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2009年2月18日 (水)

学問の神様・菅原道真の学力は?

 

文亀三年(1503年)2月18日、絵師・土佐光信によって三年の歳月をかけて描かれた『北野天神縁起絵巻』が完成しました。

・・・・・・・・・・・・

・・・て事で、今日はその関連から、北野天満宮の祭神である天神様=菅原道真公について、またまた書かせていただきます。

またまた・・・という事は、道真さんには、すでに、このブログで何度かご登場いただいているわけで・・・

【菅原道真・没】のページ(2月25日参照>>)では、少々遅れ咲きとは言え、右大臣にまで出世しながら、ライバル・藤原時平との政争に破れ、遠く大宰府へと左遷されて、その地で非業の死を遂げる事・・・

その直後に起こった天変地異により怨霊と恐れられ、その怨霊を鎮めるために雷神として天満宮に祀られた事など書かせていただきました。

また、【怨霊伝説】のページ(6月26日参照>>)には、怨霊だった道真さんが、学問の神様となった経緯について、「学ぶ事が好きで清廉潔白だった道真公は、やはり清廉潔白で真面目に努力する人には罰を与えない」とされているので・・・という事を書かせていただきました。

・・・とは言うものの、【左遷の日】のページ(1月25日参照>>)で、実は、道真公は、学問一筋の人ではなく、けっこうしたたかな政治的手腕を発揮していたんじゃないか?・・・てな事も書かせていただきました。

まぁ、道真公が、清廉潔白というよりは出世欲を持った政治家で、たとえ学門一筋ではなかったとしても、学業に優れた人だった事は確かです。

もともとは、災いを起す恐ろしい雷神だった道真公でしたが、室町時代に、「天神が禅僧について禅の修業を行ったという伝説」が、中国から伝わった事で、多くの禅僧が、天神様を祀った北野天満宮に参拝するようになったのだとか。

それで、徐々に、一般の人々からも、天神様は恐ろしい神様ではなく、願いを叶えてくれる神様として信仰されるようになったという事だそうですが、そこに、先ほどの学業に優れていた道真公本人の伝説が相まって、最終的に学業成就の神様というかたちになったのでしょう。

ではでは、その道真公の学業の成績は、いかがなものであったのでしょうか?

平安時代の中央官吏(国家公務員)の養成学校には、明経(みょうぎょう・儒学)明法(みょうほう・法学)紀伝(きでん・文章作成)(さん・数学)の4種類がありました。

その中で、道真公が専攻したのは紀伝・・・って事は、道真公は文系って事ですね。

その養成学校では、教官である文章博士(もんじょうはかせ)の定員が2名で、学生である文章生(もんじょうしょう)が20名・・・

定員があるって事は、もちろん、試験があるわけですが、お父さんの是善(これよし)が、その教官だった道真公は、幼い頃から徹底したお受験教育を受けていたようで、何と、18歳で、その文章生に合格!・・・これは、当時の最年少記録とタイの記録なのだそうです。

・・・で、その文章生の中から優秀な2名が文章特業生(とくごうしょう)というのになるのですが、道真公は23歳でこれになってます。

さらに、特業生になったら、その後の7年の間に方略試(ほうりゃくし)という国家試験を受けなければならないのですが、これも26歳で受けています。

この方略試は、当時の国家試験の中で、最も難しいもので、慶雲年間(704年~708年)から承平年間(931年~938年)の約230年間で、合格者がわずか65名という狭き門なのです。

Dscn1968b330 北野天満宮

・・・で、その結果は・・・?

実は、この時の試験問題と答案が、『菅家文草』『菅家後集』の中に現存するのですよ。

試験問題は「氏族を明らかにす」「地震を弁ず」の2問・・・このうちの地震について、道真公は答えているのですが、原文は漢文で、難しいったらありゃしないε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

自分では読めないので、『日本古典文学大系』の解説を見させていただくと・・・
“事実をのべるよりも、儒道仏の三教にわたって、地震に関係するような事柄を取り出してきて、きらびやかな美文にしたてている”のだそうです。

ちなみに、この試験が行われたのは、貞観十二年(870年)だったのですが、その前年には多賀城(宮城県)大津波に襲われ、さらにその前年には京都M7以上の地震があって大きな被害が出たという事なのです。

・・・て事はこれは時事問題?

試験問題が直前のニュース的なものから出題される傾向は、この時からあったのか・・・とまざまざと感じてしまいます~。

・・・で、気になる評価は・・・「言ってる事はだいたい正しいし、ダメなところもあるけれど文章はなかなかいい・・・よって、中の上と判定し、合格!

道真公、見事合格しました。

これで、一躍その文才を認められた道真公は、この頃から藤原良房(よしふさ)などの高官から依頼されて、ちょくちょく公文書の代筆なんかも頼まれたりするようになり、最終的に33歳で、例の文章博士=教官にまで登りつめてます。

やっぱ、さすがに学問の神様だけありますね~。

こりゃ、ご利益ありそうです。
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平安時代」カテゴリの記事

コメント

今日は私立校の前期入試でした。
内容は散々でしたが、一縷の望みをかけています。(^-^;(本命は公立ですが)

道真さんの学力の高さにビックリです。
これはご利益ありそうですね。
あの時代どんな勉強法があったのか知りませんが……

投稿: ティッキー | 2012年1月18日 (水) 15時09分

ティッキーさん、こんばんは~

今が踏ん張り時ですね。
頑張ってください!!!

投稿: 茶々 | 2012年1月18日 (水) 18時33分

昔、大宰府天満宮から合格祈願の葉書を送っていた(往復葉書かで大宰府に申し込む)んですが、今でもやっているんでしょうかね?
今のシーズンは合格祈願で参拝する人が多いですね。先日のセンター試験の全国的なミスは新制度が原因らしいです。

投稿: えびすこ | 2012年1月19日 (木) 08時38分

えびすこさん、こんにちは~

「1年を 3日で稼ぐ えべっさん」
と言われますが、今頃は、天神さんもスゴイんでしょうねぇ~

投稿: 茶々 | 2012年1月19日 (木) 13時33分

一応事後報告させていただきます。

結果は……落ちました。(。>0<。)

滑り止めの私立も受けたので大丈夫ですし、本命は公立ですから……

投稿: ティッキー | 2012年1月19日 (木) 16時47分

ティッキーさん、こんばんは~

そうそう、その意気で頑張ってください!

投稿: 茶々 | 2012年1月19日 (木) 19時04分

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