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2011年4月22日 (金)

大河ドラマ「江」に思う政略結婚と女性の役割

 

遅ればせながら・・・
ではありますが、先々週くらいからのNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」の中で、気になっていた事を・・・

それは戦国時代の結婚&離縁についてです。

大河ドラマでは、
前々回の「第12回・茶々の反乱」の最後のほうで、茶々に好意を寄せる秀吉が、何かチョッカイを出そうとすると、その度に三女のが邪魔をして(しかも、なぜか秀吉には江が怒ると信長が怒ってるように見える)「うっとぉしい事このうえない」と考えていたところに、「そうだ!あの邪魔者を嫁に出してしまおうと思いつきます。

・・・で、その次の「第13回・花嫁の決意」で、その結婚相手を、信長の次男=織田信雄(のぶお・のぶかつ)配下の大野城主・佐治一成(さじかずなり)に決定・・・その後、問いただされて、今、思いついたかように、「信長が夢枕に立ってそうせよと言った」とか、「この結婚で、信雄との合戦が回避される」とかの理由を、後付けで話してました。

この回の最後に、結局、江は、その結婚を承諾するわけですが、その理由が、「この後、姉=茶々によこしまな気持ちを抱かない事を約束してくれるなら…」と・・・!!(゚ロ゚屮)
最終的に、秀吉に「茶々に手を出さない」という誓約書まで書かせていました。

そして、「第14回・離縁せよ」では、そんな雰囲気でお嫁に行ったにも関わらず、この一成さんという人が、けっこうイイ人だった事で、「嫁に来て良かった」と幸せ気分に浸っているのもつかの間、信雄+徳川家康VS秀吉小牧長久手の戦いが勃発し、蟹江城攻防戦を完全スルーしたまま、この回のうちに合戦は終了・・・

ちょうど、その頃、難攻不落の大坂城を建てた秀吉は、この城が、豪華絢爛・贅を尽くした城であるにも関わらず、「何か物足りない」と感じる・・・
「あっ!そうだ…あの姫がいないから物足りないのだ!」
またもや!!(゚ロ゚屮)

と、「姉=茶々が病気になったので、お見舞いに来てチョンマゲ」というウソの手紙を送って江を大坂城へ呼び寄せ、そのまま離縁させてしまいます。

大坂城に到着して、手紙がウソだった事、ちょっぴり好きになりかけていた一成と勝手に離縁させられた事を知った江が、泣きながら秀吉に抗議する・・・

と、長いあらすじ紹介になりましたが、一応、こんな感じだったでしょうか・・・

最後に悔し涙を流しながら秀吉に雪を投げつける江と、それをあざ笑うかのような秀吉のニヤケぶりに、「さすがに今回は、江が可哀そうだった」と、ドラマに共感を持っている視聴者の方も多かったようですので、ドラマのストーリーとしては面白かったのでしょう。

ただ、歴史好きとしては、あまりにも現代的な考えの中、江の結婚&離縁の理由が、ともに秀吉の私利私欲の思いつきに終始してしまった事は、とても残念です。

もちろん、この結婚自体が、その結婚期間の短さもあって、実際には信長健在の頃に婚約が成立していたが、横死のドタバタで婚約のみで結婚には至らなかったとも言われている謎だらけの結婚ですので、ドラマでどう描こうが自由です。

秀吉の心の中にいたっては、記録に残るはずもありませんから、そのような気持ちを持っていたかも知れない可能性もあるわけですが、一つ言えるのは、たとえ、そんな気持ちを持っていたとしても、それを堂々を表に出す事はなかったでしょうし、そんな事で、こんな大事なカードを使う事はなかったでしょう。

言い方は悪いですが、戦国時代のお姫様は、ものすごく重要な交渉カード・・・まして、実子のいない秀吉にとって、自らの保護下にある、この3人のお姫様は、とても重要です。

