咸臨丸・シスコへ到着
安政七年(万延元年・1860年)2月26日、スッタモンダで何とか太平洋を横断した咸臨丸が、サンフランシスコに到着しました。
・・・・・・・・・
あの勝海舟さんに言わせれば「外国人の手を少しも借りずにアメリカに行った」という“遣米使節団”が、品川沖を出航(ブログ:1月13日参照)して、はや一ヶ月とちょっと。
実のところは、日本人だけではとてもじゃないが横断できなかったであろう体たらくでしたが、とにもかくにも無事サンフランシスコに到着しました。
熱烈歓迎を受ける彼ら・・・そして、初めての海外旅行・・・当然の事ながら、彼らのカルチャーショックはものすごい物でした。
上陸して、まずは馬車でホテルに向かう彼ら・・・動き出して初めて馬車が移動手段だと気づく事から始まり、到着したホテルでは、日本では高級品扱いされているじゅうたんが一面に敷き詰められ、その上を土足のまま惜しげもなく歩く人々・・・。
そして、ウェルカム・ドリンクとしてお酒を・・・っと、突然、異様な爆発音とともに酒瓶から液体が吹き上がる光景に、「すわっ!攻撃か?」と思わず刀の柄に手をかける者もいて、シャンパン一杯で大騒ぎです。
ようやく落ち着いて煙草を一服・・・と、煙草盆がない・・・何とかストーブで煙草に火をつけますが、吸い終った灰を「どうしたものか・・・」。
しかたなく、懐紙に包んで揉み消して、たもとに入れたつもりが、話がはずむうちに何やら「臭い」・・・お察しの通り、いつしか、たもとから、もうもうと煙が立ち昇ってまたまた大騒ぎ。
この集団の中に、あの福沢諭吉さんもいて、一緒に大騒ぎしてたのかと思うと何ともほほえましい気がしますね。
ところで、港では魅惑の東洋の国からやって来た咸臨丸を見物しようと、市民は黒山の人だかり・・・こちらはこちらで大騒ぎです。
しかし、ここでもやはり、両国のカルチャーショック。
見物しようした女性に「日本では、女性はこの船には乗れないんです。」と、習慣の違いを丁寧に説明してお断り申しあげる海軍奉行・木村義穀(よしたけ)提督。
でも、アメリカ女性も負けてはいられません。
断られた女性たちは、今度は男装して集結し、集団で船に乗り込んできました。
何事もなく見物を終え、帰ろうとする彼女たちを呼び止めて、木村さんは「プレゼントです」と小さな紙包みを手渡しました。
後でその包みを開けてみると、中にはかんざしが入っていたそうです。
このイキな計らいにシスコ市民は大喝采!
ジャパニーズ・サムライのカッコイイところを見せつけました。
出航したその日に船酔いでダウンしてしまい、航海中はまったくもってイイところの無かった木村提督の名誉挽回ですね。
その後、彼らジャパニーズサムライたちは、アメリカ各地で様々な施設を見学し、様々な文化に触れていきます。
「その早いこと矢のごとく、左右の草木の形も見えない」
これは、汽車に乗った時の感想。
「冠を脱するを相礼とし、手を取りて三度上下するを入魂(じっこん)とする」
これは、帽子を脱いで軽くする会釈と、もっと親しみを込めて行う握手の違いを言った物。
「女は口を吸うを入魂の第一とする」
これは、もちろんキスですが、キスは昔から日本にもあったと思うのですが、これはひょっとしたら人前で・・・という事でしょうか?
そして、議会を見学に行った時の描写などは、実におもしろいです。
「およそ4~50人が席について、一人が立ち、大声で手まねなどしてののしり合っていて、一段高い場所にいる副統領が意見を聞いて決定する様は、さながら魚市場のようである」
ん~気持ちはわかりますね。
畳敷きの大広間で「おのおのがた・・・他に、ご意見は・・・」などど、やっていた人から見たらあの状況はせり市のように見えたでしょうね。
やがて、一ヶ月程経って、そろそろアメリカ生活も落ち着いてきた頃、勝海舟にサンフランシスコ裁判所から出頭命令書が届きます。
「チックショー!何かやりやがったな!」
海舟はてっきり一緒に来た日本人の誰かが、アメリカ人とモメて傷害事件でも起こしたのだと思って、あわてて裁判所に出頭しました。
国籍や年齢・職業など形式的な取調べをした裁判長は、やがて、おもむろに3冊の本を取り出して
「コレハ、何デスカ?」と、海舟に尋ねます。
「ん?」と、その本を見入る海舟。
・・・と、それは日本製の浮世絵の本・・・それも中身は春画ばかり。
つまり、エロ本です。
聞いてみると、それは昨日の事、サンフランシスコ公園で散歩中のレディー二人に、日本人の水兵が、この本を無理やり渡して立ち去ったのだと言います。
それで、レディーは「侮辱された」と法廷に訴えたのです。
「取調べの結果、すみやかにその日本人を処分して欲しい」との事でした。
「何だソリャ!そんな事かよ!」と海舟は思ったものの、相手のご機嫌をそこねてもマズイと思い「OK!処分しましょう」と答えて部屋を出ようとした時、裁判官がコソコソっと海舟に近づいて来て、「どうぞ、コチラへ・・」と、別室へうながされました。
部屋に入ると、お菓子が用意され、何だかさっきとはずいぶん違う雰囲気です。
「ところで、ここから先は個人的な交渉なんだけど・・・さっきの本。
実に珍しい品じゃない?
