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2008年12月15日 (月)

晩年の篤姫~ドラマでは語られなかった温泉旅行

 

終っちゃいましたねぇ・・・大河ドラマ・篤姫・・・。

全体的にに見て、やっぱりドラマとして面白かったですよね。

だからこそ、1年の長きに渡って高視聴率もキープできたんでしょう・・・おかげで、このブログも、篤姫に関連するキーワードでたくさんの新規訪問者さまに来ていたたき、ありがた限りであります。

ところで、来る3月15日に江戸城総攻撃となる予定だった慶応四年(1868年)3月9日・・・その総攻撃を回避すべく、勝海舟の命を受けた山岡鉄舟(てっしゅう・鉄太郎)が、西郷隆盛に会ったお話は、以前、書かせていただきました(4月11日参照>>)

実は、山岡が、その命令を携えて江戸を出た3月6日の日に、勝はもう一人にも、西郷への伝言を託しています。

それは、京都松平慶永(よしなが)の家老・本多修理(しゅり)という人になのですが、この人は、松平さんの使いとして江戸に来た人で、これから帰るところ・・・つまり、これから行く先の街道筋に官軍がいるわけで、「もし西郷に会う事ができたなら伝えてくれ」という口伝えの・・・まさに伝言です。

その内容は・・・
「御カサント御祖母様(おばばさま)ノコトハ安房ガ守ルと云(いう)テクダサレ」
というもの・・・

「御カサン」とは、現将軍・15代徳川慶喜の義母となる・・・つまり先代の14代徳川家茂の奥さんの和宮さんの事で、「御祖母様」は、その先代の・・・つまり篤姫の事。

安房は安房守で・・・つまり勝海舟=自分の事です・・・この時、勝は46歳、篤姫は34歳で和宮は23歳・・・とても、義母&御祖母様ではない年齢ですが、家系図としては、そういう関係になるのです。

翌・7日に江戸を発った本多は、10日の夜明けに駿府に着いたものの、結局、西郷に会う事はできず、この伝言が伝わる事は無かったのですが・・・。

幕府のエラいさんのワリには、破天荒で軽いイメージのある勝さんですが、さすがは幕府要人・・・この約束は、たとえ口約束でも、相手に伝わらなくても、しっかりと守ってくれたようで、昨日の大河ドラマでも、明治になってからの、勝さんと篤姫のエピソードが描かれていましたね。

あの篤姫と和宮が、お互いに「私が・・・」「私が・・・」と、ご飯をよそう役を奪い合い、それならば・・・と、しゃもじを二つ持って来させて、篤姫のご飯を和宮が、和宮のご飯を篤姫がよそうようにしたというお話も、『海舟座談』に事実として残っているエピソードです。

江戸の町のあちこちを連れて歩いて見物させたり、新しいハヤリものをプレゼントしたり、勝は何かと篤姫の世話を焼いてくれて、おかげで篤姫は、貧しいながらも、楽しい晩年を送る事ができました。

篤姫は、勝への手紙に・・・
「また、会いたいわぁ」とか「また、連れていってね」
なんて事を書き、手紙の最後には・・・
「赤面、赤面・・・」と・・・

この赤面・・・要は「恥ずかしい」とか「照れる」とかという意味ですが、この二回繰り返す言い方は、単にその意味だけではなく、かなり親しい人への表現なのだとか・・・

今で言えば、メールの最後に、こんな→(*≧m≦*)顔文字やハートマークをつけるようのもの・・・。

よく行動をともにした勝の愛人も・・・
「二人は、二人っきりで屋形船で過ごし、帰りが夜中の2時・3時になる事がしょっちゅうあった」
と、半ばやきもちにも聞こえる証言をしていた事から、勝と篤姫は、恋人関係にあったんじゃないか?と噂されるくらいです。