どうやら、このドラマの脚本家の方は、そういった時代の一般常識をあえて無視してお話を勧めていかれるおつもりなのでしょう。

以前、母のお市の方が、柴田勝家との結婚を決意した時も、それを聞いた江は、「好きでもないのに結婚するのですか?」と、あたかもそれが非常識のようにおっしゃっておられましたが、戦国では・・・いや、日本の歴史上、中央集権が芽を吹き始める飛鳥時代から、戦前(第2次世界大戦)のあたりまでは、ず~~っと、恋愛の絡まない結婚が常識でした。

もちろん、例外はあります。
源頼朝北条政子は有名ですし、現に、この秀吉と正室のおねさんも恋愛結婚です。

しかし、流人だった頼朝、未だ出世前だった秀吉がそうであったように、恋愛結婚は、比較的身分の低い者がする事で、上流階級では、逆にはしたない事というのが、当時の常識だったと思います(普通の家庭だった嫁はんの家族は、どっちも猛反対してますし)

こと一般常識という物は、その時代によって様々に変化します。

以前、マクドナルドの1号店銀座にオープンした時の懐かしニュース映像で、インタビューを受けていた20代前半の女性が、「外で物を食べるのは、少し恥ずかしい」と答えておられました。

それから、わずか2~30年ほどの時の流れで、いつしか、それが普通の事となり、クレープに至っては歩きながら食べる事すらカッコイイとなる・・・それが、世の中という物ではないでしょうか。

先ほども書かせていただいたように、政略結婚は、大王(天皇家)血筋に自分の一族の血を混ぜて政権を握る目的で、古代から行われていた事でした。

現にあの藤原氏は、散々天皇家に娘を送り込んで、実権を握り続けていたわけですから・・・

これが、天皇家から豪族、武士へと受け継がれ・・・

たとえば、秀吉の養子の豊臣(羽柴)秀次には、下は13歳の少女から、上は60代の老女まで、のべ40人前後の側室がいたとされていますが、これは秀次さんがストライクゾーンの広いスケベな女好きなのではなく、当時、秀吉の後継者とみられていた秀次と、親密な関係を持ちたいと思った人間が、いかに多かったか?という事なわけです。

ただ、そのために、公家や武家に生まれたお姫様は、自由な結婚を許されず、身も心も実家のために捧げる犠牲者となる・・・ドラマの江のお母さん=お市の方が、まさにその通りで、兄の信長と夫・浅井長政の運命に翻弄された不幸な人生として、長い間、数々のドラマでも、悲劇のヒロイン風に描かれてきました。

しかし、1980年代以降に出て来た新たな女性史の研究の成果によって、「もはや、この考えも古い」というのが、現在の歴史好きの常識となりつつあります。

今では、政略結婚によって嫁いだ女性たちは、実家と婚家との架け橋となる重要な役割を果たしていた事、また、結婚後も、妻の協力なくしては家内管理も子供の教育も成り立たない状況であったろう事から、不幸一辺倒ではない、高い評価を受けるようになって来ています。

この前者の両家の架け橋というのが、重要な交渉カードという事になります。

以前、『孫子の兵法』でもお話しましたが(4月19日参照>>)
「百戦百勝 善ならず 戦わずして 勝つ」
戦争とは膨大な費用と多大な犠牲を払う物ですから、できるなら、やらない方が良い・・・戦争をしなくて、相手を屈服させる事ができるなら、これに勝る物はない・・・

これ、2500年前からの鉄則です。

戦国の武士たる者、必ずこの鉄則を知ってますから、大事な交渉カードである彼女たちを、私利私欲のために使うようなもったいない使い方はできないわけで、そのカードとなる彼女たちも、その重要性を充分知り、むしろ、その役割を担える事を誇りに思っていたはずです。

