をはたすべく越後(新潟県)の上杉謙信(長尾景虎)を頼った事から勃発した信玄VS謙信の一連の戦い・・・(4月22日参照>>)。
弘治元年(1555年)に勃発した第二次川中島の合戦=犀川の戦いでは、まさに犀(さい)川を挟んで3ヶ月に及ぶにらみ合いを続けたにも関わらず決着がつく事はなく、今川義元が間に入って、何とか講和を成立させました(7月19日参照>>)。
しかし、その翌年の信玄と謙信・・・二人の行動はまったく相反するものとなります。
この時、ちょうど起こっていた家中での内紛のドロドロ感に嫌気がさしたのか?謙信は、いきなり「出家する~!」と言って高野山(もしくは比叡山)へ向かい、一方の信玄は、先の合戦での講和を破り、信濃北部への進攻を再開するのです。
さらに、信玄は、謙信の家臣である大熊朝秀(ともひで)と内通・・・朝秀をそそのかして越中(富山県)にて乱を起こさせます。
大熊朝秀の乱というストレートなネーミングのこの乱自体は、すみやかに鎮圧され、失敗に終わりますが、これによって、信玄は、先の合戦での講和を破棄する事を明言し、講和の条件で領地を安堵されていた上杉方の国人衆に寝返りを即す事で、切り崩し作戦を始めたのです。
身内の裏切りと、信玄の宣戦布告に、少なからずショックを受ける上杉方の諸将たち・・・やがて信玄は、弘治三年(1557年)2月15日に、上杉側のものとなっていた葛山(かつらやま)城を奪回します。
すでに、家臣に説得され、高野山から越後に戻っていた正義の人・謙信は、もちろん、この信玄の約束やぶりに激怒です。
すぐにでも兵を招集して出陣しようとしますが、なにぶん時期は2月の真冬・・・雪に閉ざされた越後で、くやしい思いをしながらも、春を待つ事になりますますが、この間にも、信濃の国人たちは次々と武田方へと降っていきます。
やがて、訪れた春・・・4月18日、やっと謙信は春日山城を出陣し、周辺の支城を次々と落しながら、いざ!川中島へ・・・この時の、上杉方の兵力は1万。
対して2万の兵力を持つ信玄は、川中島への誘い出しには乗らず北方へのにらみを効かせるため深志城(ふかしじょう・長野県松本市)へと入城し、準備万端整えます。
かくして弘治三年(1557年)8月29日、善光寺の北方・上野原で両者は激突します。
・・・とは言いますが、実は、この合戦の詳細は、あまりくわしくはわかっていないのです。
実際に、激突した場所が上野原だったのかも、その激突に信玄自身が参加していたのかどうかも、今のところは明白ではありません。
更なる史料の発見に期待したいところですが、とにもかくにも、この日の合戦は、上杉方がやや有利という程度の引き分けに終わります。
またも、双方に大打撃を受ける事も与える事もなく、戦いはこう着状態に・・・。
しかし、この合戦・・・謙信にとっては、そう長くは続けていられません。
実は、謙信は、このところ三好長慶(ながよし)と松永久秀によって、ヤバイ状況に追い込まれている室町幕府第13代将軍・足利義輝に、すでに春の開戦前の段階から、休戦要請を受け、一刻も早く上洛するようにせがまれていたのです。
結局、謙信は、コレという成果も無いまま、9月に兵を撤退させ、翌・10月には、信玄も兵を退いたのでした。
こうして、第三次川中島の合戦=上野原の戦いは終わりを告げ、翌年4月に謙信は上洛し(4月27日参照>>)、将軍からの「北信濃・争乱の平定の御内書」なる物を与えられ、信玄を討つ大義名分を得る事に・・・
一方の信玄は、最前線の地に、新たな海津城(長野県長野市)を構築・・・
そう、このままで終るワケがありません。
いえ、むしろ、信玄VS謙信の最大の戦い・・・一般的に川中島の合戦と言えば、この戦いを指す運命の合戦・第四次川中島の合戦=八幡原の戦いへと向かう事になります。
第四次川中島の合戦については9月10日のページへ>>
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