排除された邪教の神~酒呑童子の叫び
いけません。
やっちまいました~
うぅ・・・・
頭が痛い~~喉が痛い~~
どうやら、風邪をひいたようです。
長期に渡って、風邪一つひかない健康体質を保ち続けていた茶々でござりまするが、まさに鬼の霍乱(かくらん)とは、この事でおます。
大阪には「アホは風邪ひかん」ということわざ?がありまして、長年どっぷり浸かったアホの世界から抜け出る事ができた事を喜びつつ、鬼の霍乱にちなんで、本日は鬼のお話を一つ・・・
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昔、正暦(990年~994年)のころ、京の都の内外で行方不明や殺人事件が相次いでいた中、時の最高実力者の藤原道長の息子が行方不明になってしまいます。
あわてて、おかかえの陰陽師・安倍晴明を招いて占ってみますと、大江山に住む鬼の仕業である事がわかり、早速、帝は源頼光(みなもとのよりみつ・らいこう)と藤原保昌(ふじわらのやすあき)に鬼退治の命令を下しました。
頼光は、渡辺綱(わたなべのつな)・坂田金時(さかたのきんとき)・卜部季武(うらべのすえたけ)・碓井貞光(うすいのさだみつ)という四天王と呼ばれる4人を引き連れて、鬼を油断させるために、山伏の姿に変装して大江山に乗り込みます。
鬼たちは彼らを山伏だと信じ込み、大歓迎して迎え入れてくれたうえ、宴の席を設けてくれたのです。
やがてそのうち酒宴の席に、ジャニーズ系美少年の姿をした酒呑童子(しゅてんどうじ)が現れました。
頼光たちは、神様からもらった毒入りのお酒を鬼たちに振る舞い、鬼たちを身動きできないようにしてから酒呑童子の様子を伺うと、酒呑童子もまわりに美女をはべらせてグーグーと眠ってしまっています。
熟睡して油断した酒呑童子は、とうとう本性を表します。
その正体は、15個の眼、5本の角を持つ巨大な醜い鬼だったのです。
寝ている童子に頼光たちが襲いかかります。
怪力自慢の四天王が手足を押さえ、頼光が首を切り落としました。
しかし、その首は宙を舞い、叫びまわりながら、やがて、頼光の兜に噛み付いたのです。
そこで、頼光は、その首の眼をくりぬき、やっとのことで、首は兜から離れ、退治する事ができました。
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ご存知、大江山の酒呑童子のお話です。
このお話には、藤原道長をはじめ安倍晴明や源頼光や四天王たちなど、実在の人物が登場してはいますが、さすがに、実際にあった出来事だとは思えません。
・・・とは言え、伝説や昔話の類を、「作り話だ」として一蹴してしまうのはいただけません。
たとえ、物語そのものが空想の産物であったとしても、その物語が、そこで誕生した事は事実・・・その誕生のウラには、なにかしらの背景があるものです。
このお話の中で、酒呑童子が自らの身の上話を語るのですが、それによれば・・・
「昔から、比叡山を、先祖代々の所領としていたのだが、ある日、伝教大師(でんぎょうだいし)という坊さんがやって来て、延暦寺というお寺を建てたために追い出され、大江山に住むようになった」
との事・・・
伝教大師は、ご存知、最澄の事・・・つまり、酒呑童子とは、もともと神代の昔から比叡山で信仰されていた土着の神様で、仏教の伝来によって、それら昔の信仰が邪道とされ、徐々に排除されていった事を、英雄伝説に置き換えたものではないか?と思われます。
まぁ、大した根拠もない話ではありますが、頼光たちが山伏の姿で大江山に入り、その姿に、鬼たちが警戒しないところなど、山伏が鬼たち(土着の神様)とは同類で一体感があった事を臭わせています。
山伏も仏教ではなく、山岳信仰の修験者ですから・・・
また、御伽草子(おとぎぞうし)では、酒呑童子は越後(新潟県)の生まれであるとされ、越後のお寺で稚児として育つものの、寺で暴れて追い出されて比叡山へ・・・
そして、やはり比叡山を伝教大師に追い出されて大江山に住みついたところ、今度は弘法大師(空海)に追い出されるも、最澄や空海がいなくなったので、再び大江山に戻ってきていた事になってます。
おそらくは、彼らは鬼ではなく、山の神や竜神といった昔ながらの信仰を続けてきた人々・・・そんな彼らは、仏教や陰陽道を信仰する都の人々にとっては、邪教の信者であり、排除の対象となったという事なのでしょう。
伝説によれば、酒呑童子は、殺される時、
「鬼に横道(おうどう)はない!」
と叫んだのだとか・・・
つまり、「正義は我々にある」と・・・
邪教の排除を名目に、彼らの昔ながらの土地を次々と征服していった者たちへの、悲痛な叫びが聞こえてくるようです。
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