武蔵坊弁慶=架空人物説について・・・
文治五年(1189年)4月29日、源頼朝の命を受けた藤原泰衡によって、衣川の館に追い詰められた主君・義経を守って、あの武蔵坊弁慶が命を落しました。
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義経と言えば弁慶、弁慶と言えば義経・・・五条大橋でのあの出会いから、彗星のごとく歴史の舞台に踊り出て、西海に平家を滅ぼし、頂点を見たそのわずか数ヶ月の後に追われる身となり、奥州にて命を落す主君・源義経と、離れる事のないその主従関係は、古くから人々の涙を誘い、滅び行く者の美学を究め、日本人独特の「判官びいき」を育んできました。
鎌倉の昔から、誰もが信じて疑わなかったその人物に、ここ最近になって「架空人物説」なるものが囁かれています。
これも、ひとえに、弁慶の事が一番くわしく書かれている『義経記』なるツッコミどころ満載の書物のなせるワザ・・・。
まずは、鎌倉時代か室町時代に成立したと言われるその『義経記』での弁慶像をご紹介しましょう。
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京の都に住む公家・二位大納言(にいのだいなごん)の娘は、音に聞こえた美人・・・15歳というお年頃を迎えて、次から次へと求婚の嵐の中、彼女の父のハートを掴んだのは、右大臣・師長(もろなが)でした。
ところが、婚約が決まった途端、姫がノイローゼに・・・
(マリッジブルーか?)
しかし、その時、父と婚約者が、姫の快復を願って、日頃から信仰している熊野権現にせっせとお参りした甲斐あって、まもなく、姫の病気は快復します。
「よかった、よかった」と、翌年の春を待って、今度は姫も連れて、百人のお供とともにお礼参りに・・・と、ここで、その姫の姿を見て一目惚れした男がひとり。
自称・関白藤原道隆の子孫で、現在この熊野の最高責任者である修験者・弁しょうでした。
そして、部下を集めて一言・・・
「あの姫を、ここへ連れて来い!ワシがかわいがったる!」
この部下というのは僧兵・・・ご存知のように、この時代の僧兵というのは、もはや僧ではなく兵士、神をも恐れぬ荒くれ者たちばかりです。
しかし、さすがの荒くれ者たちも、今回の姫の略奪には、ちゃんとした義という物がありませんから、
「そんな~・・・相手は二位大納言の娘・・・しかも、右大臣の婚約者でっせ!そんな事したら、朝廷を敵に回す事になりまんがな!」
と、反対意見を述べますが、もはや、弁しょうは聴く耳を持ちません。
「おまえらビビリか!そんなモン畿内五ヵ国の兵を、この熊野に一歩も踏み込ませへんかったらすむこっちゃ!」
この弁しょうが若いイケメンなら、略奪愛という響きも、ドラマのワンシーンのように、それなりにかっこいい物になるのでしょうが、残念ながら、もうすでにかなりのオッサン・・・で、その夜のうちに、姫は略奪され、あわれオッサンの餌食に・・・
もちろん、姫を警固していた侍たちは、即座に朝廷に直訴し、たちまちのうちに『弁しょう討伐の院宣(天皇の命令)』が下り、右大臣・師長を大将に7000騎が熊野に攻め寄せます。
しかし、熊野の僧兵たちは、この大軍を見事けちらしてしまうのです。
さらに、この敗戦を受けて開かれた朝廷の会議で、一部公暁の「聖地・熊野を滅ぼしてはならない」という意見が通り、中には「弁しょうは関白の子孫だから、姫の婿としてふさわしい」なんてのたまう者も現れ、なんと!院宣が取り消されてしまったのです。
こうなったら、父も婚約者も、もう、どうする事もできません。
そして、姫は、18ヶ月もの妊娠期間を終えて、男の子を出産するのです。
普通の妊娠期間の倍ほどの間お腹にいたその子は、すでに普通の赤ちゃんの2~3倍の体格で、歯は奥歯まで生えそろい、髪も肩まで伸びていました。
さすがの弁しょうも、
「この子は、鬼の子だ!殺してしまえ!」
と、大騒ぎ・・・。
しかし、姫にとっては、たとえどんな風貌をしていても、かわいいわが子・・・「とても、殺すなんて事できないワ」と、弁しょうの妹に相談したところ、彼女も女・・・母の子を思う気持ちがよくわかります。
結局、その妹が引き取って京都で育てる事にします。
男の子は鬼若(おにわか)と名づけられました。
やがて、5歳になった鬼若は、すでに12~13歳の子供の体格で、色黒く、可愛さは皆無・・・日に日に憎々しさが漂ってくるのです。
預かった妹も、「もう、僧になってもらうほかない・・・」と、鬼若を比叡山に預けます。
こうして、比叡山で育った鬼若は、まずは学問でその才能を見せつけますが、もともと体格が優れているので、力でも誰にも負けません。
いつも、稚児や法師を誘っては、相撲や力比べをしていましたが、そのうち、学問に励んでいる者まで、誘い出すようになった事で、僧たちから注意勧告が出されます。
それにブチ切れた鬼若・・・注意した僧の部屋をメチャメチャにぶっ壊してしまったのです。
ここから鬼若の大暴れ人生が始まります。
ちょっとした事で、因縁をつけては殴る蹴る・・・道ですれ違っただけで暴行の嵐!
