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2012年12月27日 (木)

日本史の新発見&発掘…2012年総まとめ

 

いよいよ、今年も、残すところ、あと5日・・・

振り返れば、今年も様々な新発見があった1年でしたね。

大きく報道されたのは、6月に福岡県太宰府松本遺跡で発掘された『戸籍を記す最古の木簡』・・・7世紀末の飛鳥時代の物で、人名や身分や性別などが分かる16名分の戸籍が記されており、大宝律令以前の地方行政単位である「評(郡に相当)」の文字も見えるそうです。

これまで最古とされていたのが、奈良・東大寺の正倉院に伝わる『筑前国嶋郡川辺里(かわべり)戸籍』(702年)など・・・大宝律令の完成が大宝元年(701年)ですので(8月3日参照>>)、まさに、今回、それ以前の戸籍が初めて発見された事になります。

近くには大宰府政庁跡がある事から、その発掘場所近くにも役所があった可能性が高いとの事・・・おそらく、まだまだ、何か発見されるんじゃないでしょうか?

個人的に気になったのは、あの奈良の藤ノ木古墳の埋葬者の一人が女装していた可能性が高い事がわかった事・・・皇族クラスの古墳でありながら、未盗掘という貴重な状態で昭和六十年(1985年)に発掘された藤ノ木古墳の二人の埋葬者が、皇位継承がらみの蘇我(そが)VS物部(もののべ)の争いに敗れて殺された穴穂部皇子(あなほべのみこ=北側被葬者)(6月7日参照>>)宅部皇子(やかべのみこ=南側被葬者)ではないか?と推理されていると、以前、お話させていただきましたが(9月15日参照>>)、そのお名前でわかる通り、どちらも皇子=男性なのですが、南側の被葬者がネックレスやブレスレット、足にもアンクレットとおぼしきガラス玉を巻いており、古墳時代の埴輪を見る限り、このような装飾品は女性に用いられる物・・・つまり、「女装して埋葬されていた」という事になります。

Dscn2539a900 藤ノ木古墳

そこで、考えられる推理は二つ・・・

古代の中国で「宮刑(きゅうけい)という、死刑に次ぐ思い刑が存在し、それが男性のアレを切り落とす刑だった事から、それを真似て、実際に切るのではなく、女性の恰好をさせて埋葬する事で、一種の見せしめの刑に処したのではないか?との事・・・

そして、もう一つは、生前の二人が男女のように仲が良かった・・・つまり、南側の方がオネェ系だったかも・・・実際に、「穴穂部皇子と宅部皇子は非常に仲が良かった」という記録も残っているのだとか・・・

もちろん、未だ埋葬者が誰なのかも特定されていませんから、女装に関しては、あくまで推理の段階なのでしょうが、個人的には後者であってほしい気がします。

いつの時代も恋愛は自由・・・「罰でさせられた」というよりは、生前のご本人に良かれと思ったおくり人のやさしき処置と思いたいです。

また、残念なニュースも・・・

2月には、大阪城の天守閣の西方にある武家屋敷跡の発掘調査で、係の方の連絡ミスにより、大坂夏の陣の焼土層を40cm~90cmくらい深く掘り過ぎてしまい、一部調査不能になってしまったのだとか・・・まぁ、誰も「わざと壊そう」とは思っていないわけで、おそらくは関係者の方も意気消沈なさってると思われ、残念ではありますが・・・

一方、これこそ残念なのは、まさに一昨日のニュース・・・『岡山市北区にある金山寺の本堂が全焼』・・・

あの宇喜多直家(うきたなおいえ)(10月30日参照>>)が再建に尽力したという天正時代の建物・・・未だ出火原因も特定されていないので何とも言えませんし、住職さんがご無事で何よりなのですが、重要文化財がなくなってしまうのは、やはり悲しいですね。

