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2012年1月25日 (水)

江戸文化の知識が集うサロン・木村蒹葭堂

 

享和二年(1802年)1月25日、江戸時代中期の大坂で、一大サロンを開いていた木村蒹葭堂が67歳の生涯を閉じました。

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大阪市西区・・・地下鉄・西長堀駅近くにある大阪市立図書館の敷地・・・江戸時代、ここに、大きな邸宅が建っていたと言います。

その邸宅に住んでいた人が木村蒹葭堂(きむらけんかどう)・・・と言っても、お察しの通り本名でははく、実際の名前は孔恭(こうきょう)と言い、号を巽斎(そんさい)と称し、通称は坪井屋吉右衛門だそうですが・・・

「蒹葭」とは(あし)の事で、邸宅の庭に井戸を掘った時、古い芦の根が現れた事から、自宅の書斎を「蒹葭堂」と名づけていたのですが、彼がこの名前をずいぶんと気に入っていた事から、いつしか、彼自身の事を蒹葭堂と呼ぶようになったのです。

Kimurakenkadou600 元文元年(1736年)に、大坂北堀江の造り酒屋の長男として生まれた蒹葭堂でしたが、生まれつき病弱だった事から、父親は、彼に家業を継がせる事が難しいと考え、家を手伝う事よりも、庭に草木など植えて親しみ、心癒しながら生活するよう勧めました。

それが、彼の生涯を通じての出会いを演出します。

そうやって草木に親しんでいると、自然に様々な事を覚えて行くもので・・・しかも、彼が成長するにつれ、それが植物学へと変化・・・さらに博物学へとジャンルはどんどん広がっていきます。

やがて、10代の少年となって、漢詩書画を習い始めると、これまた天才的な才能を発揮しはじめ、周囲を驚かせます。

15歳で父親が亡くなったために、結局、家業を継ぐ事になるのですが、20歳で結婚したお相手が、これまた資産家の娘だった事で、金持ち+金持ち=大金持ちとなり、もともと持っている探求心を満足させるべく品々を集める事ができて、一大コレクターとなるのです。

その種類は書画・骨董だけでなく、書籍や地図、鉱物標本や動植物標本など多岐に渡ります。

さらに、出掛けて行って物産会で品評してみたり、あるいは、自宅で漢詩の勉強会を定期的に・・・いわゆるサロンのような物を開いたりした事で、蒹葭堂の邸宅には、様々な人たちが集まって来るようになります。

そこに優れた知識人や文化人がやってくれば、当然、教えを請うたり、有意義な話をしたりして、更なる学識を高める蒹葭堂ですが、彼がスゴイのは、そんな文化人や大名などの特別な人たちだけでなく、商売人や植木屋やら、ごくごく普通の一般人にも、サロンの門を大きく開いていた事・・・

なので、彼のところに訪れた人は、のべ9万人にものぼるとか・・・以前、ご紹介した江戸の天才変わり者=司馬江漢(しば こうかん)さん(10月21日参照>>)も来てたみたいですよ。

もちろん、彼自身も、幼い頃に才能を見出した書画や博物など、自分磨きも怠らず、文学出版にも携わり、オランダ語ラテン語も身につけていたと言います。

とにかく、蒹葭堂が誰かと会えば、そこに学問を論じ合う場が生まれ、蒹葭堂が物に出会えば、そこが研究室となる・・・

おかげで、彼のサロンには、ダチョウの羽やら、クジラの骨やら、なんやワケのワカラン物を持ち込んで来る人が後を絶たなかったとか・・・でも、そんな物でも、由来がわからなければ、すぐに調査して、いつも回答を導きだしていたそうです。

さらに、スゴイと思うのは、最高クラスの文化人が一目置く「知識の宝庫」であるにも関わらず、本人は文化人と称する事なく、あくまでも1人の一般人として生き抜き、決して驕る事が無かったのだとか・・・だからこそ、9万人もの人が、彼のサロンに訪れたのでしょうね。

享和二年(1802年)1月25日「知の巨人」「知の怪物」と呼ばれた木村蒹葭堂は、この世を去ります。

それから、ほどなく・・・春の頃に、このサロンを訪れた人物が、蒹葭堂が亡くなった事を知らされて、
「大坂にては、今、人物なし。蒹葭堂一人のみ・・・」
蒹葭堂のいない大坂なんて、クリープを入れないコーヒーのようだと言わんばかりに、彼の死を嘆いたのだとか・・・

はるばる江戸から、蒹葭堂に会いに来たその人は、『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)で有名な滝沢馬琴(ばきん)(11月6日参照>>)・・・

さぞかし、怪物との論議を楽しみにしていた事でしょうに、残念ですね~。

彼の死後、その蔵書の多くは幕府の命令により、昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)に納められ、現在は内閣文庫に収められているとか・・・
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コメント


蒹葭堂さんの勉強に対する態度は理想の形かもしれませんね。
好きだと思ったり疑問に思ったことを、調べて勉強して知識を増やしていく。

かっこいいですね(o^-^o)

投稿: ティッキー | 2012年2月 3日 (金) 17時57分

ティッキーさん、こんばんは~

ホント、人間…こうありたいですね。
見習わなくては!

投稿: 茶々 | 2012年2月 4日 (土) 02時04分

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