篤姫が、自ら縫ったお手製の羽織を、勝にプレゼントした事もあるのだとか・・・

ただ、私としては、ドロドロした不倫というよりは、純粋無垢のまま大奥で暮らしていた篤姫に、勝さんが幕府の責任&男の責任で付き合ってあげていたように思いたいです。

ところで、一つ・・・昨日の大河の最終回では、語られなかったエピソードがあるので、最後にそれをご紹介します。

上記のように、分家とは言え、薩摩のお姫様として育ち、その後は大奥という隔離された生活をして純心無垢なままで生きてきた篤姫が、晩年、一生に一度の温泉旅行をしています。

明治十三年(1880年)と言いますから、篤姫46歳の頃、9月23日10月31日・・・篤姫直筆の日程表というのが残っています。

開通間もない鉄道で横浜まで移動し、人力車で江ノ島小田原を巡り、熱海で1ヶ月ほど滞在した後、最後に箱根宮ノ下に2泊しています。

この長期の旅行に対して、ドラマでもすっかり頼りきっていた姑・本寿院さんの・・・
「アンタがいないと心細いから、早く帰ってきてよ・・・畑で採れた長なすを、アンタの大好きな漬物にして食べさせてあげるからさぁ」
なんて、ほほえましい手紙も現存しています。

篤姫が、一生に一度きりの旅行の・・・
その最後の宿泊場所に選んだ、ここ箱根は、そう、その三年前の明治十年(1877年)の同じ季節、あの和宮さんが最期を迎えた場所です(9月2日参照>>)

おそらく彼女は、自分と同じ境遇で、同じ思いを抱いて生きてきた和宮に、人生でただ一度だけ、心をさらけ出して語り明かしてみたかったのでしょう。

和宮終焉の地となった塔ノ沢・・・流れる川を、静かに見つめながら、篤姫は歌を詠み、和宮に語りかけます。

♪君が齢 とどめかねたる 早川の
 水の流れも うらめしきかな ♪

「あなたの死を止められなかった川の流れを恨みます」

その3年後の明治十六年(1883年)9月20日、東京・千駄ヶ谷の徳川邸・・・すべての役目を終えたかのように篤姫は49歳の生涯を閉じたのです。
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明治・大正・昭和」カテゴリの記事

コメント

2000年以降の大河ドラマの傾向として女性が主役の大河の方が高視聴率なんだそうです。厳密には女性主役ではなかったが…00年の「利家とまつ」。06年の「功名が辻」。そして今年の「篤姫」。戦後の日本は女性が強くなったと言われますが、自己主張とか自己顕示は強くなったかも知れませんが自分の天命を悟り社会の中で忍耐強く天命を果たす使命感の強さは無くなったような気がしてます。それは男性が頼りなくなったから女性が前に出なくちゃならなくなったからだって、お叱りを受けるかも知れませんが、まつ・千代・篤姫の生きざまを見てて、現代女性のワガママさには辟易してしまいます。

投稿: マー君 | 2008年12月15日 (月) 10時32分

いやぁ終わっちゃいましたねぇ篤姫。
次の直江山城がどんなんか楽しみですぇ。

投稿: | 2008年12月15日 (月) 14時48分

■NHK「篤姫」視聴率、自己最高の29・2%-なぜ高視聴率なのか?
こんにちは。私も、少し前ですが、篤姫人気について、ブログに掲載しました。篤姫、幕末ものはヒットしないというジンクスを破って高視聴率を獲得しました。とうとう、30%台は突破はできなかったものの、最近の他のものと比較する突出していると思います。私は、この高視聴率の背後には、多くの人たちの改革への期待があるのではないかと思います。現状の社会の閉塞感を打ち破る明治維新のような大改革を無意識のうちに求めているのではないかと思います。そうして、私は本当に閉塞感を打ち破る方法はあると思います。それは、明治時代の先達が西欧から本格的に導入することをしわすれた西洋型近代NPOを導入することだと思います。良い悪いは別にして、まずこれをして基盤を形成しない限りは、今の日本の閉塞感に満ちた状況はなかなか打ち破ることはできないと思います。その意味で、近代的政府組織、近代的民間営利企業を導入した明治時代は非常に参考になると思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。

