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2011年4月 6日 (水)

世界を見たから日本が好き!志賀重昂の愛国心

 

昭和二年(1927年)4 月6日、世界的な地理学者・評論家として知られる志賀重昂が63歳の生涯を終えました。

・・・・・・・・・・・

志賀重昂(しがしげたか)・・・
徳川譜代の岡崎藩の出身ゆえか、維新がなった明治政府には入らず、札幌農学校を卒業後は教員の道へ・・・

Sigasigetaka500 しかし、トラブルを起こして免職・・・東京へ出て丸善に務めていた明治十七年(1884年)、イギリスが朝鮮半島南部の沖に浮かぶ巨文(コムン)を占領したというニュースを聞きます。

気になってしかたがない重昂は、海軍兵学校の練習艦・筑波便乗して対馬へ・・・巨文島占領の状況を探るとともに、列強進出の危機感を訴え、対馬の重要性を指摘します。

さらに・・・
かねてより、ダーウィン『ビーグル号航海記』に夢中になっていた彼は、「日本のダーウィンになりたい!」とばかりに、再び筑波に便乗して、フィジーサモアの南洋諸島からオーストラリア、果てはニュージランドまで・・・南太平洋一帯を巡ります。

一学者として、南半球の地質や動植物、そして人種や民俗を観察して記録したいというのが、主たる動機だったようで、帰国後には、その記録をまとめて、『南洋時事』なる著書を発表します。

これが大評判となり、重昂は一躍、地理学者としての名を挙げるのですが、まだまた、その活躍は留まりまりません。

後に、重昂の事を評して
「国を愛するが故に故国にとどまった者は多いが、国を愛するが故に遠くに赴いた者は少ない」
と言った人がいます。

そう、実は、重昂は、外国に行けば行くほど、日本のすばらしさに気づくのです。

鹿鳴館(ろくめいかん)(11月28日参照>>)に代表されるように、明治の頃に吹き荒れた欧米化の嵐・・・あの福沢諭吉でさえ、『脱亜入欧』を唱えていた時期です。

そんな時に、時流にクギを刺すがのごとく、重昂は『日本風景論』を発表し、さらに機関紙『日本人』を創刊しました。

とは言え、なんでもかんでも日本を讃え、欧米文化を跳ね除けようというのではなく、宗教や道徳や美術といった日本古来の物を守り、政治や生産制度などの日本の良きところは残しつつ、欧米に見習うべき所は、しっかりと日本風にアレンジして導入する・・・という、まさに見事な思想でした。

さらに特筆すべきは、明治三十一年(1898年)、第1次大隈内閣の外務省勅任参与官をやっていた時に起こった小笠原諸島の南方にあるマーカス島を巡っての領有問題・・・

この時、いち早くこの島を『南鳥島』と改称し、東京府小笠原支庁の管轄にしちゃった手腕はお見事!

現在でも、この南鳥島と与那国島を結ぶ間で、日本の実効支配が可能な事を考えると、その功績は大きいです。

そして、晩年の大正十三年(1924年)には、インドからイランイラクなどアラビア半島を巡る中、未だ日本人がほとんど訪れた事の無いオマーンに入って、アポなしで王宮を訪問・・・当地の君主への謁見にも成功しています。

突然にも関わらず友好的に迎えてくれた君主は、
「君ら日本人は、なんで、アラブにけぇーへんねや?
ここで、日本人が商売や産業起こしてくれたら、ウチの発展にもつながるし、日本かて儲かる・・・お互いの親睦も深まるし、ええ事ばっかりやん」

と語ったとか・・・

この言葉に、重昂は心を撃ち抜かれたと言います。

これまで「アラブ人は攻撃的で怖い人たち」という先入観を持っていた重昂・・・
しかし、この優雅で高貴に満ちた君主の態度に、一発で、これまでの自分の誤解を、心から反省しています。

60歳を過ぎても、まだ未知なる物に興味を抱き、そして自分が間違っていた事には素直に反省する・・・日本を守りつつも外国を受け入れた若き日の柔軟な精神を、彼は、生涯、持ち続けていたんですね。

昭和二年(1927年)4 月6日、63歳になっていた重昂は、左ひざの関節炎の手術を行った後、静かにその生涯を閉じたと言います。

「領土問題はない」とか言いながら、はっきりした態度をとらないリーダーが、仮免で運転する今日この頃・・・重昂のようなき然とした態度をとるためには、使命感に満ちた愛国心とともに、その愛国心に溺れる事の無い冷静な学問的知識、さらに、柔軟に事を見る目も必要・・・

仮免では、なかなか、難しいのかも知れません。

ちなみに、「日本ライン」「恵那峡」を命名したのも重昂さん・・・日本の美しさを再発見し続けていたんですね~
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明治・大正・昭和」カテゴリの記事

コメント

こんにちわ、茶々様。
今日の記事も面白かったです。海外に住んでいる私は重昂さんに共感できる所が多々ありました。
私は日本という狭い国で生活している時は日本の環境が当たり前だと思い、日本の良さに気付きませんでした。
しかし、日本から外国にでると・・・
日本人の勤勉さや、仕事に対する情熱・誇りを持っている事。また、年上を敬う気持ちや親切心などの道徳感。
日本とはあまりにも違い過ぎる外国での環境で当初は悩みました『なぜこの国は・・・』『なぜこの国の人々は・・・』
でもある時『なぜ日本人は仕事に誇りを持てるのか』『なぜ日本人は規律社会で生きれるのか?』『なぜ・・・』と考えるようになりました。
そんな答えを探しながら茶々さんの記事を毎日 楽しみにしている私です。

これからも楽しい記事を毎日 楽しみにしてますので頑張ってください

投稿: DAI | 2011年4月 7日 (木) 11時49分

外国に行ってみないと、日本の良さがわかりませんね。ミネラル水は買って、飲むのが普通という国もあります。チップもいります。治安もいい所ばかりではありません。

投稿: やぶひび | 2011年4月 7日 (木) 12時16分

DAIさん、こんにちは~

今回の震災は不幸な事ですが、一方では世界中で日本人の民度の高さが絶賛されていますね。

アメリカの大学では、「なぜ、日本では略奪が起きない」といったテーマでディスカッションする講義もあったとか…

そんな日本を誇りに思います。

投稿: 茶々 | 2011年4月 7日 (木) 17時59分

やぶひびさん、こんにちは~

そうですね。
日本のレストランで、母国よりも、すっと良いサービスをしてくれたので、チップを払おうとしたら、「仕事ですから…」と受け取らなかったと、観光に訪れた外国人の方が驚いておられた事がありました。

外国に行って日本の良さを感じる…それは、ひとえに、日本が素晴らしいからですね。

投稿: 茶々 | 2011年4月 7日 (木) 18時03分

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