« 「私はコレで飛ばされました」~浜松藩主・井上正甫の失態 | トップページ | 日本史の新発見&発掘…2012年総まとめ »

2012年12月25日 (火)

大河ドラマ「平清盛」…最終回を見て(感想)

 

終わりましたね~
大河ドラマ「平清盛」・・・

以前もチョコッとお話しましたが、毎年、大河ドラマの放送直後には、少なからずの影響を受けるこのブログ・・・今年は、それはもう、大変お世話になりました。

おそらくは、人気の時代の戦国や幕末と違って、源平争乱の時代を扱っているサイト自体が少なく、そのぶん検索に引っ掛かりやすいのだと推測しますが、運営してるコチラとしてはウレシイ限りで、一日のアクセス数が10000を越える日も少なく無く、それを機会に、頻繁に見に来てくださるような方もおられ、大河さまさまであります。

PC版では、右サイドバーに「Web拍手」という、このブログ内の人気のページをランキングするブログパーツを表示しておりますが、現在1位の「信西さんのページ」>>をはじめ、「崇徳天皇の怨霊のページ」>>「源義朝と常盤御前のページ」>>など、現在12位の「藤原頼長のページ」>>に至っては、大河が始まるまでは、かなりマイナーなページだったのですが、大河をキッカケに沢山の方々に見ていただいて、とても光栄に思います。

こんなに恩恵を受けていたら、悪口は書けないな~っと思うばかりですが、そんなしがらみを棚の上に置いてみても、今回の「平清盛」は良い大河だったと、個人的には思います。

昔ながらの大河ファンの皆様にとっては「アレで?」というツッコミもあろうかと思いますが、ここ3~4年のがトンデモなかったので、私としては「久々に大河らしい大河を見せてもらった」という印象です。

全体のストーリーとしては、ほぼ『平家物語』に沿っており、飛びぬけて逸脱する事は無かったわけですが、『平家物語』自体が軍記物なので、その内容には創作も含まれているぶん、ドラマのストーリーも、おそらく史実では無い部分もあるのですが、見ていておもしろかったので、私としては○です。

ただ、作り手の方の難しさとしては、ベースが『平家物語』でありながら、題名が「平清盛」で清盛が主役であった事・・・

『平家物語』が、有名な「祇園精舎の鐘の声…」「序文」から「殿上の闇討ち」(11月23日参照>>)平忠盛の出世に始まり、最後に、「大原御幸」後白河法皇が出家した建礼門院徳子に会いに行って思い出を語り、「女院死去」(12月13日参照>>)徳子の死を以って終わるのは、それが、まさに平家の盛者必衰の理を現わしていて、それこそが完結となるのですが、基本、主人公の誕生から死までを描く大河ですから、清盛の死を以って終わらねばならないわけで・・・

そこのところをどうなさるのか?素人ながら気になっておりましたが、鉄則通り、主人公の死を最終回に持って来られましたね。

その点、その後の源平の戦いや壇ノ浦(2008年3月24日参照>>)での安徳天皇の入水(2007年3月24日参照>>)をはじめ、個々の人物の最期が、源頼朝の語り中心になってしまうのは致し方無いところです・・・むしろ、それしか方法がありませせん。

ただ、個人的にチョイとばかり残念だったのは、木曽義仲の登場がまったく無かったという事でしょうか?

確かに、この清盛の死は、その前年の治承四年(1180年)の10月に富士川の戦い(10月20日参照>>)があって、11月に福原から都を戻して(11月16日参照>>)、12月に南都焼き打ち(12月28日参照>>)して、年が新たまった2月ですから、その直後の墨俣の戦いでは平家が勝利(3月16日参照>>)、義仲は、その3ヶ月後の6月の横田河原の合戦(6月14日参照>>)にて、やっとこさ驚異的存在となるわけで、平家を都落ちさせるには、さらに1年かかるわけですから、描かずとも話を進める事はできます。

しかし、それなら源義経も同じ・・・義経に至っては、もっと後の、その義仲の追討【(1月16日参照>>)で以って、やっと主役クラスになるので、なぜに、ドラマの中で、あれだけスポットを当てたのかが疑問なのです。

そのために、弁慶の立ち往生(6月30日参照>>)まで描かなくちゃいけなくなった気がしないでもない(><)

おそらく、お母さんの常盤御前にスポット当てちゃったために・・・ってな感じでしょうが、一方では義仲のお父さん(8月16日参照>>)も、確か出てたと思うんですが、コチラは、その記憶が曖昧なくらいアッサリしてたような???