投稿: yutakarlson | 2008年12月15日 (月) 16時14分

マー君さん、こんばんは~

まだまだ忍耐強い女性はたくさんいると期待したいですが、何となく母性というものが、最近は薄くなってきたような気がします。

「母は強し」ですから、やっぱ母性は大事です。

投稿: 茶々 | 2008年12月15日 (月) 22時44分

楽しみですね~
愛の兜のインパクトに負けないないようツマブキくんには頑張っていただきたいです。

投稿: 茶々 | 2008年12月15日 (月) 22時46分

yutakarlsonさん、こんばんは~

政治の事はよくわかりませんが、現在のこの不況さけは、早く脱していただきたいと思います・・・

投稿: 茶々 | 2008年12月15日 (月) 22時47分

この番組では晩酌をする場面があまりありませんでしたね。最近問題の「女性のアルコール依存症」の増加に配慮したんでしょうか?
「旅行」と言えば、坂本龍馬の新婚旅行。
龍馬伝では「日本人夫婦最初」と言うのでしょうか?最近では異説もあるので。

「篤姫」の視聴率を超える作品が出るのはいつか?来年できれば「女性主人公神話」を裏づけか。

投稿: えびすこ | 2010年6月23日 (水) 11時34分

えびすこさん、こんにちは~

日本初の新婚旅行…言うんでしょうか?
今では、もうほとんど言われなくなってますもんね~

それより、逆鉾についた鬼を見て、あのツンデレお龍さんが、どういう感じで「大いに笑う」のかのほうが楽しみです。

投稿: 茶々 | 2010年6月23日 (水) 13時35分

今後の大河ドラマで、「篤姫」を超えるの至難の業でしょうね。21世紀の大河ヒロインはまつ、千代、篤姫、江さんと来て、再来年は新島八重さん。どういう女性が男女ともに視聴者の共感を得られるかは難しい問題ですね。マー君さんご指摘のジンクスは今年は外れそうです。「原作者の人柄」まであんなに叩かれたのは今年が初めてかな?

22年前の大河ドラマ同様、江さんは春日局にどうも勝てないようです。春日局の方がイメージでは良い印象(強い女性。古い表現では「鉄の女」)かな?
江さんはマイナスイメージ(恐妻、猛母、気位が高い教育ママなど)が先行しているせいか、男性には不評ではないかと思います。主役の上野さんは「のだめ」のイメージがマイナスに先行したためか、大河視聴者の評価が低いようです。「2つのイメージ」を解消しきれないと言うのが今年の敗因かな?

投稿: えびすこ | 2011年7月23日 (土) 08時22分

えびすこさん、こんにちは~

やはり主役なんですから、マイナスな部分は描かないでしょうね。

恐妻、猛母、気位が高い教育ママも、物は描きようで、戦国ならではの良妻賢母に気品を兼ね備えたシンの強い女性と描く事も可能なはず…

そーゆー意味でも、以前からの江さんのイメージを払拭してくれるドラマになるだおうと期待していたんですが…

投稿: 茶々 | 2011年7月23日 (土) 11時53分

先月上野ミュージアムウィーク企画で、
寛永寺特別参拝することが出来ました。
参加費無料です。普段は下記から申し込みます。
篤姫さんのお墓にお参りしました。
今も篤姫さんは、人気ありますね。
案内役の寛永寺・子院の住職さんも、家定公のこと「篤姫さんのだんなさん」と言っていて
えっーと驚きましたね。一番影薄い将軍といわれていますが、ドラマでは重要な存在だと思いますが。篤姫のお墓(宝塔)も家定公と同じように立派で
見劣りしないです。

http://kaneiji.jp/worship/

投稿: やぶひび | 2014年6月16日 (月) 16時21分

やぶひびさん、こんにちは~

そうですね。
あの大河は良かったと思います。
今も人気なんですね。

投稿: 茶々 | 2014年6月16日 (月) 16時25分

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