一方、後者の結婚後ですが・・・
今、四民平等が当たり前となった現代人の感覚が捨てきれないため、男尊女卑がまかり通っていた時代の女性は、男性の思うままに翻弄されて・・・と、私たちは思いがちですが、ここが落とし穴・・・

身分制度がはっきりした世の中では、殿様がエラければ、その奥様もエライわけで、殿様がいなくなれば、その家を仕切るのは奥様・・・つまり、同じ身分の中では男尊女卑がまかり通りますが、身分が違えば、その身分の方が優先されるわけです。

まして、戦乱にあけくれる戦国の世ならば、殿さまは留守がちなわけで、ずっとずっと、その奥様の価値というのが高かったと思います。

たとえば、応仁の乱の東軍の将として知られる細川勝元の姫=洞松院(とうしょういん)は、播磨備前美作の大名=赤松政則(まさのり)と政略結婚しますが、この結婚自体が敵方の畠山の没落の決め手となったほか、夫の死後には、その領主として君臨し、指揮命令系統を彼女が出していた事がわかっています(3月11日参照>>)

また、あの今川義元のお母ちゃん=寿桂尼(じゅけいに)さんも病気になった夫に代わって政事を取り仕切り、裁決なんかも彼女が下してしました(3月14日参照>>)

さらに、奥様の重要性という点では、かのおねさんも・・・

天正二十年(1591年)8月付けの秀次朱印状には、
大坂よりなこや(名護屋)へ次(継)
一、大坂よりハ   北政所殿 御印
一、          関白殿  御朱印
一、なこやよりハ  太閤様  御朱印

つまり、
秀吉が名護屋にいて、秀次が聚楽第、おねが大坂城にいたこの時に、周辺を航行する船には、まずはおねさんの許可証がいるという事です。

このように、戦国大名の奥様には、夫と並ぶ重要な役割と、それに伴う政治力があったわけで、政略結婚の犠牲者として泣き暮らしているヒマなどなかったのです。

近年の研究で見直されている戦国女性の役割・・・今年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国」に決定した頃は、このような新たな視点からの戦国女性を描いていただけるものだと期待してたんですがねぇ~

善人と悪人が見事にハッキリした単純なホームドラマという、別の意味での新たな視点で、しかも、戦国女性を主役に据えておきながら、戦国女性の価値を下げているような??

まぁ、次回は「第15回・猿の正体」という事なので、秀吉のあの悪キャラが一転、イイ人に変わるのかも知れませんので、今後に期待したいところですが・・・
 .
 

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戦国・桃山~秀吉の時代」カテゴリの記事

コメント

むかしは政略結婚のほうがデフォルトだったでしょうね。大名家や貴人は当然のこと、庶民の間でもそうだったと思いますよ。

秀吉にしてもおねこと高台院は織田家臣浅野家の養女になったいたと思いますし、おねを室としたことは秀吉が織田家に仕官する上で優位に働いたのではないでしょうか。

私は武田家の場合を比較的よく知りますが、だいたいこの時代の女性は、それまで敵対的関係にあった家に嫁いでますね。敵対していた両家が和睦し、和睦の証として婚姻同盟を結ぶわけですし。

「浅井」三姉妹はあくまで当人たちも扱われ方も織田家の息女であったろうと思うのですが、貴種ですから当然婚姻は政略的であって当然ですね

どうも、政略結婚が前時代的で、恋愛結婚が自由で進歩しているという価値観自体が、古くなりかけてるような気がしますね。

投稿: 黒駒 | 2011年4月22日 (金) 17時58分

黒駒さん、こんばんは~

確かに、恋愛結婚が自由で進歩しているという価値観も古いかも知れませんね~

そもそも、恋愛は当人同志が良ければ、それで良いですが、結婚となるとお互いの家族もついて来ますから、意外に、結婚と恋愛と別というほうが合理的なのかも知れません。

投稿: 茶々 | 2011年4月22日 (金) 21時54分

自由恋愛は近代から戦後のことだと思うのですが、それまでは地縁血縁の人脈のなかで、結婚相手と就職先くらいは周囲が世話してくれた社会なのですよね。

それゆえの窮屈さと両面あるのですが、現代は自由恋愛で生き方も自分で決めるのがデフォルトですから、ある種の人たちは生きやすく、ある種の人たちは生きにくいと、対照的になってます。少子化でもありますしね。