いや、良いんです・・・義経にスポット当てても・・・なんせ、頼朝さんの弟だし・・・

ただ、義経にスポット当てるなら義仲も・・・結局、義仲をまったく無視した事で、最終回のナレーションだけでは、誰が平家を都落ちさせたのか?がウヤムヤになってしまっているような所が、歴史好きとしては非常に残念です。

歴史好きでない方が、予備情報なく、あの最終回を見た場合、なんとなく頼朝&義経コンビが平家を都落ちさせ、そのまま壇ノ浦まで持って行ったみたいな造りになっていたみたいな気がしてなりません。
(放送時間の関係もあるのでしょうが…)

清盛臨終の場面に関しては、ほぼ『平家物語』の通りでしたね(2月4日参照>>)

皆々へのひと言が、何やら、学園ドラマの最終回の卒業式を思わせる長さではありましたが、1年の長きに渡ってのドラマですから、主人公の最後の場面としてはアリだったかも知れません。

頼朝と西行の対面の場面(10月15日参照>>)も描かれていましたし、そこに登場した北条政子「銀の猫を子供が…」と、さりげなく言うところなんぞ、そのエピソードを知ってる者から見て小気味良かったです。

また、「清盛なくして武士の時代は無かった」として、清盛の夢を頼朝が継ぐという発想は斬新でしたね。

その両者の繋がり方を支持するかどうかは別として、「新しい試み」としては評価できると思います。

なんせ、清盛&頼朝という超有名人なわけですから、いつも同じに描いていたら、新しいドラマとは言えませんから・・・

そして、役者さんのガンバリが見えた大河でもありました。

それこそ「アレで?」とおっしゃる方もおられましょうが、平均年齢が若いワリには、皆さんガンバっておられたとい思いますよ。

特に主役の松ケンさんは、そもそも20代の役者さんが、40代・50代で出世する人物を演じる事自体が難しい中、晩年の表情・・・

そして、それと対比するかのように、最終回の最後の場面で登場した、海の底にある都へと海中を泳ぐ若き日の表情・・・

まるで別人のごときすがしがしい少年のような表情での登場は、まさに有終の美と言っても良いかも知れません。

おそらくは、松ケンさんも、スタッフの皆さまも、視聴率の低迷と、それにともなう酷評に悩まされた1年だったかも知れませんが、冒頭に書かせていただいた通り、私にとっては、久々に大河らしい大河でした。

気になるのは、「視聴率の低迷を受けてテコ入れを行った」てな事を巷で聞くのですが、だとしたら、「NHK様も視聴率をお気になさる」という事で、今後の大河が幕末・戦国のくりかえしとなり、さらに、ウケ狙いの、ここ何年かのトンデモ大河に戻ってしまわないか・・・って事・・・

どうか、その点はテコ入れする事なく、今後も、人気の無い様々な時代の歴史人物にスポットを当てていただきますよう、一視聴者として希望しますですm(_ _)m

以上、つたない感想ではありましたが、1年、楽しませていただきました事、たくさんのお客様に、このブログを見ていただいた事を感謝しつつ、このページを終わらせていただきます。

*追記:平清盛と平家物語に関してのその他のページは【平清盛と平家物語の年表】からどうぞ>>
 .

内容が「よかった」と思っていただけましたら
右サイドバーsoonにあります【拍手!!】を・・・
ブログ内の人気ページとしてランキングされます(゚ー゚)
あなたの応援で元気100倍!

    にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ



 

 


|

« 「私はコレで飛ばされました」~浜松藩主・井上正甫の失態 | トップページ | 日本史の新発見&発掘…2012年総まとめ »

源平争乱の時代」カテゴリの記事

大河ドラマ・時代劇」カテゴリの記事

コメント

このブログを松ケンや、関係者の皆さんに読んでいただきたい!ホントにあの若さで、やんちゃな若武者から老獪な権力者まで、実に見事に演じられたんでは、と思います。始まって間もない頃、坂東玉三郎さんが褒めちぎりながらも「まわりの雑音に惑わされずに、このままの姿勢で行ってほしい」と、仰ってましたが、つらい状況になることを予感していたんでしょうかね。大体、受け狙いの軽いモノが視聴率がいいことが多いと思うのですが、視聴率至上主義のテレビドラマとしては関係者の皆さんはキツイ1年でしたでしょうか?歴女としては「良かったよ~~~」と大声で言ってさしあげたい。

投稿: Hiromin | 2012年12月25日 (火) 21時58分

茶々様、メリークリスマス。
「平清盛」個人的には、久方ぶりにハマった大河ドラマでした。武士の世界だけでなく、朝廷の濃い人間関係や平安京(宮)のビジュアル、歌に日記と、これまであまり映像で見ることのなかった世界を見せてもらって…大変刺激を受けた一年でした。脇を飾る役者さん方もホント良かったと思います。信西に頼長に崇徳院…数え上げるとキリがないです。
仰る通り木曽殿(兼平や巴も!)の出番がなかったのは残念ですが、壇ノ浦での知盛の台詞や、頼朝と西行の会話など、元ネタ前提でニヤリとさせられた場面も多々あった最終回で(^_^)v。
現実に数字=視聴者ウケを考えるとアレなのかもしれませんが、NHKさんにはまた面白き挑戦をしていただきたい!と願っております。

投稿: 千 | 2012年12月25日 (火) 22時12分

茶々さん、こんばんは!