困り果てた僧たちが、朝廷に訴えますが、たまたま残っていた古い文献に・・・
「61年めに比叡山に不思議な者が現れる・・・これを祈祷で鎮めよ。院宣で倒せば、その後、一日のうちに54ヵ寺が滅びるであろう」
・・・と書かれていた事から、朝廷は、来る日も来る日も、祈り祈りでラチがあきません。
こうなると、ますます鬼若は調子に乗って暴れまくりでしたが、こういう人って、だんだんと誰も相手にしなくなるもの・・・気づけば鬼若はひとりぼっちになってしまっていました。
「こんなオモンナイとこ、自分から出てったる!」
と、比叡山を後にした鬼若は、
「世間をわたるには、法師の姿になるのが一番!」
と、ばかりに頭を丸めます。
しかし、そうなると、鬼若という名前ではマズいので、比叡山の西塔にあった武蔵坊の名と、父・弁しょうの弁と、師匠・かん慶の慶とを合わせて、武蔵坊弁慶と名乗ります。
その後、書写山に入り、ここではマジメに修行をつんでいたのですが、その修行が終って、山を出ようとした時、その寺の信濃坊戒円(かいえん)という僧のちょっとしたからかいに激怒して大暴れ!
その時の、ドサクサで出た失火によって書写山の堂塔・57ヵ所がことごとく灰になるという大事件に発展してしまいます。
この失態によって、間もなく信濃坊は朝廷に捉えられて処刑され、弁慶は逃亡生活を送る事になるのです。
逃亡者となって、もはや安住の居場所がなくなった弁慶は、夜な夜な強盗を働いて日々を過ごします。
そう、あの、「公家や侍の宝刀を千本集める」というアレです。
・・・と、999本の刀を奪い、千本目にやって来たのが、義経・・・京の五条の橋の上~♪となるのですが、以前、【義経と弁慶、運命の出会い】(6月17日参照>>)で書かせていただいたように、『義経記』での二人の出会いは堀川通り・・・橋の欄干をヒラリと飛ぶことは、ちょっとムリ・・・かな?
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・・・と、少し長かったですが、『義経記』の弁慶の生い立ちの部分を紹介させていただきました。
・・・で、読んでいただいたらすぐにわかる突っ込みどころが、まず18ヶ月の妊娠期間・・・生物学上こんな事ってあり得るんでしょうか?
私は、くわしくありませんが、たぶん無いですよね。
生まれた時に、奥歯まで歯が生え揃ってる事もないでしょう・・・(そんなん、親知らず過ぎ!)
さらに、マジメな突っ込みどころとしては、熊野の最高権力者=熊野別当だった弁しょうの息子であるはずなのに、『熊野別当代々記』には弁慶の名前が無い。
それに、鬼若という幼名・・・どう考えても、来るべき義経=牛若との出会いを考えての命名としか思えないような名前の付け方・・・。
そして、名前の由来となる比叡山の西塔には、武蔵坊という建物はありません。
これらの事が中心となって、「弁慶=架空人物説」なるものが展開されているわけですが、そうなると、主君・義経の盾となり、雨のように降り注ぐ矢を受けながら、立ったまま命を落とした・・・いわゆる『弁慶の立ち往生』として有名な文治五年(1189年)4月29日の死どころか、衣川にさえいなかった事になってしまいます。
しかし、一方では、この時代の最も信頼のおける書物とされている『吾妻鏡』にも、チラッとではありますが、弁慶の名は出てきます。
もちろん、『平家物語』にも・・・
弁慶が実在の人物だと主張する側にとっては、『吾妻鏡』や『平家物語』への登場はかなり心強い・・・なんせ、これらが信用できないとなると、平安の終わりから鎌倉にかけての歴史そのものを考え直さなくちゃいけない事になってしまいますからね。
・・・かと言って、やっぱり決定打はなく、論争は、まだまだ続く事となります。
私、個人としては、今のところ、弁慶は実在の人物だと思っています。
ただし、弁慶の生い立ちや、五条大橋の出会いのくだりは、義経の生涯をよりロマンチックに演出するためのフィクションではないか?と・・・。
弁慶が義経の家来となるのは、兄・頼朝の命を受け、木曽義仲と平家追討のために、義経が京にやって来た時ではないでしょうか?
この時は、度重なる源平の争乱で、源氏や平家にとっては、兵はひとりでも多いほうがよかったはず・・・逆に、無名の人物が名を上げるためには、このような合戦に参加して武功を上げるのが、一番の近道。
弁慶も、そのような人物の中のひとりであったのだと思います。
死に行く主君に最後までつき従ったその忠義の姿が、美しく語り継がれるうちに、一つの伝説が生まれ・・・また生まれ・・・やがて、今に伝わる弁慶像なる物ができあがったのではないでしょうか?
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