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2015年4月10日 (金)

安中藩主・板倉勝明~「安政遠足」侍マラソン

安政四年(1857年)4月10日、上野安中藩の第5代藩主=板倉勝明が、この世を去りました。

・・・・・・・・・・・

第4代上野安中(群馬県安中市)藩主=板倉勝尚(かつなお)の長男として生まれた板倉勝明(いたくらかつあきら)は、その父の死を受けて、わずか12歳で家督を継いで第5代藩主なりますが、父譲りの学問好きで、藩士たちにも学問を奨励し、藩校に有名な学者を招いて講義させるなどの教育改革を行う一方で、自らも執筆活動をこなしながら、様々な藩政改革をも積極的に行う名君であったと言われています。

そんな改革の一つが軍制改革・・・そう、勝明が男盛りの30代・40代を迎える頃は、時代がまさに幕末へと突入する頃だったわけで、早速、高島流砲術を導入して西洋式の訓練にも力を入れたのです。

中でも有名なのが、藩士たちの心身を鍛えるために行われた『安政遠足(あんせいとおあし)と呼ばれる武士たちのマラソン大会・・・

それは安政二年(1855年)5月に勝明が、50歳以下の藩士に向けて、実施要綱を発表した事に始まります。

  • 実施日=安政二年(1855年)5月19日より
  • それぞれ6~7名のグループを組んで、前日までに上司に届け出
  • 雨天決行…てか、どんな暴風雨でも実行する事
  • コースは安中城をスタートして碓氷峠(うすいとうげ)山頂の熊野権現までの29.17km
  • ゴールにいる神主から通過時間を記した書き付けを受け取ったら、城へ戻って大目付に提出する事(←って、往復かいな?)
  • 疲れや足痛によっての遅れは認めるが、馬や駕籠を使用した者は処罰する(←やっぱ、せやろな(^-^;)

と、こんな感じです。

・・・で、この発表で、ゴールとなる熊野権現の神主=曽根出羽(そねでわ)さんは、前日の18日に未明に峠を下って、代官と会い、到着時間と着順を記録するための割付札を50枚を受け取り、その日は坂本宿に宿泊・・・翌朝、早くに宿を出発する事にします。

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錦絵に描かれた坂本宿と碓氷峠:木曽街道六十九次「坂本」(国立国会図書館蔵)

ところが・・・この神主さん、
翌朝、ちゃんと、朝早くに宿を発ったにも関わらず、碓氷峠の峠の茶屋まで来た所で、安中城をスタートして走って来た7人の選手たちに追いつかれてしまいます。

「アカン( ̄Д ̄;;!こんなんやったら、到着時刻や着順を記録するどころや無いがな!」
と大慌て・・・

しかし、もうすでに、追いつかれてしまった物はどうしようもありません。

やむなく、彼らといっしょに走り、午前10時頃にゴールの熊野権現に到着・・・この日は遠足初日という事で熊野宮に御神酒を捧げた後、到着した選手たちに、力餅やお茶の接待をしたとの事・・・

とは言え、完全なる失態・・・藩主からのお咎めを覚悟した神主さんでしたが、その後もお咎めを受ける事なく、むしろ、何事も無かったかのように、順々にマラソンは実施されました。

なので、次からは、ちゃんと神社の境内にて待ち受け、しっかりと着順、時刻を記録して、やはり初日と同じように、到着した選手たちを労ったのだとか・・・

昭和三十年(1955年)に、かの碓氷峠の茶屋から発見された『安中御城内御諸士御遠足着帳』なる古文書には、その時の記録が残っているそうで・・・

・‥…━━━☆

●五月十九日巳ノ上刻頃参着

  • 黒田誠三郎殿
  • 黒川鐘之助殿
  • 粕瀬雅三殿
  • 倉林愛之助殿
  • 橋本鉞蔵殿
  • 竹内粂三郎殿
  • 丹所太平殿

●同 廿一日辰上刻参着

  • 弐番参着 小林房之進殿
  • 〃      和久沢文四郎殿
  • 壱番参着 根本国次郎殿
  • 三番参着 石井幸右衛門殿
  • 弐番    植栗荘蔵殿
  • 三番    山口徳五郎殿
  • 壱番    石塚吉十郎殿

などなど(記録はまだまだ続きますが…)

・‥…━━━☆

どうやら、5月19日~6月28日までのうちの16日間に、6~7名に分かれた藩士が順々に走ったようですが、そのうちの二人が2回走っているので、参加者は96名で、記録は98名分あるそうです。

それにしても、やっぱり初日の19日・・・

着順が書かれて無いし「巳ノ上刻‘頃’参着」って・・・やっぱり正確には書けなかったんですね~

「せめて、選手たちがゴールする所を見届けなくては!」と、神主さんがその責任感で以って、必死のパッチで彼らと一緒に走ったかと思うと、失礼ながら、ちょっと笑っちゃいますね。