何やかやと言われ続けた「平清盛」ですが個人的には良き終わり方をしたなぁーと思います。

改めて思うのは「この場面でのあの解釈はこうも考えられるのか、こんな解釈もありなんだな!」って事に気付かされた感じです。

信西入道が目指した「かの国」(=中国)の国造りも中国・宋の社会規範をちゃんと知っとかなければ嘘は語れないなと感じ、改めて学び直しているところです。

某雑誌に書いてあったのですが、清盛が成し遂げようとした体制を実現したのが室町幕府第3代将軍の足利義満との事。

確かに、太政大臣となり、源氏長者(→これには源氏に限らず、平家もなれたそうですよ!)となり、堺という港も掌握して勘合貿易という形で「平清盛」でいうところの“武士の世”を体現しましたからね。

また、小規模ですが清盛の傍にあってそのやり方を観て交易により富を得たのが平時忠ではなかったという事です。

時忠は入水する事なく、能登へと配流されますが、この能登も中国と交易する上で重要な港でした。

さらに、その隣である越前も平家累代の知行国で敦賀港は国際交易の玄関口でした。

こうした清盛らが遺したノウハウを時忠やその一族・子孫たちは受け継ぎ、「時国家」という大富豪になります。

実はこれこそが信西入道が目指そうとした新たしい階級だったようですよ。

ps.
番組の終盤で小兎丸が海賊として新たな船出をするシーンがありました。

彼らは瀬戸内の海賊、あるいは壱岐・対馬の海賊、いや倭寇として、信西入道や清盛らが果たせなかった「かの国」=中国社会を見聞する事ができたのかな?と思わせる船出のシーンっぽくて印象深かったです。

投稿: 御堂 | 2012年12月25日 (火) 23時09分

茶々さま こんばんは。

私も、このブログのお蔭で
清盛を数倍深く楽しむことができました。

最終回。
確かに義経のシーンは長かったですね。
ただ、平家を離脱した頼盛が
頼朝にあてた手紙の最後に
「一蓮托生」という文字があったので、
平家はあくまでも一蓮托生で、
源氏は世代が変わってもやはり
身内同士で戦う(殺し合う)という対比を
最後にもう一度出したかったのか、と
いう気もします。

あと、私も御堂さんと同じで
小兎丸の新たな船出の場面は
とても印象深かったです。

それと、時子が「源氏物語」ファンという設定なので
徳子が「上皇様だけが私の光る君です」と言ったり、
清盛が最後に「そなただけが私の紫の上じゃ」と言ったりしますが、
これらのセリフって、
時子が平家の中で放ち続けた影響力の大きさを表現しているのかな~と感じました。
宗子さんも影響力大きな女性でしたけど、
時子は何と言っても、安徳天皇と宝剣を抱いて入水した方ですからね。

私も「源氏物語」は好きなので
源氏物語をはさんでの夫婦の会話とか、
勝手にスピンオフ妄想が広がりました(*^_^*)

投稿: hana-mie | 2012年12月26日 (水) 00時13分

Hirominさん、こんばんは~

ホント、良かったですよね~
おっしゃる通り、ウケ狙いの軽い物に移行する事無きようお願いしたいです。

投稿: 茶々 | 2012年12月26日 (水) 01時32分

千さん、メリークリスマスxmas

そうですね。
けっこうニヤリとするエピソードがところどころに入っていましたね。

おっしゃる通り、「こんなにハマったのは初めて」とおっしゃる若い方が多いのは、それだけ、ここ何年かの大河が大河らしくなかったからではないか?と思います。

むしろ、録画してシッカリ見たいからこそ、皆が録画して、視聴率が悪かったのかも…

投稿: 茶々 | 2012年12月26日 (水) 01時40分

御堂さん、こんばんは~

御堂さんのコメントで、昔、能登半島を旅した時に「時国家」に行ったのを思い出しました…そうでしたね。

番組の中でも、交易に関しては「足利の…」というナレーションがありましたね。
やはり、清盛の夢を頼朝が継ぎ、さらに源氏の足利義満の日明貿易に…という事でしょうね。。。

小兎丸の場面…
実は、私も印象深かったんですが、慌てて書き忘れてしまいました~(*´v゚*)ゞ
ほんの少しのシーンでしたが、あれは、良かったですね。
清盛の夢が、それぞれに受け継がれていく様が表現されていて、さわやかな終焉のシーンとなりました。

