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2010年4月 2日 (金)

松花堂弁当と寛永の三筆・松花堂昭乗

 

今日の関西地方は、どんよりとした雨模様で、とても「花見最高!」なんてはしゃぐ気分にはならない雰囲気ですが、季節的にはまさに桜前線北上中!・・・

なので、本日は、花見と言えばお花見弁当、弁当と言えば松花堂って事で、弁当の定番である松花堂のお話をさせていただきたいと思います。

・‥…━━━☆

松花堂(しょうかどう)弁当と言えば、25cm四方の正方形の弁当箱を十文字の板で仕切り、それぞれに味の違う料理を見た目も鮮やかに入れたもの・・・幕の内に匹敵する、弁当の定番と言える形式です。

以前、音を楽しむ日本庭園の装置=水琴窟(すいきんくつ)(8月10日参照>>・音も聞けますよ!)をご紹介した時に、少し書かせていただいたので、重複しますが、この弁当を松花堂弁当と呼ぶのは、『寛永の三筆』として名高い江戸時代の文化人・松花堂昭乗(しょうじょう)に由来する物です。

Dscn1237a800 松花堂庭園

昭乗は、天正十年(1582年)に、摂津(大阪)に生まれました。

はじめ、左大臣や関白も務めた事もある公卿・近衛信尹(このえのぶただ)に仕えますが、17歳の時に、京都は八幡にある石清水八幡宮滝本坊実乗(じつじょう)の弟子となり、以後、僧としての人生が始まります。

昭乗の読経には、タヌキまでが聞き入ったとか、彼を慕って毎日坊を訪れてうた小鳥は、昭乗が下山した時には姿を見せなかったとか・・・なんとも、ほのぼのしたエピソードを持つ昭乗さんですが、やはり、彼を有名にしたのは、その書の才能・・・

寛永元年(1624年)、信尹の推薦で、将軍・徳川家光の書の師匠に抜擢された時、老中が彼の力量をテストしようと、一筆所望したところ・・・
「石清水の水を使いたい・・・吾妻の水では書けません」
と、昭乗・・・

しかたなく、その希望に従った水を調達して、後日、再び、メンバーが集まったところで、今度は
「これは、ニセモノですな・・・おそらく、多摩川の水やおまへんか?」
と、ひと目見ただけで即答・・・

どうやら、本当にそうだったらしく、またまた水を調達・・・今度は、家光の「ごまかしは、なしヨ」の命令で、京都西洞院三条下ル『柳の水』というのを運んだところ、ようやく、昭乗は書き始めたのだとか・・・

そんなこんなで、書家として超有名になった昭乗ですが、晩年、滝本坊の住職を引退して、隠居生活に入ります。

坊の横に、茶室と庭園を建てて隠居所としますが、この隠居所の名前が、彼の号でもあった松花堂です。

Dscn1247a800 この向こうに、移転された茶室・松花堂がありますが、ここから先は撮影禁止ですので、その目でお確かめください

明治になって神仏習合が禁止となったため、それまで石清水八幡宮にあった坊は破壊されるか、管理する者もなく放置されて、ことごとく荒廃・・・当然の事ながら昭乗のような神社に奉仕する僧というのもなくなります。

現在は、石清水八幡宮のある男山の中腹に、その跡だけが残ります。

いくつかあるハイキングコースのうち、表参道を行くと松花堂跡を通る事ができます。

明治の中頃になって、その男山中腹にあった松花堂を、1kmほど南の位置に移転・・・これが、現在の松花堂庭園です。

・・・で、肝心の昭乗さんと弁当箱の関係・・・

実は、直接は無関係なんです~(/ω\)
 

そもそも・・・
昭乗さんは、悩んでおりました。

書を書くとき、筆や墨など、分けて整理できる使い勝手の良い容器はないものか?と・・・

そんな時、ふと農家の人が、農作物の種を保管する四角形の容器が目に止まります。

中が十字にし切ってあって、種が他の種と混ざらないように工夫されている・・・「これは、いい!」と、昭乗さん、同じ大きさの四角形の箱をいくつか造ってもらって、それらに道具を整理して入れ、さらに大きな煙草盆に、まとめて収納!

思い通りの整理整頓ができました。

・・・で、これを弁当箱として・・・

いやいや、弁当箱に・・・ていうのは、残念ながら昭乗さんのアイデアではなく、料亭・吉兆の創始者・湯本貞一さん・・・昭和のはじめ頃に、その昭乗の使った整理整頓の入れ物をヒントに考案され、そこから全国に広がったものなのです。

Syoukadoubentou 現在の松花堂庭園にも、『吉兆 松花堂店』があり、まさに本場の松花堂弁当が味わえますが、人気が高いため予約制だそうです。

松花堂庭園には、その吉兆のほかにも、その名の通りの美しい庭園や茶室はもちろん、美術館や昭乗さん関連の展示ホールもあり、のんびりと楽しめます。

さぁ、いよいよ近畿は、この1~2週間が桜の季節・・・石清水八幡宮をはじめ、男山一帯が花に彩られるほか、木津川を挟んだ対岸には、背割堤という桜の名所もありますので、ぜひどうぞ

松花堂庭園から石清水八幡宮&男山、木津川背割堤への行き方は、本家HP:【石清水八幡宮と男山散策】のページへどうぞ>>

Dscn1241a800 松花堂庭園の桜
 

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京都・大阪・奈良史跡巡り」カテゴリの記事

コメント

関東もすさまじい風でした。土日の花見を予定している人は大丈夫かな?
最近は強風が多くてよく電車が止まります。

年内に「ブログ登場900人」を達成できればいいですね。

投稿: えびすこ | 2010年4月 2日 (金) 13時41分

えびすこさん、こんばんは~

土日は晴れそうですが、なにやら、また黄砂が来そうです。

>900人め・・・

ありがとうございます。
ぼちぼち、がんばります(゚ー゚;

投稿: 茶々 | 2010年4月 2日 (金) 19時22分

八幡の地名を見かける度に学生時代が懐かしく、石清水の境内で見た桜を思い出します。松花堂…学生時代にはいつでも行けるナンテ思ってたのと、若い頃ってそんなに史蹟などに興味を持ってなかったのとで結局一度も訪れず終いで今となっては少々残念に思っています。

投稿: マー君 | 2010年4月 2日 (金) 19時37分

マー君さん、こんばんは~

そうですね。
いつでも行けると思うと、意外と行かないものです。

私も、仕事の関係で富山に行った時は、そのまま一生いるものだと思っていたので、「いつでもいいや」と思っていましたが、大阪に戻ってから後悔してます(ノ_-。)

投稿: 茶々 | 2010年4月 3日 (土) 03時49分

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