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2011年12月26日 (月)

『延喜式』ってどんな物?

 

延長五年(927年)12月26日、醍醐天皇の命で、藤原時平によって編さんが開始された『延喜式』が完成しました。

・・・・・・・・・・・

『延喜式(えんぎしき)とは、朝廷の儀式・作法・事務手続きなどの格式(きゃくしき=律令制における法令)で、平安初期の制度を知る事の出来る重要な文献です。

  • 1巻~10巻神祇官(じんぎかん)関係
    神社の社格や祭祀神事とそれに従事する神官に関する法令
  • 11巻~40巻太政官(だいじょうかん=司法・行政・立法を司る最高国家機関)の各省庁に関する法令
  • 41巻~49巻その他の官司(かんし=官庁・官人組織・人事)に関する法令
  • 50巻=上記のどれにも当てはまらない雑格・雑式に関する法令

以上の50巻で構成されています。

もちろん、これまでも、あの『大宝律令』(8月3日参照>>)に始まる律令制度の骨格となる様々な法令集が出されていたわけですが、ここに来て『延喜式』という集大成的な物が編さんされる・・・

実は、この時期、『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』など、奈良時代に『大宝律令』が生まれるのとほぼ同時期に『古事記』『日本書紀』が編さんされたのと同様に、国の歴史に関する事も、やはり新たに綴られています。

そうです。
この時代は、後に「延喜の治」と呼ばれる誉れ高き天皇中心の時代・・・第60代・醍醐天皇が、摂関を置かず、天皇親政による理想の政治を行ったと評価されている時代です。

後に、足利尊氏らとともに鎌倉幕府を倒して、天皇中心の世を理想とした後醍醐天皇(8月16日参照>>)は、生前、自ら、後醍醐という号を希望していたと言われますが、それは、この醍醐天皇の時代を夢見ていたからです。

とは言え、この醍醐天皇の時代は、これまでの律令がやや崩れ始めていた時代でもありました。

現に、醍醐天皇の前代の宇多天皇は、権門(有力貴族・寺社)を抑制し、小農民を保護する方向への回帰を強く願ってしました。

すでに、班田収受法も延喜三年(904年)の伊勢国での記録を最後に実施される事も無くなっていたようですから、もう、崩れてしまっていたのでしょう。

つまり『延喜式』は律令制復活の最後の試みとして行われた法令編さんだったのです。

・・・と、最後と書いてしまいましたが・・・

Fuziwaranotadahira600 実は、醍醐天皇の命を受けた藤原時平(4月4日参照>>)によって編さんが開始されたこの『延喜式』・・・その時平が若くして亡くなってしまうので、弟の藤原忠平がその後を継ぎ、延長五年(927年)12月26日完成をみるのですが、結局は、その忠平と醍醐天皇の次代・朱雀天皇の治世では、律令制支配は完全に放棄されてしまう事になるのです。

たとえば、班田収受法の場合、戸籍・計帳に基づいて、政府から人民へ田が班給され、死亡者の田は政府へ収公されるわけですが、すでに、多くの貧困農民と少数の富裕層の間に生まれた格差は広がる一方で、そうなると税から逃れるために貧困層は偽籍・逃亡をはかり、個人を把握できなくなってしまい、人民支配による租税収取が不可能となってしまうわけで・・・

そこで、人ではなく、土地そのものへ課税する形へと移行するわけで、これまでの班田図に代わって、新たに、土地の台帳となる基準国図が作成され、それを監視して租税収取する国司を中央から派遣するわけですが、この国司が、税だけでなく、祭祀・行政・司法・軍事などの権限も持っていますから、管内では絶大な力を持つ事ができたわけです(11月8日参照>>)

もはや王朝国家体制となって、藤原一族に独占されてしまった中央政界からはじかれた者が現地で、あるいは、地方へ行くのがイヤだからという者に全権を任された現地の豪族が・・・国司として、その絶大な力を持つとともに武装し、やがて武士の時代へ・・・という流れになります。

そもそもは、律令体制の回帰を目的として編さんされた『延喜式』ですが、皮肉な事に、それが最後のあがきとなって律令体制は崩壊していく事になりました。

・・・と、今回は、『延喜式』誕生の流れについて書いてるうちに、その内容に触れる事ができませんでしたが、また、別の機会に、その内容についても紹介させていただきたいと思いますのでお許しを・・・・
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コメント

醍醐天皇さん、ややこしい時期にややこしい法典を編んで下さったものですが、後世の後醍醐天皇への影響など思想史的な意味はありますね。

日の下に新しきものなし、革命は常に復古の形を取りますから。モデルが無いとダメみたいです。どっかの素人政党のように。

投稿: レッドバロン | 2011年12月26日 (月) 23時17分

レッドバロンさん、こんばんは~

何か、こう…スカッする改革をズバッとやっていただきたいですね~

投稿: 茶々 | 2011年12月26日 (月) 23時41分

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