さっきのレディーたちも、是非欲しい!って言ってるんだよね。
・・・で、3冊のうち2冊をそのレディーたちに、残りの1冊を僕にくれないかな?
お願い!」
またまた「何だ?ソリャ!」と思った海舟でしたが、見知らぬ土地でモメるのも嫌だと思い、グッとこらえて、その日は停泊中の咸臨丸に戻り、かのエロ本を渡した水兵を「叱り置き」の処分(つまり怒られただけなんですが・・・)としました。
しかし、生まれ持ってプライド高き海舟さん、ど~も腹の虫が修まりません。
そこで、★キラ~ン★海舟さん、ひらめきました!
次の日早速、あの裁判長を始め、役人のおエラ方に招待状を出し、海舟主催のパーティを開く事にします。
アチラのパーティは基本・婦人同伴・・・当然、かの訴えたレディーも奥さんとして招待したのです。
そして、パーティも盛り上がって宴もたけなわの頃・・・おもむろに主催者として挨拶する海舟。
「これより、かねてよりご希望の品を、裁判長ならびに、ご婦人がたに贈呈する贈呈式をとり行いたいと思います。」
クソまじめな顔で、粛々と、大それた儀式のように贈呈式をやり始めます。
そう、あのご希望のエロ本を、大々的なパーティの席でプレゼントしたわけです。
赤面する裁判長・・・逃げ出すレディーたち・・・。
海舟さんは、きっと心の中でガッツポーズをとったに違いないでしょうね。
仕返しのやり方にも、海舟さんのプライドの高さが垣間見えるエピソードです。
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コメント
おもしろい すっごく面白い内容だぁ
こんな内容だったら子供達も興味深深で目を輝かせながら勉強するでしょう。
投稿: 匿名 | 2010年5月18日 (火) 23時47分
匿名さん、ありがとうございます~
これからも、時々、遊びにきてくださいませm(_ _)m
投稿: 茶々 | 2010年5月19日 (水) 02時26分
凄く面白い内容でした。
1つ気になったのは…
>>木村提督の汚名挽回ですね。
「汚名挽回」ではなく、「汚名返上」か「名誉挽回」が正しいです。
投稿: jjj | 2014年6月14日 (土) 10時57分
「汚名挽回」が誤用かどうかは日本語の専門家の間でも意見の分かれているところですね。これは誤用ではないと明記しているものもあります。
個人的には、「疲労回復」が正しいとされていることから,汚名を受けた状態から挽回するという意味で「汚名挽回」と言っても誤用とは言えないと思います。
投稿: 徳左衛門 | 2014年6月14日 (土) 13時26分
jjjさん、こんにちは~
ホントですね。。
これは気をつけなければ…と思いつつ、うっかりやっちゃってましたね。
これの場合は「汚名返上」ではなく「名誉挽回」と書きたくて間違ってしまっていたので、訂正させていただきました。
投稿: 茶々 | 2014年6月14日 (土) 14時07分
徳左衛門さん、ありがとうございます。
そうですね。
「間違いではない」というのもありますね。
「汚名挽回」と「汚名返上」と「名誉挽回」と…ご指摘を受けて、今一度、この記事で自分が言いたかったのはどれか?と考え直してみたところ、もともとエライさんだった木村提督が、船酔いでダウンしてイイとこ見せられずにいたけれど、その後にカッコよく…って事なので、「やっぱ名誉挽回かな?」という答えに行きついたので、そのように訂正させていただく事にしました。
投稿: 茶々 | 2014年6月14日 (土) 14時16分