昨年と今年の脚本家さんは、歴史にあまり明るく無い方だと聞きましたが、今年の方は、それが良い方向にでて、少々突飛ではあるものの、おっしゃる通り「こんな解釈もありやな」と思うイイ大河でした。

投稿: 茶々 | 2012年12月26日 (水) 01時54分

hana-mieさん、こんばんは~

義経のシーンはおっしゃる通りでしょうね。
もう少し時間が許されるなら、やはり義仲や範頼のシーンも入れて、対比していただきたかったです。

「そなただけが私の紫の上じゃ」のセリフも良かったです。
あれだけ、時子さんが、何度も「光る君」「光る君」と言っていた中で、たった1度の清盛の返しは最高でしたね。

私としては、こんな感じで、今度は義仲が見たいなぁ~~って思います。

投稿: 茶々 | 2012年12月26日 (水) 02時06分

「平清盛」あもしろかったです。
あんなに大河ドラマにくぎ付けになったのは、真面目に見始めた天地人から初めてです。(o^-^o)

「平清盛」はすごく伏線の回収が上手だなと思いました。保元の乱で一蓮托生を崩そうとした頼盛が、最後に一蓮托生と書いた手紙を残したり、時子への「紫の上」のセリフとか、一つ一つに光る演出や言葉があって、スタッフの皆さんや脚本の努力が感じられました。

いままで、頼長さんや信西さんのことは全く知らなかったです。それどころか平家の面々も今回は登場場面が無かった?敦盛さんくらいしか知らなかったので、ドラマのあとに茶々さんのブログやネットを通して、ああ、平安ってこんなに面白い時代なのかと気づかされました。( ^ω^)

確かに義仲はでませんでしたね。私は大姫を登場させたので、てっきり義高のエピソードまでいれるのかと思ってました。

投稿: ティッキー | 2012年12月26日 (水) 13時42分

はじめましてでございます。
数日前にこのブログのことを知り、大変興味深く見させて頂いています。
大河、終わりましたねぇ。
色々と言われていましたが、やはり江のようなものが存在した後では、存外、見れるものであったと思います。
私としてはやはり、清盛が主役というところで多少の判官贔屓をしているところがあるかもしれませんが。
私の論としましては、清盛なしにその後の武士の世界は存在しない、というものでして。
しかし、まあ意見もいろいろありましたが、
非常に気に入らないものもありました。
どこぞやの首長だかが、画面が汚い、というのをのたまわったそうな、、、
まったくもって恥ずかしい限りであります。
そんな意見に耳を貸す必要なんぞはありません。
老人もここまで堕ちたかと、
アホはアホらしく、ナンチャラ保護団体とかとつるんでいろよ、というものでございます。

まあ、いろいろありましたが

最近では天知人、江がやはり群を抜いた酷さでございましたが、

トンデモ大河は御免被るということでございます。
失礼致しました。

投稿: 総長代行 | 2012年12月26日 (水) 18時06分

はい・・・終わりましたね・・・
今日はもう水曜日なのに、いまだ、私は、海の底の都におりまする。

心待ちにして見始めた今年の大河。巷では最低とか最悪とか評されて散々でしたけど、私は、とても大満足な一年でありました。

登場人物について、いっぱい調べたり勉強したりもしました。
まるで、あっち(平安末期)の世界にいるようでした。

最終回は、よくぞあの45分に収まったなと思うくらいのサービス満点の内容でしたね。
時忠さんをねぎらい、頼盛さんを励まし、こよなく一門を誇らしげに讃える清盛さんは、限りなくステキでした。

茶々さん、コメント多くてたいへんやろうけど
、みなさん、同じ感想を述べてくださってるのが嬉しくて書いちゃいました^^;ごめんね。

投稿: 真田丸 | 2012年12月26日 (水) 19時46分

メリークリスマス!清盛終わったんですね。こちら南加州では、あと少し最終回まで待ちます、数週遅れての後追い放送ですから。楽しみです、面白い大河ドラマだったと思いますし、役者さんもすごくがんばってたと思います。世間の評価は残念ですね、良かったのにな~

投稿: minoru | 2012年12月26日 (水) 23時35分

ほとんど見ませんでした。以前にコメントさせて頂いたように、皇室尊崇・皇統護持を教化の柱に置く神社界では、皇室を王家と呼ぶコトに異議を申し立てる神主も多々居ました。殊に奈良の吉野山に鎮座します吉水神社の宮司さんなどは、NHKに対する苦言を呈してます。僕自身も、そこに非常な違和感や嫌悪感を抱いたため早々にリタイアした次第です。幾ら内容的に良い部分が有っても、皇室の権威を低下させる作りのドラマを絶賛するわけにはいきません。

投稿: マー君 | 2012年12月26日 (水) 23時42分

ティッキーさん、こんばんは~

私も、大姫が出て来た時は「ひょっとして」と思いましたが、それこそ、義仲はかなりの重要人物ですので、一旦出すとなるナレーションのみで済まされない状況になるので、やはり、時間の関係でカットされたのかも知れませんね。

