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2016年7月25日 (月)

平経正の都落ち~平家物語より

寿永二年(1183年)7月25日、平家が安徳天皇を奉じて都落ちをしました

・・・・・・・・・・

ご存じの平安末期に起こった源平争乱・・・

平清盛(たいらのきよもり)を大黒柱に全盛を誇った平家(2月11日参照>>)でしたが、伊豆で挙兵した源頼朝(みなもとのよりとも)(2月9日参照>>)富士川の戦いで敗走(10月20日参照>>)して後に、福原遷都(11月16日参照>>)を決行した強気の清盛が亡くなって(2月4日参照>>)からは、その隆盛にも陰りが見え始める中、何とか頼朝軍は喰いとめるものの(3月16日参照>>)北陸で挙兵した木曽義仲(きそよしなか=源義仲・頼朝の従兄弟)(8月16日参照>>)に、
般若野(はんにゃの)(5月9日参照>>)
倶利伽羅峠(くりからとうげ) (5月11日参照>>)
篠原(しのはら)(6月1日参照>>)
と敗北して義仲軍が京の都に迫った事から、寿永二年(1183年)7月25日、平家は、時の天皇=第81代・安徳天皇(あんとくてんのう)を奉じ、三種の神器(さんしゅのじんぎ)を携え、一門揃って都をを去る事になったわけです。
(くわしくは【源平争乱の時代年表】からどうぞ>>)

これまで、このブログでは『平家物語』に残る「平家一門都落ち」の哀話の代表格として
【維盛の都落ち】>>
【忠度の都落ち】>>
をご紹介させていただいてますが、本日は、その2話とともに哀話の代表格とされる『経正の都落ち』をご紹介させていただきたいと思います。

・‥…━━━☆

Tairenotunemasa600a 本日の主役=平経正(たいらのつねまさ)は、清盛の異母弟=平経盛(つねもり)の息子・・・
つまりは清盛の甥っ子で、弟に、一の谷での悲話=『青葉の笛』(2月7日参照>>)でお馴染みの平敦盛(あつもり)がいます。

いよいよ都落ちとなったその時、経正は、わずか5~6騎の武者だけを従えて、御室(おむろ=現在の京都市右京区御室)仁和寺(にんなじ)(4月15日参照>>)へとやって来ます。

門前で馬から降り
「本日、いよいよ都を去る事になりましたが、ただ一つの心残りは法親王様の事だけなんです。
8歳で初めて、この仁和寺にて稚児としてお仕えしてから、13歳で元服するまで、病欠以外は、毎日お顔を合わせていましたのに、今日より後は、幾千万里の海の彼方…次はいつ帰って来れるかわからない状況は、ホンマ、くやしいです。
もう会われへんのちゃうか?と思て、もう一度だけ、法親王様のお顔を拝見したいばっかりに、ここへやって来ましたけど、すでに甲冑を帯び、弓矢を装備した無作法な姿ですよって、やっぱり、お声だけかけさせていただいて、このまま出発させていただきます」

経正から、こう呼びかけられた相手は、守覚法親王(しゅかくほっしんのう)・・・彼は、第77代・後白河天皇(ごしらかわてんのう)(10月26日参照>>)の第2皇子で、すでに仏門に入り、今や仏教界の頂点に登りつめる人物である一方で、御所として住まう仁和寺には多くの者が集い、管弦や和歌などの文化サロン的な雰囲気になっていたほどの文化人でもありました。

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仁和寺御殿の宸殿・南庭

「そのまま入って来てえぇで(*^-^)ノ」
との法親王の返答に、経正が甲冑を脱いで本殿の庭まで進むと、法親王はスダレを上げて
「もっと、コッチへおいで」
とのやさしい声・・・

床へと上がった経正は、ここまで持ってきた琵琶を自身の前に置きながら
「本日は、以前戴いた『青山(せいざん=琵琶の名前)をお返ししようと思いまして…
手放すのはツライんですが、これはもともと天皇家に伝えられた名品ですから、僕が持っていて何かあってはあきません。
もし、無事に戻って来る事ができたなら、その時、もう一度頂戴しますよってに…」

と・・・

この琵琶は、嘉祥三年(850年)に藤原貞敏(ふじわらのさだとし)なる人物が遣唐使の一員として(とう=中国)に渡った際に、琵琶の教えを請うた琵琶名人から授かった3面の琵琶のうちの一つで、皇室の宝とされていた物・・・

それが、経正が宇佐神宮(うさじんぐう=大分県宇佐市)に使者として出向く際に、はなむけにとその琵琶を拝領していたのです。

そう・・・実は経正は琵琶の名手・・・
その宇佐神宮の神殿でも、経正がひとたび琵琶を弾けば、曲の事などわからない庶民までもが感動の涙を流したほどの腕前なんです。

以前、必勝祈願のために琵琶湖竹生島(ちくぶじま)に詣でた時には、その噂を聞きつけた竹生島の僧が差し出した琵琶を経正が弾いたところ、一瞬にして空気が澄み渡り、感動した竹生島明神が白竜の姿となって現れた事もあったと伝えられるほど・・・

