額田王を巡る三角関係
斉明七年(661年)1月6日、朝鮮半島への出兵と日本の守りを考慮し、斉明天皇以下、主だった者を乗せた軍船が難波を出航しました。
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これは、唐と新羅の連合軍に攻撃された百済が、日本に救援を求めてきた事に答えたもので、大陸の玄関口となる九州の筑紫・朝倉に拠点を移すための船出でした。
朝鮮半島の情勢や、今回の出航については、以前書かせていただいた【白村江の戦い】(8月27日参照>>)や、【斉明天皇の心の内は・・・】(7月24日参照>>)で読んでいただくとして、今回は、この船に乗船している額田王について・・・。
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この軍船は、難波を出航して、瀬戸内海を西に向かうのですが、播磨の印南の海岸あたりで詠ったとされる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ・後の天智天皇)の歌があります。
♪香久山は 畝傍を愛しと 耳成と
相争ひき 神代より かくにあるらし
いにしへも しかにあれこそ
うつせみも 妻を 争ふらしき♪
ここに、登場する香久山、畝傍山、耳成山はご存知、大和三山です。
『播磨風土記』には、まだ山々が神様だった遠い昔、美しい畝傍山(女神)を、香久山(男神)と耳成山(男神)が取り合ったという神話があるのです。
その神話になぞらえて「香久山は畝傍山を愛して耳成山と争った。神代の昔からそうなんだから、今も二人の男が一人の女を奪い合うのは当然だよ」と歌っているのです。
んん~?聞き捨てなりませんなぁ・・・いったい誰と誰が誰を取り合っているのでしょうか?
もちろん、研究者のかたの見解では、「単に伝説の地(この神話には印南の海岸近くの印南国原が登場するので)を目の前にして、その情景を歌っただけ」という見方もありますが、個人的には、やはりここは、愛憎からみまくりの恋愛物語と思いたいですね。
そうなると、当然“男”のひとりは本人=中大兄皇子です。
そして、彼がこの九州行きでの最中、落とそうと思っている彼女・・・それが、額田王(ぬかたのおおきみ)・・・ですから、“女”は額田王という事になります。
この額田王という女性は、
正史には「天皇、初め 鏡王(かがみのおおきみ)の女(むすめ)額田王を娶(め)して、十市皇女(とをちのひめみこ)を生む」と、『日本書紀』に一行だけ書かれているだけの謎の女性で、
それ以外は『万葉集』にいくつかの彼女作の歌が残されているのみ・・・
なので、そこから、彼女を想像するしかないわけなのです。
以前、私が見た小説やドラマなどでは、神がかり的な巫女として描かれていましたが、私が個人的に思うには、巫女ではなく、宮廷のお抱え歌人・・・
今で言えば「国民的シンガー」とでも言いましょうか・・・。
万葉集に残る額田王の歌を見てみますと、自分の個人的立場に立った歌と、公の立場で歌った歌の両方があります。
たとえば、古典の教科書にも載ってる有名なこの歌
♪熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな♪
この歌は、今回の九州行きで、1月14日に伊予(愛媛県)の熟田津(にきたつ)に停泊した時に彼女が詠んだとされる歌ですが、彼女個人の心情ではなく、船団の代表者の立場に立って・・・
潮の流れが良くなったから「さあ!船を漕ぎ出そう!」と、力強く歌っています。
かたや、
♪君待つと 我が恋ひ居れば 我が屋戸の
簾(すだれ)動かし 秋の風吹く♪
こちらは「恋しいあなたを待っていたら、簾が動いたので、“来た~っ”て思ったら風だったわ」
と、素直な自分の恋心を歌っています。
天智天皇の時代、近江京で開かれた宴会などでも、彼女は、歌を詠んでいます。
ところで、先程の『日本書紀』に額田王が登場する部分ですが、この「天皇、初め・・・」の天皇は、天武天皇=中大兄皇子の弟・大海人皇子(おおあまのおうじ)の事なのです。
日本書紀の記述通り、ふたりの間には十市皇女という女の子がいます。
しかし、この九州行きの船の中で、弟の“元カノ”と知っていながら中大兄皇子はあの『大和三山』の歌を詠むわけです。
・・・で、額田王の返事は・・・?
実は先程紹介した“♪君待つと・・・”の歌・・・この歌には「近江天皇を思ひて」という注釈がつけられているのです。
近江天皇・・・つまり天智天皇=中大兄皇子を思って作った歌なのです。
いっちゃいましたか・・・兄貴のほうへ・・・。
しかし、この恋愛ドラマはまだ終りません。
この後、弟・大海人皇子と額田王が再び・・・・
・・・と、この先もっともっと長くなりそうなので、続きは、5月5日【額田王巡る三角関係Ⅱ】でどうぞ>>
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