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2009年4月 3日 (金)

知ってるつもりの十七条憲法~その言いたい事は?

 

推古十二年(604年)4月3日、聖徳太子が憲法十七条を制定しました。

・・・・・・・・

「聖徳太子の憲法十七条」・・・これは、誰しもが通る道・・・

どんなに歴史好きでない人でも、さすがに小学校の授業で習った記憶が残っているシロモノです。

現在では、その存在自体が疑問視されている聖徳太子・・・最近は教科書でも聖徳太子の名前は消え、より実在した可能性の高い厩戸(うまやど)皇子として登場するようになっているようですし、以前から、このブログでも、その怪しさについて書いたりしています(4月10日【聖徳太子のどこが怪しいのか】参照>>)

そうなると当然、本日の憲法十七条についても疑いが持たれる事になりますが、それを論じ出すとキリがなく、その真偽だけでいっぱいいっぱいになってしまいますので、それは、また、そのようなテーマで書く時に論じさせていただく事として、今日は、とりあえず、聖徳太子が実在して、憲法十七条を制定したというテイで、その憲法そのもについて書かせていただきたいと思います。

・・・で、冒頭に、誰もが通る道・・・と、歴史好きでなくても誰もが知ってる事を強調させていただきましたが、この誰でも知ってるというのが、意外にクセモノです。

「604年の4月3日に作ったかどうかは知らんが、聖徳太子が十七条の憲法を作った事は知ってる」

そうなんです。
憲法を作った事を知ってるだけで、どんな物かはほとんどわからない・・・

「いやいや、『和をもって貴(とうと)しと成し、忤(さから)う事なきを宗(むね)とせよ』、と皆で仲良くしようって事が書いてある事も知ってるよ」
と、おっしゃる方もおられるでしょうが、問題は、そのあとです。

そう、教科書を探しても、聖徳太子に関する本を読んでも、そこから後ろの事はほとんど書いていません。

つまり、そこからあとの内容については、学校でも教えられていないのが現状なのです。

例として、私の持ってる歴史副読本を転載させていただきますと・・・

  • 一に曰く、和をもって貴しと成し、忤う事なきを宗とせよ(以下現代語訳あらまし)
  • あつく仏教を信仰せよ
  • 天皇の命令をうけたら、必ずそれに従え
  • 役人は礼儀を基本とせよ
  • 私利私欲を捨てて公平な裁判を行え
  • 善をすすめ、悪をこらせ
  • 人は各自の任務と役目を行え
  • 役人は朝早く出勤し、遅く退庁せよ
  • すべての事に信をもって当たれ
  • 人の過失を怒ってはならない
  • 役人の功績と罪科にかなった賞罰をせよ
  • 地方官は人民から税をむさぼり取らぬようにせよ。
    国に二人の君はなく、人民に二人の主はない
  • 役人は職務の内容を心得よ
  • 役人は他人を恨んだり妬んではいけない
  • 私欲を捨てて公共の立場に立つのが臣民の務め
  • 人民を使役する時は、時節をわきまえよ
  • 物事は自分一人で決めず、よく論議せよ
           (浜島書店:資料カラー歴史より)

と、あります。

もちろん、原文は漢文で書かれていますので、それを現代語訳していただいてるのはありがたいですし、少なくともここは、十七条のすべてを書いてくださっているので結構なのですが、中には、途中の五条くらいから十条くらいまでがカットされていたり、四条までで以下略・・・いや、以下略なら、「まだ、この先があるんだな」という事が想像できますが、何も書いていないものもあって、そこで終わりだと思ってしまっている人も、多くいらっしゃるのではないか?と思います。

現に、私も、学校で習った時は、そう思ってました。

しかし、上記の引用の中での「以下現代語訳あらまし」・・・ここです。

つまり、ここから先は、あらましを書いてあるだけ・・・それは、この一条だけでなく、二条~十七条すべてが、あらましなので、本当は、このそれぞれの条の先に、まだ文章が続いている事になるわけです。

もちろん、先に書かせていただいたように、原文は難しく、すべてを、ここでご披露しても「何だかな~」って感じですし、上記の、内容を要約したもので充分だと思いますので、それはやめておきますが、せめて、第一条の、あの有名なところだけは・・・

・・・というのも、この一条・・・けっこう、個人的に好きな内容なのでござんすよ。

原文:
一曰 以和為貴 無忤為宗 人皆有黨 亦少達者 是以或不順君父 乍違于隣里 然上和下睦 諧於論事 則事理自通 何事不成

一般的な読み下し:
一に曰く、
和をもって貴(とうと)しと成し、
(さから)う事なきを宗(むね)とせよ。
人みな党(たむら)あり。
また、達(さと)れる者少なし。
ここをもって、
あるいは君父(くんぷ)に従わず。
また隣里に違(たが)う。
しかれども、上和(かみやわら)ぎ、下睦(むつ)びて、
事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、
事理おのずから通ず。
何事か成らざん。

私的解釈:
お互いに協力する事がええ事であって、やたら反目せんようにするのが基本やと思うんやけど、人にはそれぞれの思惑とか派閥とかあるし、なかなか情勢を見通す事のできるモンもおらへんから、上司やオヤジに反発したり、近所とモメ事を起すような事になるんや。
けどな、上司も部下も無く、お互いに腹割って話し合う事ができたら、問題は必ず解決できるし、成し遂げられへん事なんかないと思うねん。

私は、この後半部分がすごく重要だと思うのです。

最初の「和をもって貴しと成す」だけなら、単に、「みんな仲良く」という意味合いで、なんだか皆が同じ意見でないといけないような雰囲気なのですが、後半部分まで読んでみると、「それぞれ違う意見があるのは認めるけど、話し合って解決しようや」という事になる・・・つまり、自分と違う考えの人物がいる事を認めている事になるわけです。

これは、ちょっとした事のようで、とても大切な事なのではないでしょうか?