別れ際に、
あかずして 別るる君が 名残をば
 後の形見に 包みにてぞおく
 ♪
「別れるんは残念やけど…君の思い出の品、しっかり保管しとくよってに」

と法親王が、歌いかければ、

呉竹の 筧の水は かはれども
 なほすみあかぬ 宮の中かな
 ♪
「時代が変わっても、治世が変わっても、僕はやっぱ、ここが好きですわ」

と、歌で答える経正・・・

涙ながらの法親王との別れを終えて、部屋から出て来た経正を待っていたのは、数人の稚児と仁和寺の僧、そして雑用係の者までもが・・・皆が、経正の袂にすがって泣きじゃくります。

その中でも、幼少時代に、ともに仁和寺で暮らした頃から親しくしていた行慶(ぎょうけい)という僧は、あまりに別れがたく、桂川のほとりまでついてきますが、さすがに、そのまま供に行く事はできず・・・

ふと立ち止まって、
あはれなり 老木若木も 山桜
 後れ先立ち 花は残らじ
 ♪
「寂しいです~その年によって早い遅いあっても、結局、桜の花は最後には散ってしまうんや」

と、行慶が別れを惜しみます。

すると、経正も、
旅衣 夜な夜な袖を かたしきて
 思へば我は 遠く行きなん
 ♪
「パジャマにも着替えんと、旅に出る服のまんまで、毎夜毎夜ひとり寝してるうちに、ふと気がつくと、僕は遠い所におるんやろなぁ」

と返します・・・って、さっきからBL感、ハンパない(@Д@;

まぁ、あの『徒然草(つれづれぐさにも、お寺の稚児って、身分高き人相手に、そういう役もこなしてたように書いてありますから・・・きっと、そうなのねん(登場人物全員が、美形の場合はアリかも(*゚ー゚*)←個人の感想です)

さて・・・とばかりに、経正が、巻いて持っていた赤旗(平家の目印=白は源氏)をザッとさし揚げると、風をはらんでたなびく、その旗のもとに、この周辺にて主君を待っていたであろう兵たちが、どこからともなく100騎ほど集まりました。

「ほな、行くで!」
とばかりに、鞭を当て、その赤旗をなびかせて馬を急がせ走る軍勢・・・(カッコイイ~ヽ(´▽`)/←心の声)

経正一行は、まもなく、安徳天皇を奉じる行幸の列に追いつく事になります。

・‥…━━━☆

そして、この後、平家と入れ換わるように都へと入った木曽義仲(7月28日参照>>)も、その後、頼朝の命を受けた源義経(よしつね)に討たれ(1月21日参照>>)、いよいよ一の谷の戦い・・・

参照ページ
【生田の森の激戦】>>
【鵯越の逆落し】>>
忠度の最期】>>
【青葉の笛】>>

経正は、この一の谷にて、命を落とす事になります。
 .

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コメント

茶々さま、こんばんは。お久し振りです。
この都落ちシリーズ?は、何とも悲しくそして雅ですね。平家一門が都人だった為でしょうか… 情景が浮かび上がってくるような物悲しい風情があります。戦国時代とはまた違って良いですね(*^_^*)

投稿: つらまえ | 2016年7月27日 (水) 21時34分

つらまえさん、こんばんは~

東国武者の荒々しさも魅力的ですが、平家の公達の雅な感じもステキですね~

投稿: 茶々 | 2016年7月28日 (木) 01時48分

管理人様、ご無沙汰しています。
久しぶりにお邪魔致します。

平家物語、やっぱり名シーン揃いですね!
高校のとき、先生が『平家物語は琵琶法師が唄うものだから、語感がよく、聞く人に伝わりやすいようにできている』って言ってたのを思い出します。
去り際に赤旗が靡く様など、ホントに絵になりそうですね。

先日の秀次公のエピソードもそうですが、散りゆく者の美学、のような話に胸を打たれることが若い頃より増えた気がします。

しかし、毎日暑いですね!
管理人様もお体にお気をつけください(о´∀`о)

投稿: ぶれす | 2016年7月28日 (木) 18時31分

ぶれすさん、こんにちは~

>ホントに絵になりそうですね。

ホントにそうです。
しかも流れるように語呂が良い…確かに「琵琶法師が唄うもの」ですね。

ぶれすさんも、熱中症など、お気をつけて…ご自愛下さい。

投稿: 茶々 | 2016年7月29日 (金) 16時56分

こんにちは。
私は平家物語ファンでその史跡をあちこち巡り歩いています。親平家で各地で平家の伝承も集めています。最近ブログも始めました。これからも楽しみに拝見させていただきます。

投稿: へいたろう | 2016年8月10日 (水) 11時07分

へいたろうさん、こんにちは~

コメントありがとうございます。
史跡巡りは楽しいですね~

これからもよろしくお願いします。

投稿: 茶々 | 2016年8月10日 (水) 15時50分

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