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2012年5月29日 (火)

江戸時代の帯結び…「呉服の日」に因んで

 

5月29日は、ご)(ふ)(く)の語呂合わせで、「呉服の日」という記念日なのだそうで、今日は、ちょいと着物のお話をしましょう。

歴史好き&武将好きの男性陣には、少し、退屈なお話かも知れませんが、時代劇の衣装にも通じるお話なので、少々のおつき合いを・・・

・‥…━━━☆

Kimonootaiko400 ・・・と、右の写真は、お友達のお写真を拝借させていただきましたが、ごくごく一般的に見る着物姿ですよね?

ご存じだと思いますが、この帯の結び方をお太鼓結びと言います。
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「あぁ、やっぱり、着物は伝統的でいいなぁ」
と、思われる方も多いかと思いますが、

実は実は・・・
このお太鼓結びは、意外に歴史が浅いのです。

もちろん、今や、お店屋さんなんかでも、50年店舗を構えていれば「老舗」と称されますから、そういう意味では、これも伝統のある着物姿には間違いないのですが、思ってる以上に近年の・・・という事です。

Harunobuutiwauri600 たとえば・・・
←コチラは、鈴木晴信の描いた『笠森おせんと団扇売り』(東京国立博物館蔵)ですが、現在、巷で一般的に見る着物姿と比べると、ちょっと違和感ありますね~

そうです。
帯揚げと帯締めが無いのです。
 .

Obizimeobiagw 着物に関心の無い方のために、一応、写真をup→しときますと、帯の真ん中で結んであるのが帯締め、帯の上部にチョコッと見えるのが帯揚げ・・・

そう、この帯揚げと帯締めは、お太鼓結びをするために考案された物で、そのお太鼓結びをする以前には無かった物なのです。
もちろん、お太鼓に膨らみをもたすために中に入れる「枕」もありません。

あ、スンマセン・・・
厳密に言うと、帯揚げ&枕は無かったですが、帯締めは飛鳥時代頃からあって、それこそ、着物を前合わせで整えるためにベルトのように使っていたわけですが、現在のように、お太鼓の形を整えるために帯の真ん中に締めるという使い方をしなかったという事です。

・・・で、このお太鼓結びが生まれるのは江戸時代も末期・・・それも、深川の芸者さんが、ちょっと違った結び方という事で考案された物で、その後、一般の女性の間に広まったのは明治四十年(1907年)頃からだそうで・・・つまり、それまでは一般女性はお太鼓結びなる結び方はしていなかったわけですね。

なので、もし、幕末や明治の始め、あるいは江戸時代のドラマで、お太鼓を結んでいたら、これは間違い・・・って事になるわけですが、

これが、どうしてどうして・・・ちゃんと守られてます。

さすがは、テレビ局の衣装さん・・・感服ですm(_ _)m

まれに、バラエティ番組の再現ドラマ的な物では見かけたりもしますが、某公共放送さんは、それもありません・・・見事です!

では、それまでは帯揚げ帯締め無しで、どうやって結んでいたのか?

これが、現在の浴衣の結び方を思い浮かべていただくとわかりやすいです。

現在の浴衣の帯は、「半幅帯」(現在の一般的な帯の半分ほどの幅なので)と呼ばれる物ですが、このサイズの帯は江戸時代にもありました。

Kainokuti これを、現在の浴衣のように、リボン結びにしたり蝶々の羽根みたいに結んだり、他にも、いわゆる「貝の口」→という、男性の角帯にも結ぶ結び方、あるいはそれをアレンジした「矢の字」「吉弥結び」など・・・
これなら、帯揚げも帯締めもいりません。

ちなみに、「吉弥結び」の「吉弥」というのは、元禄時代に大人気だった歌舞伎役者さんの名前・・・

それこそ、平安時代などは、帯は紐のような物でベルトのように使っていたのを、戦国時代に少し太くなって、ドラマでお馴染の、お腹のあたりで結ぶアレになって、江戸時代に入ってから、現在のように15~16cmほどの幅の帯を胸の下あたりに結ぶようになった時、吉弥なる人気役者さんが、貝の口をアレンジしたような結び方をして大流行した・・・ってわけです。

もちろん、その倍の幅の現在の帯くらいの帯も、江戸時代の途中から登場します。

現在の帯は、ちょっとよそいきの「袋帯」と、普段着使いの「名古屋帯」ですが(違いを話してると長くなので省きます)、これも、お太鼓結びのために考案された帯で、江戸時代から明治のそれは、よそいきが「丸帯」で、普段着が「昼夜帯」というのが主流だったようです。

Bunko_3 結び方は、丸帯の場合は、主に「文庫」→という、時代劇で武家のお嬢様が結んでいる結び方(「仁-JIN-」のさきさんが、いつも結んでました)、あるいは、「立て矢」という大奥のお女中が結んでいる蝶々の羽根が斜めになった感じの結び方など・・・

一方、町人の普段使いの昼夜帯は、「角出し」「引っかけ」といった、結びめを最後まで引き抜かないで帯の端をおしりのあたりで止めておいて、輪になってる部分を上からダラリと垂らす感じ?の結び方・・・

