身内思いの反乱者~藤原広嗣の乱
天平十二年(740年)9月3日、大宰府に左遷された藤原広嗣が、玄昉と吉備真備の排除を願って挙兵・・・藤原広嗣の乱が勃発しました。
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藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)は、奈良時代に勢力を誇っていた藤原四兄弟の一人・藤原宇合(うまかい)の長男という実にエリート極まりない家柄の坊ちゃんです。
ご存知のように、奈良時代~平安時代に、圧倒的な勢力を誇って頂点に君臨する藤原氏・・・その土台を築いたのが、大化の改新で有名な初代・藤原鎌足(かまたり)の息子の藤原不比等(ふひと)。
その不比等の4人の息子が、藤原武智麻呂(むちまろ・南家)・藤原房前(ふささき・北家)・藤原麻呂(まろ・京家)・・・そして、広嗣の父である宇合(式家)の四兄弟で、この先、この南家・北家・京家・式家で藤原四卿と呼ばれ、平安時代の藤原道長へと続く、藤原氏全盛の時代を築き上げるわけですが、まずは、彼らの姉の宮子を第42代・文武天皇に送り込んで、宮子が皇子を出産。
その皇子が第45代・聖武天皇となり、その聖武天皇の皇后に、彼らの妹・光明子を送り込んで、政治の実権を掌握し、さらに、皇室政治の生き残り・長屋王を抹殺(2月12日参照>>)し、藤原一族の地位を不動の物とするのですが、悲しいかな天平九年(737年)、彼ら四兄弟は次々と亡くなってしまいます。
そう、聖武天皇が恐れに恐れ、次から次へと遷都を繰り返し(5月24日参照>>)、最終的に大仏建立にまで至るあの天然痘の大流行(10月15日参照>>)です。
主軸たる四兄弟を失った藤原氏・・・その隙間に入り込んで、頭角を現してきたのが橘諸兄(たちばなのもろえ)です。
諸兄をバックアップするのは、ともに中国から最新の学問を学んで帰ってきたばかりの玄昉(げんぽう)と吉備真備(きびまきび・4月25日参照>>)。
「このままでは、藤原氏の地位が危ない!」
そう思ったのが、本日の主役・藤原広嗣です。
彼は、天平九年(737年)に、一気に3段階昇進して従五位となり、翌年には式部少輔兼大養徳(大和)守という重要な職につくという大出世の真っ只中、まさに上り調子の藤原氏のエリートだったのです・・・なんせ父親は四兄弟の一人ですから・・・。
ところが、ここに来て、藤原氏の将来を思うあまり、
「何やっとんねん!お前ら」
「このままやったら、やられてまうぞ」
「俺らの一族には、ちゃんとしたヤツおらんのか!」
「諸兄にヘラヘラして、どないするんじゃ!」
・・・藤原氏への不満をぶちまけ、悪口を言いまくる毎日を送ります。
広嗣に言わせれば、あくまで、ふがいない藤原一族を叱咤激励するための不平・不満だったのですが、この悪口があまりにヒドイという事で、彼は、九州の大宰府に左遷されてしまうのです。
左遷されれば、さらに不満がつのるのは、当たり前の事・・・かくして、天平十二年(740年)9月3日、弟の藤原綱手(つなて)とともに、1万余の兵を率いて、反乱を起こしたのです。
藤原広嗣の乱の勃発です。
その旗印は・・・
「時の政治を正し、天地の災を陳情」
「朝廷の乱人・二人(玄昉&吉備真備)の排除」
の二つ・・・。
そうです。
広嗣の反乱は、あくまで藤原氏のためであって、VS藤原氏ではないのです。
倒したいのは、諸兄一派・・・ところがどっこい、もう怖くてたまらない聖武天皇にとっては、乱は天然痘と同じ恐怖の対象ですから、すぐさま、大野東人(おおののあずまびと)を大将軍とする1万7千の鎮圧軍を派遣。
広嗣と綱手は、長門(山口県)から渡海する大野軍を筑後と豊前(福岡県)で迎え撃つ作戦に出ますが、大野軍は「広嗣は天下の逆賊・・・すぐに神罰が下るであろう」と、自軍が官軍である事を猛アピールします。
さらに・・・
「そんなヤツに味方してるお前らにも天罰が下るゾ!」
と、まくし立てながらの進軍。
この時代は、聖武天皇がメチャメチャ怖がったように、神罰・天罰なんて事が100%信じられていた時代ですから、そのアピールを聞いて、広嗣軍から官軍に寝返る者が続出・・・。
結局、10月23日に広嗣・綱手兄弟は捕らえられ、11月1日、備前・唐津(佐賀県唐津市)にて、東人の手で処刑され、乱は2ヶ月足らずで終結しました。
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今日のページの最後に広嗣さん、一言お願いします。
「何やっとんねん!お前ら」
やっぱり・・・そりゃ、言いたくもなりますわな。
藤原氏の事を思って頑張ったんですから・・・。
しかし、広嗣さん、ご安心を・・・
あなたの式家は脱落してしまいますが、北家はまだまだ続き、藤原氏は天下に君臨し続けるのですから・・・。
せっかくの思いが水の泡に・・・なんだかお気の毒です。
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コメント
このサイト初めて見たけど、すごく勉強になります。
投稿: T・T | 2008年9月 3日 (水) 17時27分
T・Tさん、はじめまして・・・
そう言っていただけるとうれしいです。
また、お暇な時に、覗きにきてくださいね。
投稿: indoor-mama | 2008年9月 3日 (水) 21時49分