ちなみに、この古文書の中には、一旦、割付札に書かれた記録を「もっと遅い時間に変更してくれ」と訴えたグループがあって、神主さんが時刻を書き換えた事も記されているのですが・・・

どうやら、(当然ですが…)若い者が早く走り、おそらく彼らの上司にあたるおっちゃんグループが遅くなってしまったために、若い者たちが遠慮して、わざわざ記録を遅く申告しようとしたらしい・・・って、接待ゴルフかいな!てな場面もあったようです。

それに、いちいち対応する神主さんも大変ですわな。

とにもかくにも、勝明は、この翌年にも軍制に関する命令を出しているようですので、おそらくこの先、もっと大きな波になるあろう外国との関係&国防についての意識が高かったものと思われ、まだまだやり残した事もあったのでしょうが、残念ながら、安政四年(1857年)4月10日彼は47歳の生涯を閉じました。

ちなみに、安中藩と言えば思い出す一昨年の大河の主役=山本八重(やまもとやえ=新島八重)さんのダンナさんで、後に同志社英学校を開設する新島襄(にいじまじょう=本名は七五三太(しめた))(1月23日参照>>)・・・生前の勝明は、彼の才能をいち早く見出して目をかけていたのだとか・・・

なので、一説には、この勝明さんの死が、襄が安中藩を脱藩して外国に渡る決意をする一つの後押しになったのでは?との見方もあるようです。

現在、群馬県安中市では、毎年5月の第2日曜日に、『安政遠足侍マラソン』なるマラソン大会が開催され、多くのランナーが「日本のマラソン発祥の地」を疾走する人気のイベントになっているそうですよ。
 .

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幕末・維新」カテゴリの記事

コメント

昔の人は歩くのも早いですね。

投稿: やぶひび | 2015年4月10日 (金) 09時59分

こんにちは。
いつも楽しく読ませていただいてます。

ところでこのお話、NHKのタイムスクープハンターでやってましたよね。ネットに転がってると思うので見てみてください。かなりリアリティを追求した番組なので実際の雰囲気を想像できて楽しいです。

また面白ネタを期待してます。

投稿: とんまのまんと | 2015年4月10日 (金) 13時18分

茶々さん、こんにちは!
安政遠足、現在では楽しい仮装行列イベントになってますよね(^▽^)

かなり前に書いた記事なんですが、トラックバックさせて下さい!

投稿: 御堂 | 2015年4月10日 (金) 15時54分

やぶひびさん、こんばんは~

>昔の人は…

はい。
よく徒歩でここまで行けるよなぁ~って思う場所まで、平気で徒歩で移動しはりますからね…
昔の人は…

投稿: 茶々 | 2015年4月11日 (土) 04時06分

とんまのまんとさん、こんばんは~

ハイ!私も見てました!
オモシロかったですね~

タイムスクープハンターは時代考証がスゴイです。
身なりや衣装はもちろんですが、以前、防人の回の時には、すべてのセリフに、現代誤訳の字幕スーパーが出てましたね。。。
そんなけ、こだわっておられるんでしょうね。

投稿: 茶々 | 2015年4月11日 (土) 04時13分

御堂さん、こんばんは~

トラバ、ありがとうございます。

>現在では楽しい仮装行列イベントに…

みたいですね。
それはそれで楽しそうですヽ(´▽`)/

投稿: 茶々 | 2015年4月11日 (土) 04時18分

一年も前の記事にコメしてすみません!

安政遠足マラソンのエントリーがそろそろかな?と
検索していたらここにたどり着きました(笑)

なるほど!神主さんもあの山道を走るとは
かなりの健脚ですよ。お咎め無くて良かったですよ(^-^)

面白い話をありがとうございます!
今年もエントリー出来たらこの話を思い出して走りたいと思います(^-^)

投稿: 遠足の銀さん | 2016年1月10日 (日) 12時10分

遠足の銀さん、こんばんは~

コメントありがとうございます。

そうですか、参加されるかも知れないんですね。
軽快な走りで気持ち良くギールできますように…
頑張ってくださいね!

投稿: 茶々 | 2016年1月11日 (月) 02時50分

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» 日本最初のマラソン大会―安政遠足 [歴史~とはずがたり~]
   日本でマラソン競争のような大会が最初に行われた場所を知っていますか? 昭和30年(1955)、それを裏付けられる史料が群馬県の碓氷峠に在る茶屋(現在のあづまや)で発見されました。『安中御城内御(おん)諸士御遠足(おんとおあし)着帳』というもので、こ…... [続きを読む]

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