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2010年12月 3日 (金)

北野天満宮「御土居=もみじ苑の公開」に行ってきました

 

一昨日、京都は北野天満宮「御土居の公開」に行ってきました。

Tenmanguodoi2a800 「御土居(おどい)とは、天下を取った豊臣秀吉が、自らが政務を行い、かつ居住する場所として建設した聚楽第(じゅらくだい)を中心に、寺町や地割など、京都の町の整備事業の一環として都を囲むように構築した土塁です。

その外側には堀があったとして「御土居堀(おどいぼり)とも呼ばれます。

Zyurakudaitizuccその目的は、
守るに弱い京都という町を高い塀で囲んで、一大城郭都市にしようとしたとも言われていますが、そのワリには、土塁の上には竹が植えられていて、櫓などを設置した形跡もなく、これだけの大事業にも関わらず、秀吉が何のために構築したのか?という記録も残っていないというワクワクするようなシロモノです。

しかも、徳川家康の天下となった後、出入口部分が壊されたため、用をなさなくなった御土居は、人々から忘れ去られ、次第にその形を亡くし、今や、ごくわずかな部分しか確認できないという状態・・・

北野天満宮の御土居は、この北西のあたりの部分となります。
Dscn8268a800 (*東の端の廬山寺(ろざんじ)境内の御土居も、なかなかキレイに残ってます←写真)

 

 
そんなこんなで、歴史好きにはたまらないミステリー満載の場所ですが、実は、ここが、京都屈指の紅葉の名所なんですね~

Tenmanguodoipa1000  こうして下を見ると、けっこうな高低差がある事がわかります

この季節、御土居も良いけど、深い事考えずに、目にしみる紅葉を楽しむのもアリです。

今回は、もうピークも過ぎてしまったので、それほどの期待もせず、個人的には御土居見たさに訪れた北野天満宮でしたが、どうしてどうして!メチャメチャきれいでしたよ!

Dscn3002a800

しかも、その御土居との高低差が、山の雰囲気をかもし出してくれていて、平坦な街中にある紅葉というよりは、どこかの山の懐のような錯覚さえ覚える風景となっています。

Dscn2998a600 「御土居=もみじ苑」の公開は12月12日まで、
10時~16時、
入園:600円で、入園券はお茶菓子の引換券にもなっており、セルフサービスながら縁台に座ってのお茶のひとときを楽しめます。

 

 
この秋、紅葉狩りがまだの皆さま、あと2~3日なら、まだイケるかも知れません。
オススメですよ~
 .

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京都・大阪・奈良史跡巡り」カテゴリの記事

コメント

京都の紅葉、ぜひ見てみたい!散ってしまうと足もとももみじが楽しめますね。この美しい景色を秀吉さんも堪能して、しばし浮世の憂さを忘れられたかしら・・・

投稿: Hiromin | 2010年12月 3日 (金) 20時30分

Hirominさん、こんばんは~

北野天満宮の紅葉が、これほど美しいとは、私も行くまで知りませんでした。

秀吉さんに会って、紅葉の下で、ゆっくりとお茶でもいただきながら、御土居の話を聞いてみたいです。

投稿: 茶々 | 2010年12月 3日 (金) 22時33分

北野天満宮には行ったことがあるのですが、御土居は行きませんでした。
素晴らしい紅葉、これは見たくなります。
御土居、秀吉は小田原城のように町全体を囲む惣構えを京都にも作りたかったのかもしれませんね。

投稿: 桃源児 | 2010年12月 4日 (土) 06時53分

今年は無理かもしれませんが・・
11日~12日は大津に往きます。
笑われそうですが、来年は是非往きたいです。

盆地で、海からも離れている京都ナラではでしょうね。タイムリ&イー情報に感謝です。

投稿: syunchan | 2010年12月 4日 (土) 07時35分

桃源児さん、こんにちは~

私も、北野天満宮は、もう何度めかも忘れるくらいなんですが、御土居は初めてでした(梅の季節も行った事ないです(*´v゚*)ゞ)

正直、ここまでキレイだとは思ってもみませんでしたので、思わぬプレゼントをいただいたような気分です。

投稿: 茶々 | 2010年12月 4日 (土) 10時47分

syunchanさん、こんにちは~

11~12日なら、まだ公開はしてますが、やはり、紅葉は散ってしまってるでしょうね。

大津なら日吉神社も紅葉の名所ですが…どうでしょう???

むしろ、来年の一番良い時期に期待を寄せるのがいいかもしれませんね。
その時は、ぜひ、候補の一つに…

投稿: 茶々 | 2010年12月 4日 (土) 10時51分

比叡山と日吉神社は一対でしょうか!
当地、旧児島郡にも十禅寺山と日吉神社があります。僕は勝手にミニ比叡山かなと思っています。
ところで、日吉丸と日吉神社は何か関連や言い伝えはあるんでしょうかね!

投稿: syunchan | 2010年12月 4日 (土) 21時32分

syunchanさん、こんばんは~

比叡山延暦寺の鎮守が日吉神社ですので、おっしゃる通り、神仏が分離される前は一体だったと思います。

日吉丸と日吉神社は、日吉神社の神の使いが猿で、「秀吉が猿に似ているから日吉丸と名づけた」と言われていますが、猿に似てるかどうかは、ある程度成長してみないとわからないので、多分、この逸話は後づけでしょうねww

当時の秀吉の身分で、幼名に「丸」をつける事も考え難いそうなので、この名前自体が、秀吉が出世してからの創作とも言われているようです。

投稿: 茶々 | 2010年12月 5日 (日) 00時53分

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