現在の世の中って、両極端なような気がするのです。

学校では、皆が同じように勉強して同じような成績をとる事を望み、運動会でも同じような速さの子供を集めて競走をさせ、みんなと違う人がいれば、逆にイジメの対象になったりする・・・。

そうかと思えば、♪世界に一つだけの花♪のような個性を大事に・・・をはき違えて、順番に並ばないのも個性の一つ、公共の場でワイワイ騒ぐのも個性の一つ、果ては、大人になっても働かないのも個性の一つ・・・と、おっしゃって、まったく子供を叱らない親御さんもいらっしゃると言います。

なんだか、個人と社会の区別がつかない感じとでも言いましょうか・・・

個人は個人、その個性は大いに伸ばしていくべきだと思いますが、一歩社会に出れば、自分とは、環境も、考えも、何もかも違う人もいて、その人たちをちゃんと認めたうえで、うまくやっていかなきゃならない・・・

この第一条は、そういった事を言いたいのではないか?と思うのです。

残念ながら、「和をもって貴しと成す」の最初の一行だけでは、それを知る事はできませんが・・・。
 

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コメント

おはようございます。
聖徳太子が実在したかとか、十七条憲法は誰が作ったかとか、そういったことを超えて、千年を優に越えた昔に、互いの違いを認め合い、話し合うことを提唱するなんて、素晴らしいことだと思います。
小学校ではやたらと金子みすずの「みんなちがってみんないい」ばかりやってるけれど、この一条を教えるほうがよほどいいと思いました。
徒競走だって、実力の違いが大きかったからこそ、足の遅かった私はいつも「みんなが速かったんだよ」と言い逃れできました(゚m゚*)

投稿: おきよ | 2009年4月 3日 (金) 09時40分

おきよさん、こんにちは~

ほんとです。
たとえ作者不明であったとしても、この言葉がすばらしい事に変わりはないと思います。

ちなみに、私も徒競走はいつも最後でした(*ノv`)

ただし、球技は得意だったので、いつも「お前はタマ持ったら速いから、徒競走もタマ持って走れ」て言われてました・・・これも個性かなww

投稿: 茶々 | 2009年4月 3日 (金) 12時32分

戦前の教育を否定する者達に読ませたい名文です!。戦後…この十七条憲法や教育勅語を目にした進駐軍の将校が、日本軍の規律正しさや愛国心などの深さの根元を知り、その素晴らしさに脱帽したなんて話を聞きます。現在…役人の倫理観の欠如が叫ばれて久しいですが、事細かな倫理規定を作って縛り付ける前に、この十七条憲法や教育勅語を学ばせて実践に努めさせれば、より効果的だと思うのは僕だけでしょうか?。

投稿: マー君 | 2009年4月 3日 (金) 13時54分

マー君さん、こんにちは~

>進駐軍の将校が、その素晴らしさに脱帽した・・・

そうなんですか~

そんなすばらしい言葉を教育の場で素通りしてしまうのはもったいないような気がしますね。

それと、特に15条の「私欲を捨てて公共の立場に立つのが臣民の務め」・・・
これ、今の政治家やお役人はご存知なんでしょうか・・・

肝に銘じていただきたいと思いますね。

投稿: 茶々 | 2009年4月 3日 (金) 15時36分

役人は本来…公僕って言って、民衆の生活に奉仕する立場にあるって事をスッカリ忘れ去ってお役人様になってしまってますからねぇ。十七条憲法や教育勅語に謳われてる滅私奉公の精神や、愛国精神なんて持ち合わせちゃいないでしょうね。

投稿: マー君 | 2009年4月 3日 (金) 17時34分

マー君さん、手厳しい・・・(ノ_≦。)

投稿: 茶々 | 2009年4月 4日 (土) 14時44分

茶々さん、こんばんは。

私は「和をもって貴しと成す〜」ってとこ、「日本こそが高貴なんじゃけ、お前ら逆ろうたらアカンよ。」と読めてしまいます‥‥(^^;;

投稿: とーぱぱ | 2017年4月18日 (火) 20時19分

とーぱぱさん、こんばんは~

確かに、和風とか和服とか、「和」は「倭」で日本という意味はありますが、
この場合は、やはり平和や調和の「和」のように思います。
和の訓読みが「やわらぐ」「なごむ」でもある事ですし、ここは一つ、お手やわらかに、心なごむ解釈で…

投稿: 茶々 | 2017年4月19日 (水) 00時24分

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