だからこそ、敢えて現代では歴史的な「政略結婚」とか、周囲が世話してくれる前時代的な恋愛・結婚のスタイルも、逆に新しい価値観ではないのかと思います。

はっきり言って、世の中で起こる事件の何割かは色恋沙汰であると思いますし、もう恋愛が必ずしも人を幸福にするわけでないと、誰かが指摘してもいいと思うのですよね。反恋愛至上主義。

そういう思想でやれとは言いませんけど、政略結婚を自由意志でないから否定的に描くんじゃなくて、肯定的に描くやり方もあるんじゃないかなぁと、思っています。

投稿: 黒駒 | 2011年4月23日 (土) 00時02分

黒駒さん、こんばんは~

いずれにしても、私は、あまりに現代の、それも子供のようなキャラクターばかりの大河に少々とまどい気味です(*゚ー゚*)

投稿: 茶々 | 2011年4月23日 (土) 01時57分

この大河ドラマおもしろいですねー!

投稿: 高収入 | 2011年4月23日 (土) 14時18分

話題がそれますが、「側室の存在」を江さん本人(姉がそうであるので)がどう感じたんでしょうね。江さんは男性の恋愛観を疑問に感じている(浮気が嫌い)ような節があります。
「篤姫」でもそういうテイストがあったような気がします。
「利家とまつ」や「功名が辻」では、結婚の経緯がどうだったかは覚えてません。「天地人」では業務命令の結婚ですね。
当時は常識だった「政略結婚」と言っても、10代前半の少女がそれを理解するのは酷かもしれないですね。あの時代に「3回も結婚した」女性は江さん以外に何人かいますか?
政略結婚は現代ではむしろ敬遠されてますが。

余談ですが、「2013年の大河ドラマの主人公は関東出身者になるのでは?」と言う予想があります。
2008年「篤姫」から順番に九州→北陸→四国→近畿。
山梨県と静岡県東部を除く、1都6県の関東地方出身者となると誰でしょうね?

投稿: えびすこ | 2011年4月23日 (土) 15時59分

現代的恋愛感であれば嫉妬ですが、同時代の市井における庶民の理解もそうだったみたいですね。

嫉妬もあったかもわかりませんが、「家」の秩序のなかで生きてる女性ですから、秩序を乱されるような不快感があったんじゃないかと思いますし、そういうものをドラマで表現するとなると、橋田壽賀子だなぁとか思ってしまいますね。

「側室」は奥世界の中で立ち位置を得るわけですし、実家にも箔がつくことにはなりますよね。

幕府が諸大名家の婚姻を統制したように、奥世界においても婚姻や「生殖」をできうる限り統御したい意図があったでしょうし、室の承認を得ないままで当主の寵を得て子を成してしまうのは我々の価値観で理解すれば嫉妬、当時においては秩序を乱す行為と、そういう思いは江にもあったのではないでしょうか。

でもこれをドラマでやるのは難しいですね。

投稿: 黒駒 | 2011年4月23日 (土) 17時37分

高収入さん、こんばんは~

もはや、天地人以上の物はないかと思っていましたが、ありましたね~

投稿: 茶々 | 2011年4月23日 (土) 18時05分

えびすこさん、こんばんは~

以前、どこかのページに書きましたが、何人もの男性経験を持つ事が悪しき事とされるのは、儒教が重視されるようになる江戸時代も半ばになってからで、戦国時代は、結婚・離婚を繰り返す事がペナルティになるという考えはありませんでしたので、もっと、たくさんの結婚をくり返した姫もいるかも知れませんね~

そういう意味でも、その時代にそぐわない現代の常識をドラマの中に持ち込む事はしないほうが良いような気がします。

ひとつ、そのように設定すれば、つじつまを合わせるために、ドンドンとあらぬ方向へ持っていかなくてはなりませんからね~

おそらくは、そのために、今回の江の結婚も、秀吉の思いつきにしちゃったんじゃないでしょうか?