個人的には、延長してやってもらっても良かったのですが…

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 01時19分

総長代行さん、はじめまして

やはり、アレとアレはスゴかったですね~
見終わった後にツッコミたくてウズウズしてしまい、逆に「平清盛」より多くの感想をupしちゃいました~(*´v゚*)ゞ

>どこぞやの…
あの方は、最終回が終わった後のインタビューでも、まだ言うてはりましたね。
楽しんで視聴していた県民の方が気の毒です。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 01時29分

真田丸さん、こんばんは~

ネットのレビューを見ると、酷評しているのは、視聴率という数字だけを見ているマスコミの方々ばかりで、内容をシッカリ見ている視聴者からは「イイ大河だった」との声が多いように思います。

私も、最後の海の底の都へ向かう清盛の表情が忘れられません。
松ケンさん、よくやりました!

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 01時37分

minoruさん、メリークリスマスxmasです

やはり、役者さんのガンバリが感じ取れますね~
主役が若い役者さんのため、後半は、さらに若い方ばかりになりましたが、それを感じさせない演技でした。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 01時42分

マー君さん、こんばんは~

神職というお立場でしたら、なかなか難しいかも知れませんね。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 01時44分

茶々様、初めまして。
『清盛』を一年、熱心に見ていた者です。茶々様が『清盛』を誉めて下さって、本当に嬉しいです。
今年の『清盛』に対する逆風はホント酷かった。ネット上でも、『清盛』を支持してるブロガーが攻撃されたりしたんです。そんな中、(歴史にこれだけお詳しい)茶々様が認めて下さったのは嬉しいです。それでは。

投稿: からあ | 2012年12月27日 (木) 02時16分

こんにちは。
私もここ数年の大河ドラマの中では
一番良かったと思いました。

ただ、そろそろそこまで演技力が
あるわけじゃない若い人を毎回毎回主役に
抜擢しなくてもいいんじゃないかなぁ。
と思いましたよ。

武田信玄のころに若かった中井さんとかは
すごくカッコ良かったのは覚えているのですが・・・。

投稿: Onitsuka | 2012年12月27日 (木) 07時20分

はじめまして。

低迷と言われてた『平清盛』ですが、今まで大河ドラマに興味がなく見た事がなかった私が、何かのきっかけで『平清盛』をふと見た日からのめり込んでしまった作品です。

歴史な事も無知に等しい私であまり何も言えませんが、毎回次回放映が待ち遠しくとても良く出来た素晴らしい作品だったと思います。

この作品をきっかけに歴史にとても興味を持つようになりました。

このブログも『平清盛』を検索してる時に発見!。

これからちょくちょくおじゃまさせて下さいませ♪。

投稿: がっちゃん | 2012年12月27日 (木) 08時56分

はじめまして。
いつも拝見してます。

茶々さんのブログ、ここに寄せられた多くのコメントを見て嬉しく思いました。
私も今回の大河はかなり当たりでした。
感情移入させておいて終盤で一蓮托生で堕ちてゆく様はまさに諸行無常。
他にもNHKとは思えないエロティックな描写や男色の描写。知事に汚ないと言われた平安末期の市井の荒れよう(武士の狼藉が描かれてなかった分まだ控えめ)と一方で歌や舞い、双六、今様に耽り政治を行おうとしない貴族社会。そんな中で政治を断行しようとした頼長や信西や清盛。
史実として描くところはしっかり描き、平家物語(新・平家)がベースの逸話も「ああ、こういう風に入れてきたか」とニンマリさせてもらいました。

視聴率の観点で言えば、戦国のように多くの人がよくご存知の時代をホームドラマ路線で強引に描く(江)のではなく、今回のようにあまり知られていないテーマをホームドラマで描いたら受けていたのかなと思います。(篤姫のように)
私としては今回の描き方で充分ですけど。

投稿: 平信長盛 | 2012年12月27日 (木) 11時43分

からあさん、はじめまして

おっしゃる通り、熱心に見ていた者からみれば良いドラマだったと思います。

>ネット上でも、『清盛』を支持してるブロガーが攻撃されたり…

そうなんですか?
このブログでも、けっこう褒めてたんですが、攻撃的な書き込みは無かったですね~
まぁ、好みは千差万別なので、「嫌い」という人がいるのは当然だと思いますが、私はおもしろかったです。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 13時23分

Onitsukaさん、こんにちは~

>若い人を毎回毎回主役に…

そうですね~おっしゃる事はよくわかります。
今回の場合だと義経…幕末なら高杉晋作や吉田松陰のように30歳前後で亡くなる方なら納得ですが、40代・50代から歴史の表舞台に立って活躍する人物を20代の方が演じるのには、少々違和感があったのは確かです。
今回の平清盛では、「そのワリに頑張っていらしたな」とは、思いますが、なぜに?その人選をなさったのかは、疑問に思うところがありますね。
逆に、一昨年の坂本龍馬は享年より10歳も年上の方でしたが、なにか、そこにスタッフさんの意図があるのかも知れませんね。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 13時44分

がっちゃんさん、はじめまして~

>この作品をきっかけに歴史にとても興味を持つように…

イイですね~
そうして、歴史好きのお仲間が増えるのは、一歴史好きとしてウレシイです。

また、遊びに来てくださいませ!