そんなこんなで・・・僭越ではありますが、今年、気になった歴史の発見&発掘を一挙まとめてみようと思います。

1月 京都府八幡市「古代寺院・美濃山廃寺(みのやまはいじ)跡」から、約30棟分の建物跡が出土…謎の寺院の伽藍配置が解明されるかも。
三重県明和町「斎宮跡」からひらがなで「いろは歌」の書かれた11世紀末~12世紀前半の土器の破片発見…いろは歌が書かれた物としては最古。
京都の清水寺「清水の舞台」は3度焼失…舞台下の地層約3mのところから3層の焼土が見つかりました。
京都市下京区興正寺で江戸末期の京都の地震や幕末&維新の動乱の時代の京都の様子を記録した僧の日記を発見…謎の部分を解明できる貴重な史料。
2月 奈良県橿原市「新堂遺跡」で、井戸の中から鬼の顔を墨で描いた平安時代後期の土器発見…井戸を埋める際に鬼を地中に封じ込める何かの呪い使われた可能性アリ。
邪馬台国か?と噂される奈良県桜井市纒向(まきむく)遺跡で、大型建物跡の南側に溝発見…建物跡と並行している事から柵の跡と考えられています。
3月 奈良県橿原市藤原宮跡で、重さ1tもある礎石が2個見つかりました…「建部門(たけるべもん)と呼ばれた門の可能性が高く、その礎石の大きさから立派な門であった事がうかがえるそうです。
4月 大阪府狭山市のため池から出土した窯跡ではないか?とされる遺跡から、瓦や煉瓦のカケラ約200点と須恵器のカケラ約1000点出土…5世紀~13世紀の数百年間に千基の窯があったとされる大規模な生産拠点だった事が証明されました。
5月 大阪府高槻市萩之荘南遺跡で、大規模な溝に囲まれた竪穴式住居跡や墓を発見…弥生時代末期の環濠集落跡とみられます。
6月 日本書紀などに名前だけ登場していた幻の人工池=「磐余池(いわれいけ)の推定値から池底跡を発見…出土した土器などから、鎌倉時代に埋められた事も判明しました。
7月 奈良県橿原市藤原宮跡で、約42㎡の建物跡発見…これまでに出土していた掘っ立て柱仕様ではなく、初めての礎石の建物跡という事で、格調高い皇族の使用した建物とみられます。
8月 奈良県上牧町久渡(くど)3号墳から中国製の銅鏡=「画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)」1枚を発見…残念ながら調査時の重機による掘削で真っ二つに割れてしまっていましたが、初期ヤマト王権の史料となりそう。
京都市中京区の平安京跡にある京都地方気象台の構内から、物資輸送のために平安時代初期に作られた運河の跡発見…平安京を南北に貫く運河で東西で2本あったうちの西側に当たるらしい。。
また、氾濫の跡も見られ、その土砂で造った秀吉時代の御土居(12月13日参照>>)の一部も確認されたとか…
9月 京都市中京区平安京跡から、「延喜式」(12月26日参照>>)などにその名が登場するも、平安時代に焼失してしまっていた『白虎楼(びゃっころう)』のものとみられる瓦100枚以上が出土…その文様から丹波国の職人が造営に関わっていた事がわかったとの事…
杏林大の松田和晃教授大潮平八郎の手紙を発見…20年前に購入した古文書を整理していて、今年発見されたそうで、乱を起こす2年前に門徒に宛てた手紙=原本だそうです。
11月 京都府木津市恭仁(くに)京跡から朝堂の建物跡発見…わずか4年間しか存続しなかった恭仁京の全容解明に近づきました。
京都市中京区の平安時代の貴族の邸宅跡から、平仮名が墨書きされた土器の破片が見つかりました…これまで10世紀に成立したとされていた平仮名が9世紀後半にすでに成立し使用されていた事を示す貴重な発見だそうです。
大阪府堺市北区ニンザイ古墳から埴輪が出土…埴輪の分析からあの仁徳天皇陵の次に築造された事が判明し、被葬者には履中(りちゅう)天皇(2月1日参照>>)の名があがっているとの事、さらなる研究に期待します。
12月 奈良県橿原市植山古墳石室を封鎖した跡が見つかりました…この古墳は、日本初の女帝=推古天皇(12月8日参照>>)とその皇子の竹田皇子(たけだのみこ)がいち時埋葬された場所ではないか?と言われる古墳ですが、それを、この後使用できないように封鎖してあったという事は、『古事記』にある推古天皇の改葬を裏付ける史料という事になります。