投稿: 茶々 | 2011年4月23日 (土) 18時14分

黒駒さん、こんばんは~

なんか、今年の大河は、ややこしい事は全部、「わからない」とか、「ある人物の感情のまま」とかの理由か、もしくは、完全に無かった事にしてスルーするような気がします。

あそこまで、現代感覚だと、そうしないとストーリーが成り立たない気がします。

現代のドラマのストーリーをそのまま戦国時代に置き換えたとして見るほうがおもしろいのではないかと…

投稿: 茶々 | 2011年4月23日 (土) 18時19分

おっしゃるとおりです。三姉妹が江戸時代の価値観で考えているなぁ、とも感じていました。
今は俳優もスタッフも時代劇になじみの薄い世代が中心なので、「現代感覚」が番組に入っているかもしれないですね。
ただ今年は15年前の「秀吉」と、演出的なコンセプトはほぼ同じだと思います。あの年もコミカルな場面がありました。
あと中国や韓国の大河ドラマの影響か、日本の大河ドラマが「薄味」に感じる人が多いようですよ。次の時間台にTBSで大人気の「JIN」をやっていると、余計に影が薄く感じてしまいます(;´д`)トホホ…。中盤以降の挽回に期待。

投稿: えびすこ | 2011年4月23日 (土) 21時30分

えびすこさん、こんばんは~

歴史好きは、皆、仁に心がいっちゃってますね~3ヶ月は江も辛抱ですww

投稿: 茶々 | 2011年4月23日 (土) 23時34分

田渕久美子と言えば、篤姫の脚本家として知られていますね。

篤姫の成功に味をしめて、歴史の解釈を好き勝手にしているきらいが感じられます。視聴率至上の考え方がそうさせているのかもしれません。

篤姫は面白いと思いました。今回は二匹目のドジョウを狙っているのが見え見えの気がします。

投稿: さちが丘 | 2011年4月27日 (水) 14時13分

>さちが丘さん
いえいえ、今作に限らず時代考証を考慮していない事があります。戦国時代の人物の作品では、それが余計に目立つだけ(私観ですが)だと思います。意外と指摘されない明らかに違う点(方言を使わない点)もあります。
あの「秀吉」でさえ、いくつか時代考証を無視した場面があったんですから。
「二匹目のどじょうは失敗する」のはジェームズ三木さんが前例ですね。近い将来、「新撰組!」の三谷幸喜さんに、名誉挽回のチャンスを作ってあげたいと思います。

投稿: えびすこ | 2011年4月27日 (水) 18時34分

内容から少しそれますが、NHK大河ドラマを含めた時代劇にはいろいろな意味で、イデオロギー(的描写)は必要ないと思うんです。恋愛・結婚観、男性観とかも「イデオロギー」に含まれます。
大河ドラマで1960年代や1970年代の作品内容を知らないんですが、昔の作品はイデオロギー(的描写)があまり出てないような気がします。現代の作家(脚本家)はどうしても時事問題と関連させたがる印象です。