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 13時48分

平信長盛さん、こんにちは~

そうですね。
ここ何年かの大河は、「汚い物は見ない」「嫌な事は無かった事に」みたいな傾向があり、おっしゃる通りのホームドラマでした。

個人的好みもありますが、私としては、酸いも甘いも描いてこそ大河ドラマだと思います。

投稿: 茶々 | 2012年12月27日 (木) 14時02分

「平清盛」最終回、なんで60分編成にしてくれへんかったん?!ってかんじです。
何せ大河史上平均最低視聴率だったらしいので、仕方ないのかもしれませんが。。。
確かに20時台に「小学生と一緒に観られる」というやわな作りではなかっただけに、わたしも録画組でございました。
詳しくない時代だけに「銀の猫」のエピソードも今、茶々さまのブログで確認したくらいで、お恥ずかしいかぎりですが、それでも毎週楽しく観られたのは、脚本の良さはじめ、関わった全ての方が良かったからに違いありません。
こちらにコメントを寄せられている方々も同じ思いのようで、嬉しかったです。
来年の大河はどうなるのか、楽しみです。
去年までのようなモノでないことを祈るばかりです。

投稿: やんたん | 2012年12月27日 (木) 14時18分

茶々さん始め、皆さんが絶賛してるのを見ると、昨年までのトンデモ大河に比べて内容が良かったってのが見て取れます。それだけに、天皇を王家と呼ぶ暴挙さえなければと残念で仕方ありません

投稿: マー君 | 2012年12月27日 (木) 21時57分

やんたんさん、こんばんは~

私も…
低視聴率にシュンとするのではなく、「何とかしたい!」という出演者さんやスタッフさんの頑張りが見えるような気が、なんとなくしてました。

来年も楽しみです!

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 00時50分

マー君さん、こんばんは~

私のような単なる歴史好きとはお立場が違うので難しいですね…

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 00時53分

大河で院政期という難しい時代を取り上げてくただけでも、感謝です。

歴史好きの人達からの支持が厚かった印象を受けますが、ドラマとしては欠点も長所も極端。

とくに主人公の清盛という権力者の政治判断の基準や、内面的な価値になると、何だかさっぱり判らない?
(例えば、あの時代、出家するのは大変な人生の決断でしょうに。坊主頭になっただけの感じとかです。)


一方においては、今様を愛した後白河院の永遠の青年のような艶のある声や立ち姿、后や中宮の十二単の色彩や袴姿の美しさ…は素晴らしかったです。ヅカ出身者の大活躍でしたね。

正直なところ、平家の主流に近くなる程がっくり。むしろ、周辺部が光ったドラマでした。

どうせなら、大河で「源氏物語」を。平家の次はコレに決まってると思うのですがね。

投稿: レッドバロン | 2012年12月28日 (金) 05時39分

レッドバロンさん、こんにちは~

確かに、ツッコミたい部分もあるにはあるドラマでしたが、私としては、総合的に見て「頑張ったドラマ」ではないか?と評価しています。

少なくとも、昨年のように「視聴者をおちょくってるの?」と思うようなところは無かったですし…

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 13時36分

私も最近の大河では、重みがあり良い作品だと思いました。最初は正直、清盛より周りのキャストの個性が光っているように感じだのですが、中盤以降のマツケンさんには迫力を感じましたし、一門の若手俳優さんも頑張りを感じました。宗盛の苦悩にも、今までの大河と違う文学のような深みを感じる場面がありました。最終回の遺言の場面はまとめすぎたかなとかんじましたが…。大河ドラマのストーリーからそれてしまいますが、宗盛ついて、私は子供思いで、家族思いなところが好きです。棟梁の器量はなかったかもしれませんが、野心家でなく良き家庭人だったのだと毛おもいます。鎌倉で罵声をあびせられながらも命乞いをする話を思いだすたびに、哀れで胸が苦しくなり涙ぐんでしまいます。そのうち墓所に供養に行きたいとまで思っています。私と同じように思っている方はいるでしょうか?また、安徳天皇と時子は何故入水したのか考えてしまいます。女性は生き延びている人が多いし、幼い天皇が死罪になるとは思えない…。時子の意地があったのか、それとも状況的に難しい何かがあったのでしょうか。ご存知の方、あるいは推測でも良いのでご意見をいただければと思います。とにかく今回の大河は テーマ的にも単に視聴率だけで評価できない重いものを抱えた良い作品だと思いました。最終回だけはNHK的なまとめかたを感じましたが大河ドラマゆえ仕方がないのかなと感じました。

