榎本武揚、五稜郭の後は…
明治四十一年(1908年)10月26日、幕末の戊辰戦争で五稜郭に立てこもり、新政府と最後まで戦ったあの榎本武揚が亡くなりました。
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榎本武揚(えのもとたけあき)は26歳の時に、幕府の命で数年間オランダに留学します。
この事が、維新後の彼の人生を大きく変える事になるのですが、その前に・・・
武揚は、数年間の留学の間に、化学や法律、砲術、兵制にいたるまで、あらゆる知識を吸収して帰国しましたが、残念ながら崩壊寸前の幕府では、その知識を発揮する間もなく、大政奉還(10月14日参照>>)を迎えてしまいます。
その後の鳥羽伏見の戦いでも先頭に立ってヤル気満々(1月2日参照>>)の旧幕府海軍・副総裁の武揚は、やがて新政府の江戸占領も間近になった時、最新鋭の軍艦を手元に残し、江戸湾内で徹底抗戦の構えを見せますが、あの勝海舟(かつかいしゅう)と西郷隆盛(さいごうたかもり)の会見(3月14日参照>>)の末に、江戸城は無血開城される事が決定しました。
しかし、その決定に不満を持った武揚は、本来ならそっくりそのまま新政府に渡さねばならない艦隊を率いて、単独で江戸を脱出(8月19日参照>>)・・・途中の会津で仲間を追加し、一路、蝦夷(北海道)へ向かい、函館の五稜郭を占領します(10月2日参照>>)。
そして、この五稜郭で、徳川を主君とし、北海道開拓を目的とする蝦夷共和国の成立を宣言するのです(12月15日参照>>)。
イギリスやフランスはこの共和国を、ちゃんとした独立政権として承認したようですが、新政府は許しませんでした。
宮古湾海戦(3月25日参照>>)、矢不来の戦い(4月29日参照>>)・・・そして函館総攻撃(5月18日参照>>)と、約1年間の攻防戦によって、武揚らは降伏し、函館戦争は終結します。
その後、武揚は捕らえられ、しばらくの間、投獄・・・しかし、その人生が一転するのは、それから6年後の事でした。
赦免された武揚を待っていたのは、オランダ留学の知識を大いに発揮できる場だったのです。
ただ、それは皮肉にも、留学をさせてくれた幕府ではなく、その幕府を倒した新政府のための場所でしたが・・・。
北海道樺太開拓初代長官の黒田清隆(くろだきよたか)(8月23日参照>>)の頼みで、ロシアに派遣され、千島樺太交換条約を取り付けたのです。
これが、武揚の新政府での最初の仕事でした。
その後、伊藤博文(いとうひろぶみ)を助けて天津条約を締結し、逓信、文部、外務、農商務省の大臣を歴任しました。
薩長中心の新政府の中で、旧幕臣の武揚がここまで高官として活躍できたのは、やはり留学時代に得た新しい知識による物でしょう。
そして、明治四十一年(1908年)10月26日、武揚は73歳でこの世を去りました。
同じ年の夏には、大杉栄(おおすぎさかえ)らによる赤旗事件(仲間の出獄祝いで、赤旗を掲げ革命歌を歌ったとして逮捕された事件)が起こり、時代は社会主義という大きな波に飲み込まれて行く事になるのです。
ひとつの時代が終わった・・・と知らせるかのような死でした。
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コメント
茶々さん、こんばんは。
榎本武揚というと、さまざまな顔ぶれが思い出されますね~、土方歳三もそうですが、見方を変えると黒田清隆をまず挙げたくなるひとりです。
五稜郭での箱館総攻撃~黒田は榎本に降伏を勧めますし、その後裁きを軽減(助命)すべく、黒田は頭を丸めたりしますね。
その後の新政府での付き合いも長く、黒田が病で亡くなるとその葬儀一切を榎本はご恩(友情)として取り仕切りました。
混沌とする時代背景の中、立場の違った相手を救い、その後要職の世話をするなど、殺伐とした激動の幕末から明治初期においての数少ないホッとする(?)エピソードかも知れません。
仰るとおり、波乱万丈な榎本の人生の幕切れは、明治時代の終わりを予感させるものでしたね・・・
投稿: ルーシー | 2006年10月26日 (木) 22時07分
ルーシーさん、コメントありがとうございます。
当時は個人的にはどうであれ、立場の違いから敵味方に別れてしまった人たちがたくさんいたでしょうね。
幕臣として散った人の中でも榎本同様、新政府で活躍していただきたかった人が大勢いますね~。
お互い日本の未来を思う気持ちは同じなのに残念な事です。
投稿: 茶々 | 2006年10月26日 (木) 23時56分