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2011年3月22日 (火)

放送記念日~初めてのラジオ放送

 

大正十四年(1925年)3月22日、社団法人東京放送局日本初のラジオ放送を始めた事を記念して、本日3月22日は『放送記念日』という記念日なのだそうです。

・・・・・・・・・・・

「放送」と言えば、今では、テレビラジオの放送を連想してしまいますが、本来は、不特定多数の人に発信する電波を、すべて放送と言います。

そもそもの発端は、第1次世界大戦の頃の大正六年(1917年)1月の事・・・

横浜港を出港してヨーロッパに向かっていた日本船・三島丸が、インド洋を抜けてアフリカ東岸にさしかかろうとした時、突然、無電機が警報を受信しました。

「アフリカ沿岸にドイツの仮装巡洋船あり・・・警戒せよ」

しかし、どこから発信された電信なのかがわかりません。

調べたところ、どうやら南アフリカイギリス海軍の駐屯地から発せられているようではありますが、確定はできません。

本来、無線電信というのは、相手を特定して発信する物ですから、受け取った側は、それを交信記録として正確な日時や発信元を記録しておかなけらばなりません。

しかし、どうしても発信元が特定できない・・・しかも、相手は、ターゲットを特定せず、無電を送りっぱなしにしている模様です。

しかたなく三島丸は、その通信日記に
「○○の放送を受信した」
と記録しました。

これが、日本語で「放送」という言葉が使われた最初でした。

この放送という物が、正式に規格化されたのは大正八年(1919年)の事で、その後、無線が発達して大衆化する中、それらも「放送」と呼ばれるようになったのです。

やがて大正十一年(1922年)、逓信省(ていしんしょう・大日本帝国憲法下で郵便や通信を管轄する中央官庁)放送制度の調査を開始・・・

翌年には、その問題が国会で取り上げられ、貴族院予算委員会で話し合われました。

この頃には、すでに民間から「放送事業をやりたい!」という出願が多数出されていて、それらを受けている政府側も、「このまま民間での路線を考えている」との意見で固まりつつあったのだとか・・・

アメリカはもちろん、当時はイギリスBBCも民間事業であった事から、日本もそれにならって・・・という感じで、すでに出願しているいくつかの有力グループを一つにまとめ、株式会社=東京放送局として営業を許可する手はずとなっていました。

ところが、ここで一つの大きな出来事が・・・

そう、大正十二年(1923年)9月1日午前11時58分に関東を襲った大地震・・・関東大震災です(2007年9月1日参照>>)

そして未曽有の地震に襲われた被害もさることながら、その時に問題となったのは、パニックに陥った人々が、根も葉もないデマに踊らされて暴徒と化し、震災とは別の多くの犠牲者を出してしまった事でした(2010年9月1日参照>>)

「放送があれば、正確な情報が得られたはずだ」
「正確な情報があれば、デマに踊らされる事もなかったかも知れない」

当然のごとく、このような意見が世論を賑わせる事となり、同時に、放送の公共性も認識される事になります。

「放送は国営・公営であるべき」との気運の高まりを受けて、当時の逓信省の畠山通信局長は、放送事業の許可を出願していた人たちを集め、
「放送事業は、公益法人である社団法人に許可する事とする」
と告げたのです。

すでに、民間の株式会社として放送局を発足させるつもりでいた出願者たちは、大いに不満を漏らしたという事ですが、もはや、国の姿勢が変わる事はありませんでした。

こうして誕生したのが東京放送局・・・現在のNHKです。

そして、来たる大正十四年(1925年)3月1日にラジオの放送を開始すべく準備を急ぐ東京放送局・・・しかし、購入予定の放送用送信機が、同様に設立準備をしていた大阪放送局に、先に買い取られてしまいます。

残念ながら、その送信機は、まだ、日本に1台しかありません。

すでに3月1日から放送を開始すると言っちゃってますし、何としてもライバルの大阪放送局よりも先に日本初のラジオ放送を行いたい・・・

しかたなく東京放送局は、東京高等工芸学校の送信機を借り、「試験放送」という形で逓信省の許可を受け、なんとか3月1日から放送を開始・・・その21日後の大正十四年(1925年)3月22日、逓信省から正式に免許を受けての仮放送を開始となったのです。

「アーアーJOAK、JOAK、よく聞こえますか?こちらは東京放送であります。こんにち只今より放送を開始いたします」

これが日本初のラジオ放送の第一声・・・ちなみに、ラジオの正式名称は「放送用無線電話」というのだとか・・・

やがて建設中だった愛宕山の放送局が完成し、7月12日には本拠地からの本放送が開始されました。

ところで、ライバル大阪は・・・
同じ年の6月1日から仮放送を開始したという事で、大阪人としては、ちと悔しかったりして( ̄○ ̄;)!
 .

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コメント

首都圏ではラジオが品薄です。停電になっても、聞けますから。地震のため、TBS、文化放送など、全国放送しています。パソコンでラジコから。

投稿: やぶひび | 2011年3月22日 (火) 13時35分

やぶひびさん、こんにちは~

私、手で回すタイプの電池のいらないラジオ持ってます!
もちろん懐中電灯つきで、さらに携帯充電機能つき…なかなか用意周到でしょ?

投稿: 茶々 | 2011年3月22日 (火) 13時39分

やった、東京の勝ちhappy01私もう何年もテレビよりラジオ派です。テレビでも一所懸命がんばってらっしゃる方がたくさんいらっしゃるだろうし、いい番組もあるだろうけど、全体的にどうしても‘ねつ造'やら‘あまりにくだらないドラマ’やらすっかり見る気が失せてしまいます。しかしラジオは基本かつてのテレビのように生放送だからか、間違いのないよう非常に丁寧にで、かつエンタメ系、ニュース、天気、交通情報と必要な情報を流してくれて、とっても良心的なメディアだと思います。

投稿: Hiromin | 2011年3月22日 (火) 20時44分

Hirominさん、こんばんは~

私は、結局、なんだかんだでテレビを見てしまってます(゚ー゚;

おっしゃる通り、ドラマはオモシロイのがないので、今は大河以外はまったく見てませんが…

結局は、淡々と語ってくれるラジオが、一番正確な情報なのかも知れませんね。

投稿: 茶々 | 2011年3月22日 (火) 23時50分

おはようございます。今はパソコンで、大阪のラジオが聞けます。期間限定だけど、全国放送です。メールで投稿も全国から。

投稿: やぶひび | 2011年3月23日 (水) 07時31分

やぶひびさん、こんにちは~

そうですね。
今回の震災では、テレビのニュースもネットで見れる状態になってましたね。

携帯もそうですが、衛星を通じての回線や長時間使用できる内部電源などがあれば、大きな災害の停電時にも、正確な情報を得る事ができるかも知れませんね。

投稿: 茶々 | 2011年3月23日 (水) 08時49分

今回の大地震でラジオの存在を再認識しました。私の住む地域では明日まで停電がないですが、夏場の電力対策を考えないといけないですね。地方選前半の投票日の10日は停電をしないようです。
「東北地方太平洋沖大地震」の記事で、署名がない投稿は私でした。すいません。
政府は呼称を「東日本大震災」と確定させました。

投稿: えびすこ | 2011年4月 3日 (日) 09時06分

えびすこさん、こんにちは~

やはり「電気がない」という時には、ラジオのスゴさを再認識させられますね。

投稿: 茶々 | 2011年4月 3日 (日) 16時23分

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