投稿: ぶうこ | 2012年12月29日 (土) 19時53分

ぶうこさん、こんばんは~

あくまで、個人的な推測ですが、私としては「時子の意地」…いや「平家の意地」であったような気がします。

それは、安徳天皇だけでなく、三種の神器の一つ天叢雲剣を抱えて入水した事…

それ以前から、平家が三種の神器と安徳天皇を奉じて都落ちした事で朝廷は、「神器無しで新天皇を擁立すべきか」「神器の帰還を待つべきか」に分かれ大騒ぎとなり、平家に神器の返還を要求したりしています。
(この時は、平時忠が「僕ら(平家)が都に戻ったら神器も一緒に戻ります」てな返事をしてます)

結局、落ちた平家を、一刻も早く賊軍にしたい朝廷は、神器の無いまま、安徳天皇の異母弟の後鳥羽天皇を践祚させますが、『玉葉』の中で九条兼実は、この事を「希代の珍事」と言ってます。

また(宗盛さんがお好きなようなのでご存じかも知れませんが)、平家が屋島にいる時、朝廷は、一ノ谷で捕虜となった平重衡の身柄と三種の神器を交換するよう働きかけますが、「重衡を助けてやってほしい」と願う時子に対して、宗盛は、「それはできない」と断固拒否します。
そして、その返答をする時、宗盛は、自らを「官軍」と称しています(吾妻鏡)。

それこそ、勝手な妄想ですが、このやりとりの時に、時子は、「万が一の時は、安徳天皇と神器をもったまま逝こう」と思ったような気がしてならないのです。

兼実が書いているように、現天皇もいない&三種の神器も無い譲位は「希代の珍事」で、本来なら、天皇と三種の神器を奉じている以上、平家が官軍なわけです。

つまり、重衡の命と引き換えにしてでも守った以上、「意地でも渡さない」「意地でも官軍のまま終えよう」というのが、時子の気持ちだったのではないかと…(完全に妄想入ってますが)

投稿: 茶々 | 2012年12月30日 (日) 03時34分

茶々さま。ありがとうございます。私も何となく納得できるご意見です。違う道を選ぶならば、事実上、後鳥羽天皇に譲位したかたちになっているので(平家はそう思っていないと思いますが)どのような立場になるかわかりませんが、生きぬくこともできたのではと残念です。時忠さんは生き延びてますし、清盛直系の男子のみが命を絶てば犠牲者は少なくすんだのはでないかとも思います。徳子腹でない子供、守貞親王(?)はその後承久の変後、子供の即位で表舞台にでてきとき、たしか知盛さんの娘が活躍したような(どういう関係か忘れました)…。宗盛さんは、武士としての覚悟のない臆病者ゆえに哀れを感じ、また後白河院と強調しようと妥協案を出しても拒否されて、清盛さんの強行路線による怨みの犠牲になったような気がします。元々は後白河院と親密な関係があったようですから。まあ 平家全盛の時なので 妥協していたのかもしれませんが。潔さを価値とした人が死に向かうときは美意識がはたらくかもしれませんが、そうでない人の死は哀れです。余談ですが、自分が小心者で気骨もないので、宗盛さんに同情してしまうのだと思います。歴史は常に残酷な出来事ばかりで幸せな人生を終えた人は少ないですからね。話がそれましたが、一つ自分のなかで推測とはいえ、疑問に思っていたことに光が差し込んできた気がします。

投稿: ぶうこ | 2012年12月30日 (日) 08時09分

今回の大河ドラマは知的好奇心をくすぐられたものでした。「平清盛」は社会の授業で必ず習うものですが、「諸行無常の・・・」や「平家蟹」「琵琶法師」など、どちらかというと清盛が死んでからの内容のほうが頭の中にあり、実際「平清盛」は何をした人なの?というところから見入りました。
視聴率が低いのがなぜだかわかりませんが、個人的にはとてもためになったドラマになりました。
 より深く歴史を知ることができる。それが大河ドラマのいいところですよね。
「平清盛」大変感謝です。

投稿: さすらい | 2012年12月30日 (日) 08時12分

ぶうこさん、お返事ありがとうございます。

このあたりのお話は、驕れる平家も久しからずを描くために、物語の上では多少の創作も入り混じっているのでしょうが、いずれも、哀れさと潔さが交錯して、今なお人々の心を揺さぶる物語として語り継がれていっているのでしょうね。