投稿: | 2011年4月27日 (水) 19時12分

さちが丘さん、こんばんは~

現代ドラマを、そのまま時代劇でやってるって感じでしょう。

勧善懲悪の娯楽時代劇なら、それで良いのでしょうが、大河ですからね~

NHKさんは、そういった「大河だから…」というのを壊したいのかも知れません。

投稿: 茶々 | 2011年4月27日 (水) 23時56分

えびすこさん、こんばんは~

個人的には、作家の好みというのはあっていい…いや、むしろ、あるべきだと思います。

それでないと、同じ時代の作品は、皆、同じような描き方になってしまいますからね。

しかし、現在の一般常識や価値観をそのまま持ち込みながら、主人公を魅力的に描こうというのはムリがあると思います。

投稿: 茶々 | 2011年4月28日 (木) 00時01分

私も、このドラマを最後まで見る事は出来ませんでした。当時は、男女共に(身分に関係なく)行動や結婚や職業選択の制限があったのに、主人公だけあんな考えと奔放な行動じゃね~とツッコミました。

投稿: クオ・ヴァディス | 2015年5月 6日 (水) 17時21分

クオ・ヴァディスさん、こんばんは~

ある意味、歴史に残る大河ドラマでしたね。

投稿: 茶々 | 2015年5月 7日 (木) 02時40分

茶々さん、おはようございます。
私は国際政治を専門にしましたし、今でも西欧社会の人との関わりがありますし、母方がクリスチャンなのでどちらかと言いますと西欧史が得意です。
ハプスブルグの格言で他国は戦争しても我らは婚姻で勢力を伸ばすと言う内容がありますが、ハプスブルグは婚姻関係で欧州一の名門になりました。
おまけに敵対しているフランス王朝とも結構婚姻関係が多いです。
と言いましても戦争は良くします。でもお互いに叩き潰すことはしません。そうすると第三者に利益が回ります。
そう言う様なつかず離れずと言う関係を仏墺はしていました。
それを見ますと何だか日本の方が悲惨な感じがします。
離婚もキリスト教文明の欧州よりも多いです。何だか本当に一期一会だと感じました。
アラブも政略結婚が多いですが、イスラムも結構仲が良くないと上手くいかないので日本はかなり特殊なのかなと思いました。
君主論は結構孫子と似ています。ある意味で言いますと人生教訓と言えるでしょう。
すみません、やはり西欧合理主義者の私からしますと江は酷すぎますが、日本史も理解しがたい感じがします。
英雄色を好むと言うのもド・ゴール、チャーチルはそうでないので今でも違和感を感じます。

投稿: non | 2015年6月27日 (土) 09時01分

茶々さん、こんばんは。
自慢じゃないです。それくらいに海外などの生活で日本の文化を忘れてしまいました。あまり好きでもないのですが、側室でも恋愛感情があるのは海外です。特にアラブ圏だとそうですが、日本は違いますね。スカルノの第三夫人になったデビ夫人も政略ですが、スカルノが好きになったので恋愛感情がありましたが、やはり日本は政略だけの打算だったのでしょうか?
そう言う点は気になります。ただ西欧を見ますと正室になる夫人と側室にあたる愛人で側室の方が身分が上と言うのは聞いたことが無いです。そう言う点がよく分かりません。
ところで世継ぎを生まないとヘンリー8世は離婚または処刑をしましたが、秀吉はそこまでワンマンだったのでしょうか?家康の世継ぎ関係も西欧だとあり得ないです。母親の身分とかを考えたらあり得ますが、同じ側室なのに差をつけたのは聞いたことが無いし、正室の子しか跡継ぎでないので遠い親戚が相続します。ジェーンオースティンの小説にはよく出てきます。
でも女性が相続することは絶対にないので日本よりも男尊女卑と言えるのかなと思いました。
比較文化を研究した私の西欧と日本の違いについてです。
すみません長々と書きまして・・・

投稿: non | 2015年6月27日 (土) 18時29分

nonさん、こんばんは~

秀吉がよく言われるのは「人たらし」ですね。
人に上手に使われるし、人を上手に使う…駆け引きもウマイと思います。
ワンマンでは無いように思いますが、あれだけ出世したわけですから、自分自身の才覚に、それなりの自信はあったでしょうね。

投稿: 茶々 | 2015年6月28日 (日) 02時33分

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