以上、今年気になった新発見のニュースをピックアップさせていたがきましたが、専門家で無い私の知るところのニュースでありますので、あくまで一般に公表&公開された公共性のある物である事、

また、関西在住という事もあり、さらにそこに、個人的な好みも加わっておりますので、少々、内容に片寄りがあるかも知れませんが、そこのところは独断の重大ニュースという事で、ご理解くださいませm(_ _)m
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コメント

初めまして\(^o^)/

秋にこのブログを発見して以来、
楽しく読ませてもらっています


私は今受験生で、日本史選択者なんですが、
しょっちゅうこのブログを参考にさせてもらっています◎

細かい流れが書かれているので、さらさら頭に入ってきます


これからも更新されるのを楽しみにしてます(*^o^*)


投稿: ヨウ | 2012年12月27日 (木) 18時06分

茶々さん、こんばんわ。
結構、ニュースがあるものですね。知らない(覚えていない)ものばかりでした。来年も無理せず歴史ファンを楽しませてください。

投稿: いんちき | 2012年12月27日 (木) 18時28分

1年間のまとめ!?ですか^^
歴史~今なお謎・不明な部分が実に多くあり
真実を知りたいという好奇心に掻き立てられ色々見聞きしていますが
その謎が少しずつではありますが明らかになってきていくようで
ワクワクしますね^^v
さて来年はどんな年になりましょう♪
茶々さま☆1年間、お疲れさまでした。
来年もよろしくお願いいたしま~す(*^^*)

投稿: tonton | 2012年12月27日 (木) 18時37分

ヨウさん、はじめまして。

たまに「実は…」てな感じで、教科書や一般的な説とは違う事を書いてたりしますので、そこのところは、ご注意を…

これからも、よろしくお願いします。

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 00時59分

いんちきさん、こんばんは~

発掘とかのニュースは、ものズゴイ新発見でない限り、なかなか全国ネットではニュースにしてくれないので、知らない事が多いですよね~

来年もよろしくお願いします。
ちょっと早いですが…

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 01時04分

tontonさん、こんばんは~

ちょっとずつではありますが、歴史は日々進歩していきますよね~
新発見があるとワクワクします!

来年もよろしくお願いします。
(まだ、記事を書くつもりですが、年末年始は忙しいので、とりあえず、先にごあいさつしときます(笑))

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 01時07分

今年は大変お世話になりました。

今年の夏、このブログを知り、それ以来、仕事の休み時間に、ほぼ毎日、拝読させていただいています(「拍手!」も)。

本当に為になるブログです。
文章も上手い!
日本史オンチの私が、かなり日本史好きになりました~。
ありがとうございました。

良き新年をお迎え下さい。

投稿: にわか | 2012年12月28日 (金) 15時52分

仕事納めですが、はじめまして。こちら東京は下町、墨田区・江東区の自然大好き人間の集まり「山歩クラブ」です。24日、東京都八王子市の景信山での餅つき大会のあと、八王子城へ赴き(昨年は滝山城)、羽柴茶々さんと巡りあいました。山域をまるごと味わうことをモットーとして下町のおっちゃんおばちゃんたちが専用バスを仕立てて出かけるわけですが、「土地の精霊」に惹かれることが多いのです。日本人の記憶、物語、伝承というかたちで惹かれていきます。またお世話になります。新年からよろしくご交誼のほどをお願いします。

投稿: ヤッホー君 | 2012年12月28日 (金) 19時38分

にわかさん、こんばんは~

励みになるコメント、ありがとうございます。

また、遊びに来てください!

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 21時31分

ヤッホー君さん、こんばんは~

史跡めぐりや山歩きをされているのですね。

私は、関西在住なので、八王子城は行った事は無いのですが、自然が溢れ、かつ歴史のある場所に行くのは、体の健康にも心の健康にも良い事ですね。

投稿: 茶々 | 2012年12月28日 (金) 21時41分

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