Tunodasichacha ←は、私が自分で結んだ「角出し」ですが、これは、現在の「京袋帯」を使用しているので長さが足らないため、帯揚げと帯締めを使用していますが、4mくらいの長さのある袋帯か昼夜帯でなら、帯揚げ&帯締め無しで結べます。

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「昼夜帯」というのは、表と裏が別の柄になっている帯で、基本は、表が白博多帯地で裏面が黒の繻子(しゅす)だった事で、その色目から鯨帯(くじらおび)とも呼ばれていましたが、徐々にその柄行も素材も豊富になり、表裏が別柄=両方使えるという、今で言うリバーシブルという意味で昼夜帯と呼ばれるようになりました。

Dscf1450a800_2 →は、私の私物の昼夜帯ですが、今は作られてなくて、アンティーク以外では、なかなか手に入らないようです。

結んだ時は、前の胸に来る部分の半分~3分の1くらいを裏返して、裏の模様を見せるのがカッコイイ着方・・・私のは、たまたま裏が茶色ですが、時代劇などでは、やはり黒の繻子の物を、よく見かけます。

ちなみに、私、某公共放送の「タイムスクープハンター」という番組が大好きなのですが、これに出て来るお嬢様方は、この昼夜帯を、そのようなカッコイイ結び方で着こなしておられます。

って、事で、本日は、呉服というより、帯の結び方に終始してしまいましたが、このような目線で、時代劇を見てみるのもオモシロイですよ。

それこそ、武家のお嬢様と豪商のお嬢様、水商売のおカミさんに茶店の女の子・・・と、ドラマのスタッフさんは、力を入れて、それぞれに見合った変化のある帯結びを披露して下さってますヨ。
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コメント

京都は十三参りで、大人の着物を着るそうですね。私は、着物はあっても、もう着る機会はなさそうです。

投稿: やぶひび | 2012年5月29日 (火) 22時55分

江戸時代の歌舞伎座は 舞台もさることながら、客席はそれ以上に華やかで、幕間にはお客のお召し替えがあって、美と贅を競ったとか。

町方の女性は武家風の、武家の女性は町方風の、扮装をして楽しんだとか。普段は許されませんが、劇場の桟敷限定のコスプレですね。

そう言えば、私達の若い頃には、歌舞伎座でデートという定番がありました。

女性は着物を着て行くのが目的で、芝居とデートはあくまでその手立て。断じて、その逆ではありません。確かに、日本の着物には、それだけの値打ちがありますよね。

投稿: レッドバロン | 2012年5月29日 (火) 23時25分

やぶひびさん、こんばんは~

タンスの肥しはもったいないですよ!
着ましょうよ。

いつのほどからか「着つけ教室」なんてのができて、何となくルールに縛られてる感がありますが、もともとは、ルールなんてなくて、皆自由に来てたんですから…

投稿: 茶々 | 2012年5月30日 (水) 00時32分

レッドバロンさん、こんばんは~

>歌舞伎座で着物デート…

イイですね~
歌舞伎座だと、ちょっとだけよそいきスタイルですかね。
古き良き…ですね。

投稿: 茶々 | 2012年5月30日 (水) 00時34分

着物の着付けって少し時代を遡るだけで結構違うんですね。
浮世絵や明治時代の写真など見ていると、今よりもずっと動きやすそうな着方をしていて、それがなんとも粋で素敵だと思います。
着物が普段着だった時代を感じられて面白いです。

投稿: | 2012年5月30日 (水) 02時20分

こんにちは~コメントありがとうございます。

そもそもはルールなんて無く、自由に着ていた着物ですからね。

今の着方でも、帯揚げ&帯締め無しで着るだけで随分と楽です。

おっしゃる通り、毎日普段着として着て、それで仕事してたわけですから、楽な着方でないとやってられないですものね。

今となっては、そっちの着方のほうが粋な気がします。

投稿: 茶々 | 2012年5月30日 (水) 16時07分


着物を着ると日本っていいなぁ、って改めて思います。

少し昔の人の気分に近くなれる気がします(o^-^o)

投稿: 瀬名 | 2012年6月10日 (日) 20時41分

瀬名さん、こんばんは~

>着物を着ると日本っていいなぁ、って改めて思います。


ホントですよね~
なんだか気分もシャキッとします。

投稿: 茶々 | 2012年6月10日 (日) 23時07分

 とても分かり易くまとめられていて、知りたい事柄が学べました。また、茶々さんの「感じ方」や「考え方」が私と似ているようで、とても共感を覚えました。
 近頃、私は、和服を始めとする日本の文化・伝統にやたらと興味がわき、ネットで調べまっくています。が、茶々さんの説明ほどよくまとめられているものを見たことがありませんでした。感激です。今から茶々さんの他のブログを見て回ります。楽しみです。
 茶々さん、有難う御座います。
                        齢五十の男より

投稿: マビ | 2015年4月14日 (火) 18時48分

マビさん、こんばんは~

着物は、きつけを習って、一応自分で着られる程度ですし、その文化についても、まだまだ勉強中で、お恥ずかしい限りですが、これを機会に、またブログに遊びに来ていただけるとウレシイです。

コメントありがとうございました。

投稿: 茶々 | 2015年4月15日 (水) 03時17分

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