投稿: 茶々 | 2012年12月30日 (日) 14時55分

さすらいさん、こんにちは~

おっしゃる通りですね。
まずはとっかかりとして大河ドラマで興味を持ち、そこから「史実としてはどうなの?」と調べ始め、複数の説がある事や、様々な角度から見る事を知り、自分なりの妄想を考えて行く…それが楽しいのですよね~

投稿: 茶々 | 2012年12月30日 (日) 14時59分

こんばんは。
「平清盛」を見て、この時代を自分なりに調べるきっかけになりました。
特に保元・平治の乱の後、清盛が何をした人物なのか。帝が何代も替わっていることですね。
二条天皇と六条天皇については初めて知りました。特に六条帝はドラマの中で譲位後の詳しい説明が無かったように思いますが……。

一つ気になったのは、清盛の臨終ですね。
「頼朝の首を墓前に供えよ」という有名な台詞ですが、後ろに凄い勢いでバターンと倒れたのは不謹慎ながら笑ってしまいました。

投稿: ハルブル | 2012年12月31日 (月) 23時07分

ハルブルさん、こんばんは~

>後ろに凄い勢いでバターンと倒れた

「壮絶な死」というのを、画面から印象づかたかったんでしょうね。

この時代、天皇家も平家も「誰と誰が親子で誰と誰が兄弟で」っていうのがすごくややこしく、そのうえに、天皇家の場合は「誰を推してるのが誰」っていうのがくっつくので、よけいにややこしく、そこのところは、もう少し説明が入っていたほうがわかりやすかったかも知れませんね。

投稿: 茶々 | 2013年1月 1日 (火) 01時57分

清盛は、今までの大河の中で一番好きでした。でも評判が悪く悔しい思いをしていました。私には歴史の知識が無く、意見する事か出来ませんでした。なぜいいと思うのか、説明出来なかったからです。理由も言えないのに良いと思っていることが恥の様に思っていました。
偶然にもこのページを見つけ、読んですごく嬉しくなりました。
私も意見出来る人間になりたいとおもいました。

どれを読んでもとても読みやすく、心にスッと入ってきます。これからも楽しみにしてます。
そして、今までの分も目が通せるようにしたいと思っています。
ありがとうございました。

投稿: キラ | 2013年1月14日 (月) 22時58分

キラさん、こんばんは~

大丈夫…歴史を知らなくても、意見を言っても良いと思いますよ。
たとえ大河ドラマであっても、ドラマという限りは、最優先事項は「おもしろいか、おもしろくないか」「見たいか、見たくないか」ですからね。
その点では、好みの問題もあり、「おもしろくない」「見たくない」と思う方がおられる事も当然だと思いますが、私、個人としては1年を通して見て「おもしろかった」と思ったので、このような感想になりました。

励みになるコメント、ありがとうございました。
また、遊びに来てください。

投稿: 茶々 | 2013年1月15日 (火) 01時58分

茶々さまこんばんは

twitterの、このハッシュタグ
ご存知ですか?

 #清盛キャラがスマホだったら

凄い盛り上がりです)^o^(
史実よりは大河ドラマのセリフに
傾倒した内容ですが、笑えます(*^_^*)
そして何より、清盛ファンの愛を感じます。
あと、中にはしらっと史実とリンクさせている上級ネタもあります。

ご案内まで・・・。

投稿: hana-mie | 2013年1月21日 (月) 23時25分

hana-mieさん、こんばんは~

わぁw(゚o゚)w
スゴイですね~

見ている間にも、どんどんupされて…スゴイ盛況ですね~
たぶん、頑張っても全部は読めないんでしょうけど…オモシロイですね。

投稿: 茶々 | 2013年1月22日 (火) 00時03分

はじめまして。
スマホ使いだしてやっと投稿とか出来るようになりたまたまこのページ見つけました。
今さらですが私は松ケンが好きで〔平清盛〕を見てました。あの頃は低視聴率とか、汚いとか、言われてムカついていました。あの頃このページを知っていたらなぁと思いました。皆さんのコメント読みながら涙が出ました。やっぱりこのドラマの良さがわかる人が沢山いたんだなあと思いました、私のまわりにはこんな風に言う人いませんでしたから。
ホントに嬉しかったです、ありがとうございます

投稿: 洋子 | 2014年10月19日 (日) 00時52分

洋子さん、はじめまして~

途中のコメントにも書かせていただきましたが、このブログには、批判的な方は来られませんでしたよ(たまたまかもしれませんが…)。

私も、良い大河だったと思います。
また、お暇な時に覗きに来てくださいませ。

投稿: 茶々 | 2014年10月19日 (日) 05時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47570/48462562

この記事へのトラックバック一覧です: 大河ドラマ「平清盛」…最終回を見て(感想):

« 「私はコレで飛ばされました」~浜松藩主・井上正甫の失態 | トップページ | 日本史の新発見&発掘…2012年総まとめ »