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2009年11月17日 (火)

記念に改元~元正天皇の養老の滝・伝説

 

養老元年(717年)11月17日、岐阜に行幸した元正天皇が、「養老の滝」を命名した事にちなんで、養老に改元しました。

・・・・・・・・・

元正(げんしょう)天皇は、第44代の天皇として即位した女帝です。

先日の第109代・明正天皇のページ(11月10日参照>>)で少しお話しましたので、ご承知だと思いますが、いわゆる中継ぎのための女帝です。

第40代・天武天皇が亡くなった後、後を継がせたかった息子・草壁皇子が亡くなってしまい、その息子(天武天皇からみて孫)に後を継がせたいけど、まだ幼いってんで、天武天皇の奥さんである第41代・持統天皇が、自ら皇位を継ぎ、何とか踏ん張って、その孫=第42代・文武天皇に皇位を継承したものの、今度は、その文武天皇が亡くなった時に、皇位を継承するべき息子が幼かったために、文武天皇の母が第43代・元明天皇となり、それでもまだだったので、その娘である元正天皇が継ぎ、その次の第45代・聖武天皇へ・・・と、ややこしいので、とにかく系図を。。。

Keizugensyucc つまり、聖武天皇から見れば、「文武=お父さん」→「元明=おばあちゃん」→「元正=伯母さん」とバトンタッチされて、自分のところに回ってきた・・・という事です。

そんな中継ぎの女帝ではありましたが、元正天皇という方は、なかなか聡明なお方であったようで、「人民が富まなくては、国は栄えない」と、産業の発展に重きを置き、それまでの水田だけではなく、畑の開墾も推奨し、稲とともに麦の耕作にも力を注いだとの事・・・

そんな元正天皇が、霊亀三年(717年)9月20日に、美濃国(岐阜県)当耆郡(たきのこおり)に行幸した時に、多度山の美しい泉を目にしました。

その泉の水で、顔や手を洗ったところ、お肌がスベスベに・・・さらに、痛いところを洗ったら、またたく間に痛みが取れて治ってしまいます。

「こんな私にも効き目があるなんて!」
・・・と、元正天皇、大感激!

「しかも、聞くところによれば、この泉の水を飲んだり浴びたりした人の中には、目の病気が治ったり、長く続いていた病気が快復したり、ツルピカがボーボーになった人もいるんだとか・・・

遠く、中国にも、こんな霊泉があると聞いた事があります。
これは、吉兆に違いない!

これは、平凡で才能のない私への神様からの贈り物・・・元号を養老にしましょ!

・・・と、この(みことのり・天皇の公式発言)を発したのが、養老元年(717年)11月17日・・・で、この日がら元号が養老になったというワケです。

・・・って、滝は???( ̄◆ ̄;)

実は、この詔の段階の話では、滝はもちろん、お酒も出てきません。

すでに、その名が知れ渡った観光名所にケチをつけるつもりはありませんが、実際に元正天皇が沐浴されたのは、現在の岐阜県は養老町にあるの養老の滝ではなく、近くにある菊水泉という泉であったと言われています。

しかし、『続日本紀』には、すぐ後の12月に、すでに、この水でお酒を醸造した記録があり、おそらくは、かなりの名水で、そこから造ったお酒も、かなりの銘酒だったのでしょう。

そんなところから、徐々に、伝説が伝説となっていったようです。

鎌倉時代の建長四年(1252年)に成立した『十訓抄(じっきんしょう)には、教訓となる説話がいくつか収められていますが、その中に・・・

・‥…━━━☆

その昔、元正天皇の時代の美濃の国に、老いた父とともに暮らす貧乏な若者がおりました。

毎日、山に言っては草木を取って、細々と父を養っていましたが、この父が、毎日のように「お酒が野みたいなぁ・・・」とポツリ・・・

何とか、老いた父の夢を叶えてやりたいと、近所のお金持ちに頼み込んで、お酒を分けてもらったりしていましたが、ある日、いつものように薪を取ろうと山に入ったところ、苔むした石に足をすべらせて、スッテンコロリン。

しばらく気を失って、ふと目覚めると、なにやら、あたりにお酒の匂いが・・・

よく見ると、石の下から湧き出ている水が、どうやら普通の水ではない模様・・・恐る恐る汲んで飲んでみると、これがまさしくお酒。

大喜びの若者は、その日から、毎日お酒を汲みに来て、老いた父を養ったのだと・・・

で、この地にやって来て、このお話を聞いた元正天皇が、「これは、息子の孝行を見た神様のご褒美に違いない」と、この場所を養老の滝と命名し、元号を養老と改め、その孝行息子を美濃守に任命しましたとさ。

・‥…━━━☆

という説話が登場します。

岐阜県の養老の滝の伝説は、これによるものと思われますが、岐阜県に限らず、養老の滝の伝説は、鎌倉時代以前から各地にあり、上記の孝行息子が父にそのお酒を与えるお話のほかにも、滝のお酒を飲んで病気が治ったり、若返ったりという、ご存知の昔話がいくつかありますよね。

すでに、『万葉集』に、その不老長寿の滝の伝説の存在が詠まれていますので、古くからの養老伝説と、元正天皇が泉での沐浴で美肌になった伝説とが、相まって、養老の滝となったという事なのでしょう。

伝説は、ともあれ、おいしい水、身体にいい水である事は確かでしょうね。
 

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コメント

どっもー^^すごいですね!
なんどぇ菊水泉しってるんですかああ。ヽ(´▽`)/
私、小学3年生まで知りませんですたよww
(養老町住んでるのにw)
毎年毎年養老の滝までいかされて、
挙句の果てには、徒歩で下校という、めんどくさいことがあったという記憶・・・・
そ、そんな元正天皇が美肌になったなんて、聞いてませんよ( ´艸`)
とにかく、半端内情報ですな( ̄ー ̄)ニヤリ!
ありがとーござーやす(*゚▽゚)ノ

投稿: ザ・なんか3世 | 2012年2月12日 (日) 00時04分

ザ・なんか3世さん、こんばんは~

やっぱり、近くだと遠足?みたいな感じで、しょっちゅう行かされるんですかね?

私の場合、それが大阪城でした(*´v゚*)ゞ
まぁ、犬の散歩も大阪城でしたが…

投稿: 茶々 | 2012年2月12日 (日) 02時12分

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